シリル 対 護衛騎士
バステトの教会の前には、ただならぬ空気が漂っていた。
辺境伯領の司祭、商人、その部下たち、そして50名の護衛騎士が堂々とした列を作り、無言で並んでいる。
シスターはその場の異様さに不安を隠し切れなかった。
司祭が一歩前に出て、厳かに勅命書をシスターに突き出した。
「この教会と孤児院は取り壊され、辺境伯領教会支部の直轄の、新たな教会が建てられることとあいなった。シスターと子供たちは、即刻、辺境伯領の教会へ移ってもらう」
その言葉は、冷たく、無慈悲だった。
「そんな話、聞いたことがありません! こんな横暴、許されるはずがありません!」
シスターの声には、困惑と恐怖が混ざり合っていた。
だが司祭は一切の躊躇もなく、冷笑を浮かべる。
「本部からの正式な命令だ。従わぬならば、シスターの地位を剥奪するまでだ」
「そ、そんな……」
シスターが絶望的に声を漏らしたとき、商人の部下たちが子供たちに向かって歩を進めた。
彼らの手は、まるで獲物を狙う猛獣のように伸びていた。
だが、その手は突如、鋭い声によって制止された。
「それ以上近づいたら、その腕を切り落としてやる!」
シリルが鋭い眼光で、彼らの前に立ちはだかっていた。
部下たちは、まるで鋭い刃に触れたかのように身を引き、喉の奥から恐怖の声が漏れた。
司祭と商人は驚きと憤りの表情で叫んだ。
「護衛騎士たち、この女を捕らえろ!」
槍を構えた騎士たちがシリルは前に進んでいって、迅速にシリルを取り囲んだ。
シリルは不敵な笑みを浮かべた。
しばらく互いに出方を窺っていたが、先に動いたのは騎士たちの方だった。
それぞれが槍を突き出した。
彼女は屈んだり、飛び跳ねたり、体を捻ったり、回転したりし、避け続けた。
隊長サザンが「止め!」と号令すると、皆、突きをやめた。
「この攻撃を全て避けるとは大したものだ。女性相手に酷い怪我をさせたくなかったが、致し方ない。一斉三段突き用意!……それ!」
合図と共に、隊員全員が揃って上段、中段、下段攻撃をした。
普通なら逃げる隙間もないのだが、彼女は一瞬で姿を消し、隊長の槍先に片足を乗せて止まってみせた。
シリルはにっこりと微笑み、ウィンクをした。
「どう?」
隊長サザンはその可愛らしさに、一瞬ドキッとしたが、すぐに槍を引き、連続の突きを繰り出した。
それをシリルはいとも容易く避けた。
さらに連続して繰り出された突きを、涼し気な顔で全て避けてみせた。
「ほおー!」騎士の間からは感嘆の声が聞こえた。
「まだやる?」シリルは笑みを浮かべた。
「まだまだ」
隊長はさらに速い攻撃をしかけ、最後に「ここだ!」と大きな踏み込みとともに突きを出した。
シリルは体を反ってぎりぎりで躱し、右足で槍を蹴り上げ、そのまま回し蹴りで反撃した。
隊長は大きく吹き飛ばされ、血反吐を吐いて倒れた。
彼女は「しまった」と呟いた。
「隊長!」
騎士たちが隊長に駆け寄ったが、それよりも早くシリルが駆け寄り、隊長を抱き上げポーションを口移しで飲ませた。
「女神が目の前にいる」
隊長はつぶやいて気絶した。
「危なかった。殺してしまうところだった」
シリルがほっとため息をついた。
「隊長……なんて羨ましい……」
誰かがぼそっとつぶやいた。
その声が聞こえたとき、みんなの目の色が変わった。
「次は俺の番だ!」
そう言って、次々に騎士たちが襲いかかった。
シリルは騎士たちを殺さないように手加減した。
それが、逆に騎士たちを勢いづかせた。
倒れても彼女に挑んでいった。
シリルと騎士たちの特訓とも言える戦いが2時間以上も続いた。
そして騎士たちは精根尽きて地面に倒れこんだ。
「隊長だけ……ずるい」
そんな呻き声が聞こえてきた。
シリルは遠くからゼノアが飛んできている気配を感じた。
「姉ちゃん、やっと帰ってきてきたか。遅いよ」
ゼノアは、騎士たちがいることに気がつき、サザン隊長の目の前に降り立った。
空から降りてきた絶世の美女に、隊長も騎士たち全員が目を奪われた。
ゼノアは帳簿を隊長に見せた。
「これは、そこの商人グンザが奴隷売買をしている証拠です。ご覧ください」
サザン隊長は、それを見て驚いた。
確かに奴隷売買の記録だった。
「商人グンザを捕らえよ!」
商人グンザは顔を真っ赤にして怒った。
「バカな! 何故帳簿が!?」
しかし騎士たちに両脇を固められ、連行されていった。
司祭ポリナルドは、想像もしていなかった展開に青ざめた。
「このエルフは逮捕しないのですか!」
隊長は笑った。
司祭は商人と繋がっている。
今回の教会の件も何か裏があるに違いないと考えた。
「我々では歯が立ちません。それに商人を連れて行くほうが重要です。あとは教会の方で対処していただきたい」
そう言って去っていった。
司祭ポリナルドは、教会とエルフと騎士団を見比べて、すごすごと立ち去っていった。
ゼノアは彼らが去っていくのを見て微笑んだ。
「間に合って良かったわ」
そしてシリルの頭を撫でた。
「それにしても手加減が旨くなったわね」
「すげー面倒だった」
「みんなを守ってくれて、ありがとう」
「えへへ、どういたしまして」
シスターと子供たちがやってきて、二人は顔を見合わせて微笑んだ。