はじめての一口
空は快晴。風は爽やか。気温も程良い。肉や野菜の焼ける匂いは香ばしく、炭の跳ねるパチパチという音も耳に心地良い。
今日はいよいよ、待ちに待った焼肉の日である。
夜だとヴィリスが眠くなるので、昼に行うことにした。場所は家のベランダ。二階の廊下から出られるベランダは大きく張り出しており、かなり広い。鉄板を三つ並べて置き、中央にテーブルと椅子を置いても歩き回れる余裕があるのだ。ちなみに隣家の屋根には手が届く。
昨日トロワが洗ってくれた三枚の鉄板では肉、魚、野菜がそれぞれ、良い音を立てながら焼かれていた。
「焼肉というより、バーベキューだな」
肉の焼き具合を見ていたギグが、口の端を苦笑の形に緩めた。
さざれは肩をすくめ、それに返す。
「ま、肉を焼くという点では似たようなものよ」
元々、全員で食事をしようというのが本来の目的だ。なので焼肉だろうが、バーベキューだろうが、正直どちらでも良い。
「ほれお主ら。肉も魚もまだ焼けんから、これでもつまんでおれ」
台所から持ってきた大鉢を三つ、テーブルにどんどんどんと置く。昨日、味見を作ったが好評だったので同じものを作った。
マッドフィッシュのマリネは、柑橘類を使ってさっぱりと。ナッツと茸の炒め物は、ポリポリコリコリと食感重視にしている。
「よし寄越せ」
テーブルに置くが早いか、つまみ食い大王が早速近寄って来た。
幽玄的な美貌は、陽光の下でも絶好調に輝いている。口の端から涎が垂れているが、それが口元を彩る真珠粒のように見えてくるのはもう、視覚の誤作動としか思えない。
「なあ、さざれ。昨日から思ってたんだが、この赤いのはなんだ。辛くて酸っぱくて、なんかとっても面白い匂いがするぞ」
「ああ。これはカクトゥギと言うのだ。大根モドキを秘伝のタレに漬けた、まあ漬物の一種よな」
「お前が作ったのか?」
「いや、これは買ったのよ。肉を焼くなら絶対にこれを一緒に食べてくれと、熱心に勧められてなあ」
その場で味見させてもらったが、独特の匂いさえ気にならなければ、確かに肉に合いそうな味だった。
「ふーん。私これ好きだぞ、あんまり食べたこと無い味で美味い」
「そうか、そうか。カープ街で売っておったから、美味いなら今度は自分で買ってくれば良かろう。……ところで、フェルよ」
さらさらと、絹糸のような髪が頬をくすぐる。手でそれを払い、さざれは息がかかるほど間近にあるフェルの美貌を横目で見た。呆れながら。
「近いのだが」
「そうか? これくらい普通じゃないか?」
背後から、のし、とさざれの肩に顎を乗せたまま、フェルは真っ赤なカクトゥギに指を伸ばす。素手でつまもうとしたので、その手を叩き落として取り皿によそってやった。ついでにマリネと炒め物も取り分けてやる。
「ほれ」
皿を渡すと、フェルの顔がにんまりと緩んだ。
「よしよし、偉いぞさざれ」
「どの目線でものを言っておるのだ、お主は。ほれフォーク」
さざれの差し出したフォークをいそいそと受け取り、フェルはそのまま肉の鉄板の方へ向かう。
「おいギグ、まだ焼けないのか。私は今日な、肉を腹いっぱい食う予定なんだぞ。その為に早起きしたんだからな」
「もう少し待て。肉はともかく、心臓はしっかり焼かないと駄目だ」
「もっと火を足せばいいだろ。ほら焼け、早く焼け、もっと焼け。お、これとかもういいんじゃないか」
「こら、それは生だ。また腹を壊すぞ」
そして今度はギグに背後霊のようにぺったりと張り付き、肉をせがんでいる。
「……案外、距離が近いなあ。あやつ」
元々距離の近いタイプなのか、この空気に浮かれているのか。どちらにせよ、新たな発見だ。
まあ、害は無いからいいか。はりつきお化けはギグに任せよう。
「しかし、なあ……敵陣で食事を取っているわけではないのだぞ」
ぼそり、とひとりごち。さざれは、筆で払ったように細い眉をついと寄せた。
シチュエーションは最高。肉も魚もそろそろ焼ける。だというのに、ベランダに流れる空気はピリついている。
どう好意的に解釈しても、「仲良くほのぼのとみんなでお食事」という空気ではない。むしろ張り詰めている。
野菜の鉄板の前に座っているヴィリスと、ボニファースに視線を向ける。ピリついた空気のほとんどは、そこから漏れていた。
鉄板の上で焼かれているのは、昨日買った歩きタマネギ、洞穴キュウリ、スケイルリーフ。そして鉄板の中心にどどんと置かれた犬の生首、もといポテドッグ。
周囲の野菜が、まるでポテドッグを囲むように置かれているせいで、蛮族感が強い。しかも鉄板の周囲は花でこんもり飾られている。どう考えても邪神に捧げる生贄の祭壇だ。
「この形だから可愛いの! 切ったら可愛くないから、このまんま焼くのー!」とねだったヴィリスは、大層ご満悦で芋が焼けるのを待っている。
「あのね、あれはね、ヴィーが買ってってお願いしたやつなのね。可愛いでしょ? ね、ここの垂れた耳みたいなとこが特に可愛いでしょ!」
「おう……そう、だな……?」
「んでね、ヴィーはすっごく可愛いでしょ? 可愛い強者でしょ? だからね、可愛いものを食べるの! ポテドッグね、ヴィーずっと食べてみたかったの。でもね、ヴィーちっちゃいから、一人で全部食べれないでしょ? だから、今日はボニと半分こね!」
「あ、あー、ありがとうな……」
ヴィリスの隣に座るボニファースは、心ここにあらずと言った様子だ。先ほどから、ヴィリスの言葉をまともに聞いているかどうか。苦虫を噛んだような顔で、鋭い三白眼をトロワの方にちらちらと向けている。
「ほれヴィリス、ボニファース、お主らの分よ。……野菜の方はそろそろ焼けそうだなあ」
大鉢から料理をよそい、ヴィリス達に手渡す。
ハートの形をした皿を受け取って、ヴィリスはわくわくを隠しきれない顔をした。餅のような頬が、ふにふにと緩む。
「うん! でもねえ、これはまだっぽいの。早く焼けないかなー。ね、ボニ! そしたらヴィーと半分こだもんね!」
「おう、そうだな……」
さざれから皿を受け取りはしたが、ボニファースの様子は変わらない。頭をかいたり視線をトロワに向けたり、貧乏ゆすりをしたりと忙しない。フォークに手を伸ばす様子も無い。
「ギグ殿が説得した、とは言っておったがなあ……」
それでもやはり、理性と感情は別物のようだ。だが逃げずにこの場に来ただけでも、偉い。
そう考えながら、自分の皿によそったマリネを一口。
キュッキュと歯ごたえのある白身を噛めば、爽やかな柑橘の香りが鼻を抜ける。泥抜きを徹底的にしたので、泥臭さは微塵も無い。塩と酢だけの味付けにしたがその分、マッドフィッシュの旨味が引き立てられている。うん、美味い。
ちなみにさざれは調理係だったので、鉄板係からは外されている。ヴィリスは鉄板の飾りつけ係……必要かどうかはともかく。フェルは準備係……意外と頑張っていた。野菜の鉄板をボニファース、肉の鉄板をギグがそれぞれ担当。
そして――と、さざれはベランダの端に顔を向けた。
魚の鉄板担当であるトロワは、椅子に腰かけてぼんやりと魚が焼ける様を見ていた。時々杖が振られ、その度に火が呼吸するように動いている。
トロワはトロワで、昨日フェルに言われたことが心に引っかかっているようだった。笑顔を浮かべてはいるものの、そばかすの散った頬は固く強張っている。
今はだいぶ落ち着いているが、準備の際は仕事を終わらせる度に「大丈夫っ? オレ、完璧? ちゃんとできてる?」と、縋るような声音でさざれやギグに迫っていた。
「トロワよ、魚の方はどうだ? きちんと焼けておるか?」
柔らかな声音を作って声をかける。トロワは弾かれたように顔を上げ、何度も何度もうなずいた。
「お、おう! あのさっ、大丈夫! ちゃんと焼けてるから! オレ、ちゃんと役に立ってるから!」
だから、オレは便利だよね、捨てないよね。――そんな焦燥に捕らわれた、こげ茶色の目をしっかりと覗き込む。目と目を合わせ、さざれは唇に笑みを刻んだ。
「そうさな、見事な焼き加減よ。お主のおかげで、美味い魚が食えそうだぞ、トロワ。ありがとうな」
「え、へへ……、そう? オレのおかげ? そっか、そっか、えへへ……」
杖を両手で握りしめ、幼い顔が照れたように笑う。
頬から緊張がほどけていくのを見て、さざれは内心胸を撫で下ろした。良かった、どうやら少しは気分が浮上したようだ。
視界の端で、ギグがほっとしたように息を吐いたのが見えた。相変わらずフェルを背後に引っ付かせたまま、目だけをトロワに向けている。視線が絡んだ。礼を言うようにギグの顎が軽く引かれたので、さざれはうなずいてみせる。
「ほれお主ら、肉と魚が焼けたぞ! 焦げんうちに食え!」
パンパンッ、と手を叩いて注目を集め、宣言。振り向いたボニファースとヴィリスが、肉という言葉にぱあっと顔を輝かせた。
「はいっ、ボニ! ポテドッグ、ヴィーと半分こね、半分こ! ボニには上半分あげるねー! 中もまっかっかで可愛いね!」「ひぇっ……なんだよこの無駄にリアルな断面……おいさざれ、さざれ! マジでこれ芋なんだろうな!」「多分。というか、やつがれもよう知らん。どうなのだギグ殿」「見た目で敬遠されがちだが、食べるとほくほくだぞ。匂いはちゃんと芋だろう」「そう、なんだけどよ……ええー……?」
わいわい、がやがや。広いベランダに、声が響く。低い声、高い声、柔らかな声。どれもが楽しそうだ。
「なあヴィリス、これ本当にお前、可愛いと思ってんのか?」「おいボニファース、ハッキリ言ってやれ。それ食ってるお前はどう見ても、犬を貪り食う野蛮人だって」「フェルうっさい!」「これ、喧嘩をするな! ヴィリス、そのフォークを投げたら怒るぞやつがれは!」「フェル、それは俺の皿の肉だ。勝手に取るな」「うるさいぞギグ。ケチケチするな。いいだろう、いっぱいあるんだから」
大きな丸テーブルを六人で囲み、わいわいと話す。
テーブルの周囲に置いた三つの鉄板は、今は火を落としている。乗せられた食材は余熱でじゅわじゅわと音を立てていた。皿が空になれば立ち上がり、鉄板から新しいものを取りに行っている。つい先ほど用意された鉄網の上にはスープ鍋が置かれ、くつくつと中が煮えていた。
時々、テーブル中央にある大鉢から料理がつままれ、それもみんなの口内に消えていく。その度に、「美味しい」「さざれ凄い」「これどうやって作ったんだ」などという声が上がる。
そんな会話を聞きながら、トロワはグラスに入った水を飲んだ。みんなの話を聞くのは楽しいが、上手く話に入れない。トロワ以外の五人が話しているのは、主に今食べている料理に関してだからだ。肉も魚も野菜も、さざれの作った料理も一切口にしていないから、話に付いていけない。
それでも、さざれやギグが料理以外の話をしてくれるので、そういう時はトロワも積極的に話に混ざっていた。
「はー、冷たいの気持ちいなー」
水をまた飲んで、ほふうと息を吐く。
ずっと火のそばにいたから、喉が渇いた。キンキンに冷えた水が、すーっと喉を通っていくのが気持ちいい。昨日から午前中にかけて、ぐちゃぐちゃに乱れていた気持ちも一緒に流れていくようだ。
自分はちゃんと役に立てた。自分のおかげだと言ってくれた。助かったと言ってくれた。もう大丈夫。いつも通り。いつも通り、人の役に立てる。便利だと言ってくれる。
そんな安堵が胸に満ち、トロワは嬉しくなってニコニコと笑った。
「どうした、トロワ。嬉しそうだな」
隣のギグが、そう話しかけてくる。アイスブルーの目を見返して、大きくうなずいた。
「おうっ! みんなでさ、こうやって集まって、お喋りするのいいなあって! オレ、あんまりこうやって、賑やかなのしたことないから、なんか楽しい!」
「そうか。それは良かった」
そう言ってうなずいたギグが、左手を伸ばしてきた。ぱちくりと目を瞬かせると、そのまま左手が頭の上に乗せられる。そのまま一回、二回と手がトロワの頭上を往復し、元に戻った。
トロワは、きょとりと首をかしげる。
「ギグ、ギグ、今のなんだ? あっ、オレの頭にゴミついてた? 取ってくれてありがとうな!」
「む」
礼を言うと、どうしてかギグが眉を寄せた。むう、と口の中で小さく唸る声が耳に届く。不機嫌にさせてしまったのかと思ったが、ギグは自分の前の皿を睨むようにして、なにかを考えているようだった。
なら、邪魔しない方がいいだろう。そう思ったトロワの目の前に、皿がすっと差し出された。
「おっ?」
「はい、これトロワの分ね!」
花のような笑顔のヴィリスが、皿をぐいぐいと押してくる。
「ヴィーからのおすそ分けなの。これね、トロワにはここの可愛いお鼻の部分と、こっちのお肉あげるね。お肉はね、さざれが可愛くね、まーるく切ってくれたから、可愛いよ!」
皿にはポテドッグの鼻部分と、丸く切られた肉が数枚乗せられていた。それを見て、トロワはふるふると首を横に振る。
「大丈夫っ。オレ、食わなくてもいいんだ!」
「どうして? これはね、ヴィーがトロワにあげるの。だからね、これはトロワが全部食べていいんだよ?」
「いいって、いいって! だってそれ、ヴィリスのだろ?」
「こんなに可愛いヴィーが、食べていいって言ってるのに? トロワ変なの! いいの、ヴィーからのおすそ分けなの。可愛いヴィーが、可愛いお皿をおすそ分けしてるんだから、ちゃんと食べなきゃダメなんだよ!」
だから大丈夫、と皿を押し返そうとしたが、ヴィリスは頬をぷくっと膨らませ、両手でぐいぐいと押してくる。
是が非でも食べろ、と言いたげだ。一歩も引く様子が無い。どうしようかなあ、と思っていると、「おい」とひどく不機嫌そうな声が耳に届いた。
トロワは、そちらに顔を向ける。
「どうしたんだ、ボニファース?」
声の主はボニファースだった。ヴィリスの隣に座るボニファースは、テーブルに頬杖をついている。そうして怒ったように眉をきつく寄せ、トロワを睨みつけていた。
「てめえ、さっきからなんも食ってねえだろうが」
「ん? うん」
「なんでだよ」
「なんでって……」
ぱちくり、とトロワは瞬きをした。なんで食べないのかと言われても。
「だってこういうの、オレ食べたことないし。食べる必要も無いからさ!」
ハ、とボニファースが鼻で笑った。
「あーあー、そうかよ。所詮、俺達みてえな野良犬とは一緒に食えねえってか?」
鼻筋を真横に通る傷跡が、ぐにゃりと歪む。トロワはなにを言われているのか分からなくて、目をパチパチとさせる。
「そりゃ、随分と優雅なこって。――おいヴィリス、やめとけって。こいつは俺達が食うような奴じゃなくて、もっと上等な肉しか食わねえってよ」
「あっ、違うぞボニファース! オレな、肉とかそういう食べ物じゃなくって、この――」
と、ポケットに入れている栄養粉末を取り出した。
と、思った瞬間に薬包が横からかっさらわれた。
「へっ?」
思わず声を上げて、横を見る。さざれだ。いつの間にかトロワの横に立っていたさざれが、薬包を取り上げている。見上げると、銀の瞳と目が合った。にっこりと、刃のようなそれが細められる。
そして。
「あ、ああ――――ッ!? なにすんだよ、さざれ!!」
突如上がった大声に、ベランダの柵に止まっていた鳥が驚いて逃げた。
さざれが、スープカップに栄養粉末をぶちまけたのだ。トロワの眼前で。満面の笑顔で。
湯気の立つスープの中に、白い粉がさらさらと落ちていく。慌ててカップをひったくったが、透明な液体の中ですぐに溶けた粉は、どこにも姿を見出すことはできなかった。
「なんで、スープの中に入れるんだよ! もう飲めなくなったろ!!」
トロワは、マグカップを抱えたまま、きっ、とさざれを睨み上げる。だが、睨まれた方は涼しい顔だ。
「なにを言う。それを飲めばよかろうが。水で飲むのも、スープで飲むのも同じことよ。それとも、その粉は水でしか飲めんというのか?」
腕を組んださざれから、見えない圧を感じる。それに気圧され、トロワはしどろもどろで答えた。
「そ、いうわけじゃねえ、けど……」
「そも、トロワよ。お主は一つ考え違いをしておるぞ」
「え?」
さざれは腰を折ると、トロワの耳元に口を寄せた。ひそひそと、重大な秘密でも告げるかのように、囁く。
「ほれ、お主はこの迷宮都市内を調査しておるだろう。それは大層立派だが、一つ重要なことを忘れておるぞ」
「重要なこと?」
重々しく、さざれはうなずく。
「うむ。お主の情報には、食が抜けておるのよ。よいか、食というのは大事なものだ。いや、お主の言いたいことは分かる。その粉さえあれば良い、そう言いたいのだろう? しかしな、その粉とて無限にあるわけではなかろう。首尾よくこの都市を掌握したとしてよ、花の帝国とこの迷宮都市、全ての人間が毎日、気兼ねなく飲めるほどの量を作れるか、否、作れんだろう?」
水のように流れるさざれの言葉。その奔流に飲み込まれながらも、トロワはこくこくとうなずいた。
昨日もフェルに怒涛のように言葉を浴びせられたが、さざれのそれはフェルと違い聞きやすく、理解できる。
「さて、そうなれば粉を飲めん者はどうするか。そう、大迷宮の恩恵を受けるしかあるまいな。そこで役に立つのが、お主の知識よ」
唐突にびしりと鼻先に指を突き付けられ、少し肩が跳ねる。指の向こうにいるさざれは、真剣な顔で言葉を紡いだ。
「迷宮生物の捕獲方法、植物の採取方法、可食部の有無。それだけでなく調理方法を知っておれば、ここに来た帝国の料理人達の役に立てるなあ。どのような味付けが一番美味しいか、どんな味がするのか、それも知っておれば初めて迷宮生物を食べる者にも、分かりやすく説明できて大助かりだ。良いか、栄養粉末以外のものを食うことは、現在お主が受けておる任務に関わりがあるのだ。……やつがれの言っておることが分かるか?」
こくこく、とまたうなずく。
そうして、自分の手の中にあるスープカップを見つめた。透明なスープの中にはなにか、黒っぽいひらひらとした……布の切れ端のようなものがいくつも浮いている。これがなんなのか、トロワは分からない。説明できない。食べたことが無いからだ。
だが、さざれの言う通り。これがなんなのか知っていれば。これの味を知っていれば。それは帝国がこの地を掌握した時に、役に立てる。また、便利だと喜ばれる。
カップの熱が指先を通って心臓に到達し、とことこと鼓動が早くなる。
「……分かった。オレ、これ、飲んでみる。それで、どんな味がするか、どうやって調理するのか、報告書に書いて、出したら、みんな喜ぶよな?」
「そうさな。やつがれはそう思っておるよ」
トロワは、ぐいと生唾を飲み込んだ。人の作った料理を食べるのは、生まれて初めてだ。栄養粉末以前に食べていたのは、味の薄い固形ブロックだった。こうして誰かが作ったものを食べたことは、無い。
だから、緊張している。心臓の鼓動は、今やどこどこと駆け足になっていた。しかしこれも、帝国の為。帝国の役に立つ為だ。
「……よし……!」
己をそう鼓舞し。トロワは五対の目が見つめる前で、ぐいっとスープカップをあおった。