第54話 スタンピード
ダンジョン10階で狩りをしていた冒険者パーティーがいた。彼らは入場禁止令が出される前に入っていて、帰還する支度をしていた。
そこにヴァレンツがやってきた。
「今から帰るのかね?」
「そうだよ……」
「それは丁度良かった」
ヴァレンツが妖しい笑みを浮かべ、瞳が不気味に光った。
すると、口から生えた黒い触手が素早く冒険者たちに向かって伸び、その体に絡みついた。
「ダンジョンの結界を破壊するとしよう」
逃げようとする暇もなく、触手は彼らの意識を飲み込み、彼らは操られるままに出口へと走り出した。
「鋼の獅子」を追って、ゼノア、シリル、「金の木漏れ日」が4階に到達したとき、誰もが異様な魔物の気配に気がついた。
ゼノアが遠くを睨みながら呟いた。
「もの凄い数の魔物が押し寄せてきてるわ」
シリルが興奮しだし妖しく笑った。
「わお! 本当だ。こんなの初めて」
「シリル、落ち着いて! お願いだから暴走しないで」
「わ、分かってるよ。深呼吸、深呼吸っと……」
シリルはゼノアに怒られないように、懸命に落ち着こうとした。
サブリーダーのルシュアは冷や汗をかいていたが、ブリオニーは冷静だった。
「こんな時にスタンピードなんて、ついてないわ」
「いや、むしろ良かったかもしれない。帝国のやつらは巻き込まれて壊滅しただろう」
「でも私たちも無事じゃすまないと思うわ」
「シリル様とゼノア殿がいる。大丈夫だ」
ブリオニーは、いまだゼノアが怖くてしかたなかったが、信じるしかないと心を決めていた。
ゼノアが透き通るような声で叫んだ。
「先行し威圧をかけて動きを止めます。そしたらシリルは右を、ブリオニーさんは左をお願いします。私は中央を叩きます」
「わかったよ、姉ちゃん」
「了解した」
ゼノアが魔物の大群の中に飛び込んでいくと、魔物の大群は一瞬で動きを止め地面に倒れこんだ。
そして周囲の魔物に次々と「ドレイン」をかけて消滅させていった。
「さすが、姉ちゃん」
「凄い!」
信じられない光景に、「金の木漏れ日」は絶句した。
続いて、風を纏ったシリルが右側の集団に突っ込んでいく。
竜巻が起こり、魔物が巻き上げられ、シリルが次々に切り刻んでいった。
少し遅れて「金の木漏れ日」が左側に突撃していったが、二人の殲滅速度を見て「敵じゃなくて良かった」と思った。
ブリオニーは号令をかけた。
「我々も負けてられん。雷と炎を叩きつけろ。一気に決着をつけるぞ!」
「おう!」
雷と炎が魔物に降り注ぐと、轟音と衝撃が起こり火の海となった。
小さな魔物は消滅し、大きな魔物も傷だらけになっていた。
そこにブリオニーの弓が降り注ぎ、剣士が突入した。魔物は動くこともできず、ただ切り裂かれて消滅していった。
「こんなに楽していいのかな?」
「いいんじゃない。とにかく魔物が動き出す前に片付けましょう」
しばらくすると、外側で生き残っていた魔物が起き上がってきた。
百は超えるであろう魔物が「金の木漏れ日」に狙いをつけて動きだした。
「金の木漏れ日」に緊張が走った。
「これからが本番だ!」
ブリオニーがみんなを鼓舞した次の瞬間、魔物たちは次々に倒れ消滅していった。
「えっ?」と思ったとき、ゼノアの声がすぐ近くで聞こえた。
「すみません。次の大群が来たので、悪いとは思ったのですが、手を出してしまいました」
「い、いえ。ありがとうございます」
「次も同じようにやります。ブリオニーさんたちは左側をお願いします」
そう言うとゼノアは次の目標に飛んで行った。
「私たち、もしかしていらなくない?」
「うん、あの二人だけで十分だよね」
「どうする?」
「左側を任されたから、行しかない」
「遅れないように、急ぎましょう」
「金の木漏れ日」は自分たちの存在理由に疑問を抱きながらも、次の戦闘に向かっていった。
次の魔物の軍団に到着したときは、ほとんどの魔物はゼノアとシリルに倒されていた。
「申し訳ありません。次の大群が来ているので、残りをお願いします」
ゼノアが飛んで行くと、「金の木漏れ日」はわずかに残った魔物を倒していった。
「別に気を遣って、魔物を残してくれなくても良かったのに」
「その優しさが、……身に堪える」
「もう何も考えずに観戦しよう」
彼らは、25階から30階の魔物の大群が一瞬で倒れ、吹き飛び、消滅していく様を、もはや何の感動もなく眺めていた。
最後の魔物の断末魔が聞こえると、ゼノアとシリルが帰ってきた。
「みなさん、お疲れ様でした。魔物の気配はなくなったので、終了のようです」
「う~ん、久しぶりに暴れて楽しかった!」
「……」
「金の木漏れ日」は歓喜することなく、落胆することもなく、ただ立ち竦んでいた。
ブリオニーはゼノアの力に圧倒され、いつの間にか嫌悪や恐怖は薄らいでいた。
「ブリオニーさん、帝国軍を探しに行きますか?」
「はい、念のため49階まで行こうかと思います」
「姉ちゃん、ボクらだけで行った方が早くない?」
「それは、そうだけど……」
ゼノアとシリルがブリオニーを見ると、彼は他のメンバーを見廻した。
「もうお任せしたら?」
「私たちは、外に出て都市防衛戦に備えた方が良くないでしょうか?」
実はブリオニーもみんなと同じ気持ちになっていた。
「では、よろしくお願いします」
ブリオニーが二人に頭を下げてお願いすると、二人は笑顔で応えた。
その時、奥から灰色の服の集団が現れた。
「まさか、あれだけの魔物の大群がやられてしまうとは思わなかった」
それは魔人ウラースに支配された「鋼の獅子」の隊長ヴァレンツだった。
ブリオニーたちは驚いた。
「『鋼の獅子』、生きていたとは!」
「探す手間が省けて良かったね、姉ちゃん」
「ええ、そうね」
ゼノアは、魔物の大群の中で生き残っていた「鋼の獅子」を警戒した。
双方出方を探るように、互いに見つめ合ったが、その時ゼノアたちの後方から、声が響いた。
「あの黒い女がヴァンパイアだ」
迷宮都市の大司祭がゼノアを指さし、白金の鎧に身を包んだ聖騎士団と聖職者のローブを身に纏ったヴァンパイアハンターが雪崩れ込んできた。




