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Echo of Shards  作者: 赫々
第一章
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第一話:平淡無奇

 あの日から数年が経った。

 大西洋に面する、東海岸の小さな町『ブライトン・ベイ』。街を襲った未曾有の危機は|灰の雨《Rain of Cinders》と呼ばれ、未だ語り続けられている。多くの建造物が破壊され、一帯諸共火の海となった。道路には多くの亀裂が走り、安全に歩ける部分は殆ど無い。特に酷かったのは町の中心点。更地になり、元の形の原型を留めてすらいない。一夜にして過ぎ去った危機、銃声や爆発音があった事から人為的な物で有るだろうと皆は口々に言うが更地となった部分のみは説明が付かなかった。大きな爆発であるならば、大火傷を負った者や爆発によって生じた光にやられる者が多々居る事だろう。しかし、建物や町自体への被害は非常に甚大な物ではあったが、その反面死者が圧倒的に少ない。殆どが擦り傷や、建物の崩壊に巻き込まれたなどの負傷者で大多数だった。

 一カ月足らずで瓦礫は片付けられ、三カ月足らずで道路を舗装し、半年足らずで住む場所を建て直した。

 比較的迅速な復興で有るだろう。ものの一年で、その爪痕は殆ど無くなった。

 

 しかし、死者が戻って来る事は無い。

 圧倒的に少ないとは言え、十数人の命が失われた。失った傷と言う物が癒えるには、永い日が必要である。命の終わりの日まで癒える事が来ないかもしれない。後ろを向く者も多かった。が、俯く時もありながら前を向き、通学路を歩む青年がそこに居た。

 ジャック・カーター、齢17歳の進路に迷う高校生。短く切られた黒色の髪。アメリカ人の男子の平均的な身長よりも、少し高いくらいの背にがっしりとした体形。運動に没頭する事で忘れようとした時期が今に繋がっているのだろうか。科学が好きで成績が良いという以外、余り特徴に欠ける青年。交友が狭いという訳でも無く、ただただ世の中に居る一人の高校生と言った印象を話せば誰もが抱く。

 ジャックはいつも通り、遅刻せず時間に余裕をもって投稿をした。賑やかな教室内の端で今日必要な教科書を仕舞い込んでいると、彼へと真っ直ぐと歩みを進める一人の人物が居た。

 

「オハヨーさんッ、ちゃんと直して来たか~?」


 朝から良くそこまでテンションを上げていられると評すべきか。だが、ジャックにとって大切で長い付き合いの親友。そこまでのテンションには付いて行けないと言わんばかりの眉を顰めた表情を見せるが、携帯の画面へと触れ、ある画像をアルバムの中から探し親友へとソレを見せる。


「ラジオは完璧に直した、家で動作確認済み。正直、僕じゃなくて修理屋に持って行って欲しいんだけども、ライアン。」

「対価にゲームのレアアイテムって事で承諾したじゃないか!まぁそれよりも俺達の仲だからいいだろ~。こういう事頼めて、完璧に直せるのはお前しかいないんだからさ。」

 

 何処にでもある、他愛のない話。朝のショートホームルーム前に交わす簡単なモノ。また休憩の時に、や昼休みにと話の続きの約束を交わしそれぞれの席へと戻って行く。

 一日が始まった。ジャックにとって変化の無い毎日で有り、ガラクタを弄っている時の方が余程楽しいと心の中で呟いている事だろう。いくらぼやいても、この授業は面白くはならない。適当に板書された物をノートへ写しながら、思考の半分は帰宅後に何をするかと言った考えに割く。視線を教室中へと向ければ、真面目に先生の話を聞いている生徒や睡眠をとる生徒、自分の好きな事をしている生徒と多種多様。普通は真面目に話を聞いて板書を写さなければならないが普通では有るが。

  退屈な日々。ライアンと共に昼飯を食べ、明日の夜にまたゲームをしようと予定を立てた。締め切りは先だが、早めにレポートを提出し課題を終わらせる。昼休みの時間の間に仮眠を取り、次の授業を睡眠で全て過ごさない様に対策する。


 そうしていつしか時計の針は夕方を指す所まで進んでいた。

 

 親友に別れを告げ、帰路へとジャックは着く。今日は特段、放課後に予定を入れてはいない。数日用の食料を買って帰る位だっただろうかと思い出す。

 父親は『灰の雨』の有った日に命を失い、母親は後を追う様に病に倒れた。今家に居るのはジャック独り、この生活も数年になり慣れてしまった物だと。生活費の工面は、修理工やバイトをする事で困らない程度には稼げていた。祖父母が街に居るから、困ったら頼ってくれと声は掛けられている。一度も頼った事は無いが、心配を掛けてしまう事は悪いと一カ月に一回は祖父母の家へと顔を出している。

 陽が落ちる前にと、足早に買い物を済ませアパートの階段を駆け上がった。扉を開く音が空しく部屋の中へと響く。重い荷物を床へと置き、流れ作業の様に洗面台へと向かい手を洗う。そしてテレビを付け、先程まで静寂に包まれていた部屋に声が足される。

 ジャックの耳に入って来る言葉は明日の天気。今日と同じ様に晴れて、涼しいと言った事とソレに反応するキャスターの発言が呟かれている事だろう。


 「今日も、また終わりかぁ……」


 小さく、疲れた様に呟いた。



 同日、街路灯のみが照らす頃。

 町の中心点である場所に、一人の人物が赴いていた。ロングコートに身を包み、短髪に整えた髪を掻きながらも視線は鋭く向けられている。それは、嘗て被害が最も酷かった場所。何を考え、思い耽ってるのかは()しか分からないだろう。

 だがその視線は何が起きたか———、その一部を知っている物で有る事には間違いない。

 ロングコートの男の周囲を取り囲むように向かって来る複数の足音が響き渡る。街が静寂に包まれているからこそ、特に音が目立つ。

 息を切らして複数の人影は立ち尽くす。ロングコートの男目掛けて必死に走っていたのは明白だ。手には物騒な拳銃までも持っている。しかし、既にそこに男の姿は存在しなかった。

 否、正しくは近くには存在する。複数の人影の来訪を既に予期していた様に、ロングコートの男はただ退避しただけなのだ。複数の人影は辺りを見回し、周囲に居ないか確認している姿を視界に捉え、未だ思いに耽る表情を見せる。

 瞬きの間にロングコートの男の姿は闇に紛れ、彼を追う複数の人影の足音だけが、夜の街に響き残った。

 

 

 

 かくして、役者はブライトン・ベイという舞台に揃った。

 幕が上がる瞬間(とき)は近い。


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