表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/59

第9話 思い出の地、エリアラサース

第2章開始

エリアラサースは、いくつもの険しい山脈を越えた先に広がる、深い谷の奥に存在していた。人の足を容易に寄せ付けないその場所は、神秘的な静寂と、荒々しい自然の美しさに満ちていた。古い木々の間をわずかな日光が差し込み、薄霧が漂う谷底では、清らかな川が音を立てて流れている。誰もいないその風景は、時が止まったかのような静謐せいひつさをたたえていた。


「ここが、あなたとガーランドが住んでいた場所……本当に綺麗ね」


ゼノアは目を細めて言った。その瞳には、遠い昔の姿を想像しながらどこか感傷的な輝きがあった。


「そうだよ。70年ぶり。じいちゃんと魔人が戦ったあとは、酷い有様だったけど」


シリルは頷きながら小さく笑みを浮かべた。その笑みは懐かしさと共に少しの悲しみを宿していた。


ゼノアは川のきらめきを見つめながら呟いた。


「でも、今はとても綺麗になっていて良かったわね」

「うん」


短く返事をしたシリルの声には、どこか深い安堵が混ざっていた。70年前の傷跡は未だ残っていたが、森は再び生き生きと蘇り、川のせせらぎもかつてのように透き通っていた。


滝の横にはひっそりと洞窟があった。まるで自然に溶け込むかのように巧妙に隠されたその入り口は、注意深く見なければ見過ごしてしまうほどだった。洞窟の内側には、いくつかの窓が切り開かれ、心地よい風が通り抜けていた。住むために手が加えられたその洞窟は、簡素だがどこか温かみのある空間だった。


「ここが、ボクたちが暮らしていた家だよ」


シリルは静かに言った。その言葉には、過去の時間が甦るような懐かしさがこもっていた。


彼女は微笑み、洞窟の中を見渡した。


「なかなか素敵な場所ね。きっとここでたくさんの思い出が作られたんでしょうね」


シリルは少し肩をすくめて苦笑いを浮かべた。


「結局、魔人はいなかったな。ちょっと残念」


「でも、あなたとガーランドがここで過ごした場所を見られて良かったわ」


彼女は穏やかに返した。彼女の声には、シリルの気持ちを少しでも軽くしたいという優しさが滲んでいた。


「うん、ボクもそう思うよ。正直、怒りや悲しみがこみ上げてくるかと思ったけど……意外と大丈夫だな」


シリルは遠くを見つめながら言った。風に揺れる木々の音が、二人の間に静かな時間をもたらしていた。


ゼノアは微笑みながら冗談めかして言った。


「ふふ、少しは成長したのかしらね」


シリルは顔をしかめたが、その表情にはどこか余裕も感じられた。


「これでも120歳なんだよ。成長するさ」


彼女はくすっと笑い、首をかしげた。


「ガーランドの話では、エルフは100歳で成人するって聞いたけど……」

「だから?」


シリルは怪訝そうな顔をした。

彼女は笑みを深めて、からかうように続けた。


「あなたは120歳でも子供よね。見た目も精神も」

「ええ? 酷いな」


リルは頬を膨らませ口を尖らせた。


「戦闘に夢中になると周りが見えなくなって、いつも暴走してばかり。それさえなければ、もっと強くなるのにね」


彼女は目を細めて考え込むように言った。


「あなたは……ハイエルフ……なのかもしれないわね?」

「ハイエルフ? 何それ?」


シリルは首をかしげ、ゼノアは少し驚いた顔をした。


「あら、ガーランドから聞いてないの?」

「うん、聞いたことないな」


シリルは小さく首を振ると、ゼノアは説明を続けた。


「ハイエルフは女神の眷属で、半神――神に近い存在なの。エルフよりもずっと長生きで、その分成長も遅いらしいわ」


「へえ、ボクはハイエルフなんだ」


シリルは驚いたように少し考え込んだが、ゼノアは微笑みを浮かべて言った。


「でも、やっぱり違うわね」

「なんで?」

「だって、神に近い存在が、こんな戦闘狂の暴走娘なはずないでしょ」

「ひどい言われようだな……」


ゼノアは笑い、シリルはもっと膨れっ面をした。

ゼノアは優しくシリルの方に体を傾けた。


「ねえ、あなたとガーランドのここでの暮らしの話を聞かせてちょうだい」

「大した話じゃないと思うけど……」

「それでも聞きたいの」


シリルは一瞬ためらったが、ゼノアの真剣な瞳に根負けして小さく息をついた。


「うん、分かったよ」


シリルは再び洞窟の中を見回し、記憶の糸をたどるようにゆっくりと語り始めた。川のせせらぎと鳥たちの声が、二人の間に静かな時間を紡ぎ出していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ