第58話 ゼノアの怒り
ドレイクを倒した後、ゼノアは別の魔物の気配を感知した。
遠くの方にワイバーンが一体だけ空中で滞空していたので、訝しみ、飛んで調べることにした。
ワイバーンには帝国の軍服を着た男と子供の女の子が乗っていた。
その女の子を見て、ゼノアの顔色が変わった。
「ミミを傷つけたら、ただでは済まないわよ」
「ご心配なく。傷ひとつ付けていませんので」
ゼノアは冷静を装っていたが、内心では胸が締めつけられるような焦りを感じていた。
ミミが彼女にとってどれだけ大切な存在であるか、ドナシェルに知られていることに、怒りと不安が交錯していた。
ドナシェルは、迷宮都市への侵攻が決まってから、すぐにミミを人質にすべく行動を起こしていた。
ゼノアが敵対すれば帝国軍が敗れるのは目に見えていた。
ゼノアを抑えるため孤児院を調べて、ミミがゼノアにとって最大の弱点であることを突き止めたのだ。
「あなたが少しでも変な動きをすれば、この子の命はありませんよ。漆黒の魔女ゼノア殿」
ゼノアは唇を固く結んで、ドナシェルを睨んだ。
相手は自分のことを調べている。下手な行動はできない。
ゼノアは我慢するしかなかった。
「ミミちゃんを返して欲しくば、付いてきてください」
ゼノアは言われるがままドナシェルについて行った。
そして山の中の神殿跡地に降り立った。
「ミミを返していただけますか?」
「私の要求を聞き入れていただければ、お返ししますよ」
「その要求とは?」
「迷宮都市が陥落するまで、ここで大人しく静観していただきたい」
ゼノアは難題を突き付けられ、どうするか悩みだした。
ミミを助けるためには迷宮都市を見捨てなければならない。
しかし街にはダンがいる。
ダンを見捨てることもできない。
ダンとミミは久しぶりに見つけた勇者の血を継ぐ者だ。
どちらかを見捨てることなどできなかった。
「分かりました。帝国軍の邪魔はしませんから、ミミを返してください」
迷宮都市にはシリルがいる。
ドラゴンの気配は消えていたので、おそらくシリルが倒して無事なはずだ。
シリルがいれば帝国軍など簡単に撃破できるが、暴走したらどれだけの被害がでるか気が気でなかった。
しかしシリルに頼るしかないとゼノアは腹をくくったのだ。
「話が早くて助かります」
ドナシェルはニヤリと笑うと、ワイバーンから降りずにゼノアへ魔術具を投げ渡した。
「『拘束結界』?」
その瞬間、魔術具が作動しゼノアは結界に拘束されてしまった。
「こんな物を使わなくても、ちゃんと約束は守りますのに。さあミミを返してください」
「ゼノア殿。あなたは帝国にとって脅威だ。ここで排除させて頂く」
「なっ! 卑怯者!」
「卑怯者? 大いに結構。戦争は勝ったものが正義。勝たなければ意味がない」
ドナシェルが高らかに笑ったが、ゼノアはどうすることもできなかった。
「あなたは不死身のようだが、果たして本当に不死身なのか確かめさせてもらう」
ドナシェルはワイバーンを撫でて、ゼノアを指さした。
「やれ!」
ワイバーンが牙を向け、ゼノアに食らいついた。
頭を噛み砕かれたが、すぐに再生した。
ドナシェルは驚きに目を見張った。
「まさか本当に不死身だとは! 正真正銘の怪物だな」
その時ミミが目を覚ました。
「ゼノアお姉ちゃん?」
ワイバーンが、またゼノアの頭を噛み砕いた。それを見てミミが絶叫した。
「いや~! ゼノアお姉ちゃんが!」
ミミの体から溢れ出す光は、眩いばかりの黄金色だった。
その光が周囲を包み込み、まるで神のご加護を受けたかのように、彼女の姿が変わり始めた。
「な、何が起こった?」
ドナシェルが驚いた時には、ミミの全身は黄金色の光に包まれ、それは一気に広がった。
ワイバーンは黄金色の光の中で体が爛れていき、悶え苦しんだ。そして逃げようと飛び立った。
「聖なる光だと!」
しかしワイバーンの羽は溶けてしまい、そのまま墜落してしまった。
「うわ~!」
ドナシェルはワイバーンの下敷きになり死んだ。
ミミも墜落したが、自身の癒しの光で怪我は治っていた。
「ミミ、あなたは聖女の生まれ変わりだったのね」
「ゼノアお姉ちゃん……」
ミミは意識が戻るとゼノアの元に駆け寄った。
「お姉ちゃん、大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫よ。それより私が手に持っている魔術具に触れてくれる」
「うん、分かった」
ミミの体はまだ金色に光っていて、ミミがゼノアの手に触れると、ゼノアの手は爛れては再生した。
「えっ?」
ミミは何が起こっているのか分からず、困惑したが、ゼノアは笑顔で話しかけた。
「心配しないで。魔術具に触れて「止まって」とお願いしてくれる?」
「う、うん。分かった」
ミミが願うと結界が消失した。ミミは、ゼノアが無事だったことに安堵したのと、初めて魔力を使ったため疲れて、意識を失ってしまった。金色の光は消え、髪も元の茶色に戻っていた。
ゼノアはミミの頭を撫でながら呟いた。
「成人の儀を受ければ、ミミは聖女として覚醒する。ミミの身の振り方を考え直さないといけないわね」
ゼノアはミミをそっと抱き上げ、視線を帝国軍に向けた。
「ダンやミミのためにも、帝国をこのままにはしておけない」
彼女の心の中には、ダンとミミを守るという強い決意が沸き上がっていた。
ゼノアは帝国軍へと飛んで行った。
その頃、帝国軍第一軍団長は総勢3000名に号令をかけていた。
「これより迷宮都市を占拠する! 全軍進撃せよ!」
「おう!」
山の間を抜けて、先頭が森を出ようとした時、空中に黒髪黒服の女が浮かんでいて、誰もが驚いた。
軍団長が叫んだ。
「何奴! 我らが進軍を邪魔する気か!?」
黒い女が叫んだ。
「わたしは漆黒の魔女ゼノア。帝国軍よ、エトニアから出ていきなさい!」
軍団長は不敵に笑った。
「我が軍団にひとりで立ち向かうといのか、身の程しらずめ。魔法部隊、弓隊、あの女を攻撃せよ!」
しかし何も起こらなかった。
「どうした! 何故攻撃せぬ!」
軍団長が周りを見ると、兵士たちが次々に倒れていった。そして軍団長ただひとりだけが馬に跨っていた。ゼノアがゆっくりと軍団長に近づいていった。彼は得体のしれない恐怖に動けなくなっていた。
「皇帝に伝えなさい。エトニアを攻めると言うのなら、漆黒の魔女ゼノアがお相手をすると」
ゼノアは帝国の方角を指さし命令した。
「帰りなさい!」
軍団長は恐れおののき逃げ出していった。その様子を見て、ゼノアは呟いた。
「これで100年くらいは大丈夫でしょう」
ゼノアはミミを抱いて迷宮都市へ帰っていった。
ゼノアの姿が見えなくなったとき、森の中からひとりの冒険者が現れた。
「これほどの人間が一度で手に入るとは、戦争とは面白いな。しかし漆黒の魔女か、恐ろしい奴だ。見つからないように潜伏して力を蓄えることとしよう」
魔人ウラースに支配された冒険者は妖しく笑うと、3000名の兵士に次々と寄生していき支配していった。いずれ彼は覚醒し魔王となるが、今は誰も気づいていない。女神も、そして彼自身も。




