砕け散る日
その日は街灯の灯りすらも消えた、帳の下りきった世界だった。
誰もが家に篭り、闇と爆発音に怯えている。次は我が身かと、恐れているのだろう。金属の弾丸の前に、人は成すすべが無い。等しく命を刈り取られる事になる。サイレンに悲鳴、怒号、泣き叫ぶ声まで狂瀾怒濤と言える状況下の中、2人の人物は大通りの前で相対していた。レンガ造りの建物が立ち並ぶ街の中心点。睨み合い、彼らは未だ一歩も動かない。そこに立つは砂埃のみ。
一人の男は動きを見せる。フードを目深に被り、初めはその性別を識別する事が出来なかった。然し、その姿勢や身体から簡単に推測出来る。握り拳台の欠片を取り出した。漆黒がそこに顕現した様な、と言うべき程に一瞬の暗闇がそこに齎される。
呼応するように、相対する白髪の男も欠片を取り出した。先に取り出した男の物よりも、何処か鮮明に見える欠片。閃光を発す、一瞬ではあったが辺り諸共それは照らした。
———彼らは剣を握る。
地を蹴る音が響く。彼らは空いた間合いを埋める様に、それぞれが思考を巡らせ剣を振るう。『目の前の〝敵〟は、どうその刃を突き立てる?』と。
剣と剣はぶつかり合った。大きな衝撃が腕に伝わる。彼らは両手で強く握り、その衝撃に耐える。もう一方は苦悶の表情を浮かべ、一方狂気を滲ませていた。戦いを愉しむかの様に、何度も何度も何度も剣を“打ち付ける”。怒涛の連撃、地へと身を沈ませてしまう程に強い。必死に防ぎ続ける白髪の男、ただその目は確実に反撃の時を待つ捕食者の目。
軌跡は煌めいた。
それだけで押され続けていた状況は変化し、攻守は切り替わる。
跳躍。人間離れした御業は“欠片”の影響か、上空から一閃が繰り出されフードの男は後退せざるを得なかった。地面へと振り下ろされた剣は地を割る。直ぐ様追撃を紡ぐ、同じ連撃では有るがそこには確かに技術があった。しかし、狂気に満ちたフードの男は動じない。寧ろ余裕すら垣間見える。その様子に、白髪の男は気付くことは無い。斬撃を繰り出し、当てる事に多くの神経を要しているのだ。
金属同士がぶつかり合い、跳ね上げられる音が響く。白髪の男は舌打ちをしながらも、直ぐ様態勢を整えんと体を捩る。
然し、その間も無くフードの男は動きを見せた。剣を跳ね上げた事で出来た隙を突くかのように力を込める。
何かを呟いた。
轟音が周囲に轟き、爆風が周囲を包み込む。何があったか明々白々。この場が結果を物語っているのだから。
この一手で道路は脆く砕かれ、周囲の硝子は粉砕し、その欠片を地面に巻き散らす。フードの男は深く息を吐き、大きな“技”の反動に遂に汗を一滴流しながら視線を前へと向けた。
白髪の男は立っていたのだ。深紅に染まる血を額から流し、身体を覆う装甲は砕け、皮膚からも鮮やかな血を流している。だが剣は今も尚光を放つ。徐々にその光にあてられている部分が回復している様にも見える。強く握り直す、未だに敗けていないと言わんばかりに。
その状況を愉しみ嘲笑う声が響いた。白髪の男へと向けられていた視線はいつしか彼が持つ剣へと向けられ、ある一点を指差した。良く視なければ分からなかっただろう。しかし、そこには一つの傷が付いていた。
「残念と言うべきか!たとえ同じ剣であろうと完成度は違う。一欠片に過ぎないソレで立ち向かう事は不可能。先に壊れる事等容易に想像が付く。言うなれば、“存在強度が違うんだよ”。」
嘲笑うフードの男とは真反対に、白髪の男は歯を食い縛る。しかし、未だ眼には光が灯っていた。『ただ、刃に少し傷が入っただけだろう』、そう言わんばかりの眼力。狂気に満ちた笑みでは無く、自信と闘志に満ちた笑みを浮かべる。
剣を両手でしっかりと握り、体の正中線に沿わせる様に構えた。刃の先端は相手の喉元を正確に捉え、その冷たい輝きが一瞬の静寂を裂くように煌めく。足は肩幅よりやや広く開き、前足は僅かに曲げられ、後足は地面を掴むように力強く踏み込んでいる。重心は低く、全身の筋肉が一つの目的に向けて緊張し、まるで今にも解き放たれる矢の様に。
息を止め、刹那の間、周囲のすべてが消え去る。視線は鋭く、迷いのない眼差しで相手を射抜く。その姿は、一撃で勝負を決するために研ぎ澄まされた刃そのもの。
そして———、吼えた。
後ろ足に溜め込まれた力が解き放たれる。剣は弧を描きながら前方に疾り、風を裂く音が響き渡る。全身の力が刃に乗り、一撃必殺の一閃となる。
フードの男も、ソレに対抗せんと刃を振るう。その刃は重量感と勢いを伴い、一瞬の空白を切り裂くように動いた。肩から腰にかけて全身の力を込めて振り抜かれた剣は、半月を描く軌道を取り、黒い閃光のような軌跡を視界に焼き付ける。空気を切り裂く鋭い音が辺りに響き、黒い残光がまるで敵の動きをも封じ込めるように迫った。振り抜いた瞬間には、剣の刃先が風を纏い、力強い余韻が残る。
彼らの渾身は衝突し合い、閃光と破砕音が響き渡った。