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気まぐれ六重奏〜さざれの食卓更生記〜  作者: 所 花紅
小鉢とカラカラ空っぽ宝箱
15/18

フェルの持論とケツドラム

 頬がぶにっと両手で挟まれて、いつの間にかフェルが立ち上がり、自分の目の前にいたことに気が付いた。息がかかるほど近くに、完璧な黄金比で形作られた顔面がある。


「うぶっ?」

「いいか、空箱。中身っていうのは、そいつ自身にしかないものだ。それだけの唯一絶対のものだ。かけがえのないものだ。そんな、どこにでもある肩書も、経歴も、特技も、私はこれっぽちも興味無い。お前はただ、宝箱をキラキラゴテゴテと装飾しただけだ。中身はカラカラ空っぽ。いくら煌びやかに外装を整えても、中身が無くっちゃつまらんだろう。お前、豪華な宝箱の中身が空っぽだったらガッカリするだろう。私は今、そんな気分だ。お前以外のここの連中は、みんなみんな個性的な宝箱で、私は大好きなんだ」


 間近にある珊瑚の瞳が、夢見るようにうっとりと緩んだ。


「さざれは嘘だらけの宝箱だ。ダミーがたくさんあって、どれが本当か分からないよう人を惑わしている。でも一番大事な中身は、丁寧に丁寧に傷つかないように保存している。ギグは分かりやすい。あいつは透明な宝箱だ。わざわざ開けなくても中身が分かるが、それも私は好きだ。ヴィリスは見た目こそ可愛い宝箱だが、中身はああ見えて凶暴だぞ。面白い。きっと開いたら、中の宝物は可愛いとはかけ離れたものだろうな。ボニファース、あいつは中身を分かってないタイプの宝箱だ。自分でちゃんと宝物を仕舞っておきながら、なにを入れたか分かってないんだ。あれもあれで私は嫌いじゃない」


 歌うように流れる、言葉の波。心地良いテノールが紡ぐゆったりとしたそれに、トロワは丸い瞳を何度もぱちくりとさせた。

 正直、言っていることの半分も理解できない。ただ、気になるところがあった。


「なあ。さっきから宝箱、宝箱って言ってるけど、人は宝箱じゃないぞ?」

「いいや、宝箱だ」


 く、く、とフェルは笑う。

 先の穏やかな声音と違う。音程がズレたオルゴールのような、不協和音だった。


「宝箱だ、人は。この世の人間は全て、宝箱だ。分かるか? 人はな、見た目からは思いもよらない宝物が詰まっている。そこらの浮浪者は見た目こそ薄汚い宝箱なのに、『()()』には誰も見たことのない美しい景色が詰まっていた! ああ本当に美しい景色だった! 毎日眺めてもあれは飽きない!! キラキラゴテゴテといつも派手な貴族の宝箱の『()()』は、甘ったるいイチゴジャムと硬いスポンジのケーキだった! 味も素朴で美味いとは言えなかったが、それこそがそいつの宝物だったんだ! ああ、本当に美しいんだ、面白いんだ、お前達宝箱は! なにが入っているか分からない! 楽しい、楽しい、楽しいんだ! お前達を開ける瞬間はいつも、ワクワクする!!」


 (らん)、と目が暗い輝きを帯びる。

 トロワはやはり、言っていることが分からず目を瞬かせる。


「――だから、お前はつまらない」


 輝いていた目が冷たくなる。

 狂喜、ともいえるほど高ぶっていたテンションが、一気に冷え込んだ。ぶにぶにと頬を挟まれながら、トロワはただフェルの言葉を聞き続ける。

 心臓がどうしてだか、とことこと駆け足になった。


「なにを言っても中身が無い。食事を必要としないと言った時はちょっと面白いと思ったが、それも所詮、他人から言われた言葉を鵜呑みにしているだけ。自分でちっとも考えない。ああつまらない、つまらない。見た目ばかり豪華なハリボテ宝箱だ。誰がそんなものを見たいと思う。お前のようなつまらない宝箱に、誰も興味を持たない」


 フェルが、口を軽く開けた。そこから息の塊が吐き出される。吐息が音になって耳に届く。


 ――あ。


 トロワの心臓が、大きく跳ね上がった。瞳がびきりと凍り付く。息が上手くできなくなる。言葉が喉の奥で痰のように絡んで、なにも出てこない。

 どうしよう、どうしよう。失望させてしまった。ため息をつかせてしまった。怒られる。

 ため息は嫌だ。怖い。自分に向かって落とされるため息は特に嫌だ。成果を上げられなかった時、失敗した時、いつも誰かがため息を吐く。肩を落とし、大きく息を吐く。望まれていることが、できていない。その事実はいつもトロワに、胸を刺されたような痛みを運ぶ。

 帝国に忠実な道具として、完璧に全てをこなさなければいけないのに。


「あ、え……と……」


 謝らないと。失望させて申し訳ありませんでしたと。次は絶対に成功させてみせますと。

 でもフェルは、花の帝国の軍人でも研究者でもない。なにに失望したのか分からない。なんと言って謝ればいい。分からない。考えられない。


「ふうん。あながち全て空っぽってわけでもないのか」


 でもやっぱりつまらないな、と突き放すように言ったフェルの顔が、不意に良いことを思いついたといわんばかりに輝いた。ぱちんっ、と指が鳴らされる。


「そうだ。お前、折角それだけ外側は豪華なんだ。ちょうどいいから、私の宝物入れにしてやろう。空っぽのお前に私の持ってる宝物をきっちり詰め込んだら、外も中も綺麗な宝箱になるな。うん、それがいいそれがいい、そうしよう」


 フェルの絹糸のように細い髪が、風も無いのにさわりと揺れた。魔力のうねりが、トロワの肌に伝わる。魔法だ。フェルは魔法を使おうとしている。なんの。分からない。このまま黙っていては危ない。動かないと。反撃しないと。なにを使われるか分からないが、このままではきっとやられる。

 凍り付いていたこげ茶の瞳が溶けた。いつの間にか手から放していた杖を、手探りで探す。

 フェルが口を開き、そこから呪文の詠唱が漏れる。トロワの杖先に、魔法陣が展開した。


◆◆◆


「ただいま。……で、なにをしておるのだ、お主らは」

「え、ええっと……その、フェルがな、あの……」


 トロワが胸の前で人差し指同士をつんつんとさせ、しょんぼりと眉を下げている。

 大変申し訳ありませんでした、私がやりました。と、言いたげなその態度と、その背後のフェルを見て、さざれはなにがあったか把握した。ざっくりとだが。

 ヴィリスが、フェルの尻をぺちぺちと叩いて遊んでいる。そのフェルはといえば、台所とリビングを隔てる扉に頭から突き刺さり、尻から下をこちらに突き出すような形になっていた。


「ねえねえ、なにしてるのー? フェルのお尻、全然可愛くないねー! 可愛い弱者ね、可愛い弱者! だからヴィーの勝ち! ヴィー可愛いから!」

「えーい、うるさいうるさい! 抜けないんだ引っぱり出せ!」

「いーやっ」


 意外と元気な声が扉の向こうから響いている。

 さざれは、ついと丸テーブルに視線を向けた。空っぽになった小鉢が三つ。またつまみ食いをしていたのか。……まあ、ちゃんと自分の分を小鉢に取り分けたことだけは評価しよう。

 囮ゼリーで便所と蜜月関係を築いておいて、まだ懲りないのかと思わないでもなかったが。

 しょぼくれているトロワの顔を見上げ、さざれは微笑してみせた。


「フェルのつまみ食いを止めてくれたのか? すまんなあ、トロワ。しかし魔法で吹き飛ばすと、家が壊れるのでな。今度からは」


 と、言いかけたさざれを遮ってトロワが声を上げた。


「あっ、えと、違うんだ! フェルがさ、宝箱だとか、空っぽだとか言って、あの、た、ため息、ついて、それでオレを宝箱にするとか言って、魔法を使おうとしてっ、それでつい……」


 でもちゃんと、手加減したから! 本当だから!

 慌てた様子でそう続けるトロワ。

 魔法、とさざれは内心で眉をひそめた。

 フェルは魔法を使えたのか。そんな素振りは微塵と見せなかったが。そしてトロワになんの魔法をかけようとしたのか。

 それに、宝箱にするだの、空っぽだのというワードも少々気にかかる。

 数年前、ちらと聞いたことがある。人間を「宝箱」と見立てて、魔法によって人の中身を丸ごと宝物に変えてしまう殺人鬼”トレジャーハンター”の話を。ここのところ、めっきりその話を聞かなくなっていたが。

 まさか、あのつまみ食い大王が? 全裸でキュウリをボリボリ齧るような奴が?


「いいかさざれ! 私はただそいつが空っぽだと言っただけだ! あと、それだけ外側が豪華なら、中に宝物を詰めれば映えそうだと思っただけだ! あとマリネ美味かった!!」


 尻が足をばたつかせながら、もごもごと叫ぶ。

 ひとまずフェルが殺人鬼かどうかの話は横に置いて、さざれは成程とうなずいた。


「では、またしてもつまみ食いをした阿呆には、罰を与えねばならんなあ」

「なあんでそうなるんだ! まず私をここまでぶっ飛ばしたトロワに罰を与えろ、トロワに!!」


 罰、という言葉にトロワの肩が大きく跳ねる。その肩を軽く叩いて、さざれは憤る尻に向かってにっこりと笑った。


「トロワに関しては、魔法を使おうとしたお主の自業自得よ。そも、やつがれはつまみ食いをされんように、これらを鍵付き冷蔵箱の方に入れていたはずだが?」

「ああ、あの程度なら針金で開けられるぞ。ちょろいちょろい」

「ヴィリス、その尻思いっきりしばいてよいぞ」

「よしきたー!」

「あっだああ!?」


 スペーンペンペーンとリズミカルに響く音をBGMに、固まってしまっているトロワの肩をもう一度叩く。


「トロワ。鉄板やらなんやらを洗っていてくれて助かったぞ。おかげで、明日は美味い肉が焼けそうだ」

「本当っ? オレ、役に立ってる? 完璧だったっ? ため息つかない!?」


 立て続けに問いが放たれる。幼さの残る顔が、焦燥に彩られていた。ローブの胸元がぎゅうと握りしめられている。必死ともいえる形相を見上げて、さざれは安心させるように口元を緩める。


「うむ、ため息なぞつかんとも。やつがれでは、ああもピカピカにできんからなあ。お主の手柄よ、トロワ。本当に助かった」


 言い含めるように伝えると、トロワは明らかにほっとした様子で肩を落とした。


「そ、そっか……良かった……うん、そっか、良かった……そうだよな、オレ、役に立ってるもんな……」


 大丈夫、大丈夫。ちゃんと役に立ててる。つまらなくない。空っぽじゃない。大丈夫。

 何度も、何度も、自分に言い聞かせるように呟く。

 自分には価値があるのだと、必死に己を納得させている様子は、正直痛々しい。

 それを哀れに思うのと同時に、さざれの忍としての部分は冷静に分析を続けていた。

 自己否定やため息を吐かれたくらいで心が揺らぐようなら、まだこの子は普通の感性を取り戻せる余地がある。真に面倒なのは、他人になにを言われようとも「己は完璧な道具である」と認識を崩さない阿呆なのだから。

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