この後、仲良く並んでアイスを食べた
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<カープ街>の中央、ちょうど鯉型アーチの腹に当たる部分は、小さな広場になっている。長方形の広場の中心には鯉の形の噴水があり、口の部分から水が噴きあがっていた。勢いのある水が飛沫となって空中を舞い、幾分か涼しい。
広場内にはいくつかの屋台とベンチがあり、嗅いでいるだけで腹が減りそうな匂いがそこら中から漂ってくる。人々がくつろいでいる中、買い物を終えたさざれとヴィリスも空いたベンチに腰かけた。
パンパンに膨らんだ買い物バッグを足元に置き、ふうと息を吐く。
「ふむ。だいぶ安く抑えることができたな」
調味料を売っている店がたまたまセールをしていたので、これ幸いと突撃したさざれである。他の客から目当ての商品を掠め取り。一番に会計所に来た者は会計五割引き、という声を聞けば跳躍し壁を蹴り。忍としての身体能力を存分に発揮した結果、かなり予算が余っている。
さざれは財布の中から硬貨を数枚取り出し、退屈そうに足をぷらつかせているヴィリスを呼ぶ。
「ヴィリス、ちょっと小腹が空いたなあ」
「うん! ヴィーね、疲れた!」
「やつがれもよ。そこでな、ヴィリス。あちらで美味そうなアイスが売っておるな。あれを二つ、買ってきてくれんか? やつがれはバニラで」
「ええっ!?」
ヴィリスはわざとらしく、口元に両手を当てた。手の下に隠れた口が嬉しさを隠し切れず、にまにまと緩む。
「いいのお!? ヴィー達だけでおやつ食べても! みんなに怒られない?」
「なあに、言わなければいいのよ。言わなければ。これはやつがれとお主の間の秘密よ、良いな。誰にも話してはならんぞ」
真面目くさった顔で、口元に人差し指を当てるさざれ。顔をキリッとさせ、うなずくヴィリス。
密約成立。
硬貨を手に握らせると、ヴィリスは放たれた矢のように屋台にすっ飛んでいった。たちまち人込みに紛れる青い髪を微笑ましく見送り、さざれは頬に張り付いた髪をよける。
全員で焼肉をする。
そう決めてから、二日が経った。今日は土曜日。いよいよ明日が焼肉の日だ。
市場の方では、なにかが逃げたらしい。遠くで一段と騒がしくなった声を聞き流しながら、さざれはのんびりと今日に至るまでの日を思い返す。
「意外と、ボニファースが粘ったのよなあ……まあ、無理ないかもしれんが」
トロワを誘うのは、簡単だった。主目的は薬以外のものを食べさせることだが、本人にそれは告げず「お主ともっと仲良くなりたいので、焼肉に参加してくれんか」と言ったら笑顔でうなずいてくれた。
フェルも案外、ころっといった。囮ゼリーの件で――やはり囮に引っかかり、トイレに数時間こもっていた――ヘソを曲げていたが、「でもなー、私もなー、いつまでも怒ってるのも大人げないしなー、お前がなー、なにか美味しいものをなー、焼肉の時にいっぱい作ってくれたらなー、機嫌を直すかもなー」と、大層うざったい、もとい遠回しに承諾していた。
ので、さざれは肉を焼く他に、いくつか料理を作る予定である。さっぱりした味のものを作れば、肉を食べる間の箸休めになるだろう。
そんな風に、二人はあっさり承諾したのだが、難色を示していたのがボニファースだった。
最初は焼肉と聞いて、弾けるような笑顔を浮かべて快諾したのだが。やはりというかなんというか、トロワも参加すると聞いた瞬間に顔をしかめて渋りだした。
「無理。あいつと一緒にメシなんざ食えねえ」
どう説得してもこの一点張り。「オレ、トロワダイスキ! メシ、イッショニクウ!」としか言えん身体にしてやろうかと、物騒なことを考えるさざれ。さざれがやらかしそうな気配を察して、止める態勢に入ったギグ。
その硬直状態を打ち破ったのは、ヴィリスだった。
「あーっ、ボニだあ! ねえねえ、ヴィーね、あのね、ずっとボニといっぱいお話したかったんだよ! なのにね、ボニいっつもすぐご飯食べて、どっか行っちゃうでしょ? だからね、ヴィーさみしかったの……いっぱいね、お話したいことあるのに……いっつもボニいない……」
リビングに入るなり笑顔で巨体に抱き着いたが、段々と眉が下がっていき、大きな目には涙がたまっていく。それをボニファースがあわあわとしながら、「悪かったって、な、俺も色々仕事あってよ、悪かったって、な、な、だから泣くなって」と不器用に慰める。
そんなやり取りがしばらく続いた後で、
「あのね、今度焼肉するんだよ! ボニもやるもんね。ヴィーね、ボニと一緒にご飯食べたいのー! 可愛いお肉食べながら、一緒にお話ししようねー!」
と、愛らしい笑顔で叫んだヴィリスに、ボニファースは陥落した。
観客に回っていたさざれとギグは、心の中で惜しみない拍手を送った。ボニファースが出て行った後、ヴィリスは満足そうに胸を張り、「これでいい? 後でヴィーに可愛いもの買ってね!」と可愛い顔に悪い表情を浮かべた。策士だった。
そんな紆余曲折を思い返していると、ふわりと揺れる布が視界の隅に映った。静かな気配が横にある。いつのまに。足音も無かった。近づく気配に気づかなかった。ぴく、と指が動く。反射的に、懐に吞んだ苦無に手が伸びそうになる。
「こんにちは、さざれさん」
穏やかな女性の声。知ったものだ。身体から力を抜く。さざれは一呼吸置いて、横を見上げた。
身体の線が浮き出る、群青色のマーメイドドレスをまとった初老の女性が、そこに立っていた。
長い白髪を結わずに風に遊ばせ、老いてもなお美しい顔に柔らかい微笑を浮かべて、こちらを見下ろしている。
「これは、璃白殿。こんなところで会うとは、奇遇ですなあ」
さざれも微笑を返し、尻を少し動かして璃白の座る場所を作った。それに、璃白はやんわりと首を振る。
「ありがとう。でもいいの、買い物がまだ途中なのよ。たまたま、さざれさんを見つけたから挨拶をしようと思って」
「そうでしたか。この暑い中ですから、大変でしたでしょう」
「ふふ、大丈夫よ。まだ私も、この程度の暑さでへばるほど老いてはいないから」
「おや、嫌味に聞こえてしまいましたかな。それなら失礼しました」
穏やかな微笑を崩さない璃白。彼女こそ、さざれ達が借りている家の大家であり、「みんなで仲良く一緒に暮らすこと」という条件を突き付けてきた張本人である。
たおやかな外見と言動の持ち主だが、元は探索者というだけあって一見優美な動きには隙が無い。
璃白は、さざれの足元にある買い物バッグに視線を下ろした。
「さざれさんも、お買い物だったのね」
「ええ。明日、みなと焼肉でもと思いまして、材料を」
「あら、それは素敵」
両手を胸の前で合わせ、璃白は嬉しそうに唇を緩める。そこに、両手にアイスを持ったヴィリスが戻ってきた。アイスを落とさないように、そろそろと進んできている。
自分の分を、もちゅもちゅと食べながら帰ってきたのはご愛敬だろう。
「さざれ、さざれ! アイスね、バニラ売り切れちゃってたから、ヴィーと一緒のハイパーベリーにしたー! これね、甘くて酸っぱくて、中に凍ったベリーが入っててね、シャリシャリしておいしいのー!」
ほらー、とさざれに二つのアイスを見せてから、ヴィリスは璃白に気づいた。嬉しそうな声を上げる。
「あっ、璃白おばーちゃん!」
「こんにちは、ヴィリスちゃん。今日のブラウス、色が髪に合ってて可愛いわね。小さなおててがふんわりした袖から見えてるのも、とっても可愛いわよ」
ヴィリスは、たちまち表情を緩めた。はしゃぎ回りそうな気配を察し、アイスを二つ、さっと取り上げるのと同時。ヴィリスが飛び跳ねながら、璃白に抱き着いた。結構な勢いの突進を、老女は難なく受け止める。
「そうでしょ、そうでしょ! ヴィーもそう思って、これにしたの! おばーちゃんさすが! お洒落強者!」
「ふふ。明日は焼肉なんですってね。たくさん食べて、大きくなるのよ。……あらあら、お口がアイスでべたべた」
「んむー」
しゃがみ、ピンクに汚れた口の周りをハンカチで拭いてやりながら、璃白はさざれに顔を向けた。
「良かったわ。みんな、仲良くしてくれているみたいで」
そうして、黒瞳を懐かしそうに緩める。
「あの家はね。昔、私と私のパーティーメンバーで暮らしていたの」
ああ、とさざれは納得した。
きっと璃白と、その仲間達はとても仲が良かったのだろう。大事な仲間達と暮らした、大事な思い出の家。だからこそ次に住む者達にも、自分達と同じように信頼を築き、楽しく暮らしてほしいのだ。
「それで条件が『みんなで仲良く暮らすこと』だったのですね」
「ええ。だから、さざれさん達が喧嘩しながらでもいいから、みんなでご飯を食べたり、お出かけしたりして、末永く仲良く暮らしてくれるなら、私はとっても嬉しいわ」
噴水の飛沫に目を細めながら、璃白は首をそっとかたむけた。