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奴隷商人

昼間は子供たちの声で活気ある孤児院も、子供たちが寝れば静かなものだった。

孤児院の一室でゼノアは、シリルに今回の騒動について説明していた。


シリルが怒りをあらわにした。


「あの商人は奴隷商で、ミミは奴隷にされそうだったって事?」

「たぶん」

「許せない! 殺そう! 殺して……いいでしょう?」


ゼノアは呆れた顔になってシリルをいさめた。


「いつも、いきなり人を殺してはダメって、言ってるでしょう」


ゼノアも怒りを感じていたが、押し殺して平静を装い、話を続けた。


「明日商人を追って王都に出立するわ。奴隷売買の証拠を手に入れて断罪するの」

「そんな面倒なことをしなくても……」

「殺すのは最後の手段よ。ただ殺すのなら、魔物と変わらないわ」


魔物と変わらないと言われ、シリルはショックを受けた。

シリルにとって魔物は殺すべき悪だったからだ。


「わかったよ。で、ボクは何をすればいいの?」

「ここでミミたちを守って。でも殺しはダメだからね」

「はーい」


シリルも怒りを抑えて、孤児院はようやく本当の静けさを取り戻した。


翌朝早く、ゼノアは王都に向けて出立した。

休みなく飛行していけば6日ほどで着く予定だ。



その頃、奴隷商人は辺境伯領の領都に足を踏み入れていた。


彼は怒りに燃えていた。

許すことなど到底できない。

どうにかして仕返しをしなければ、心の底に渦巻く怒りは収まらない。

しかし、相手は銀等級冒険者を軽くあしらう強者だ。

武力で挑むなど、無謀に等しいことを理解していた。


そこで彼は別の手段を思いついた。

権力で圧力をかけて相手を屈服させるのだ。

奴隷商人は教会上層部との繋がりを利用し、教会と孤児院を根こそぎ取り潰そうと画策した。


幸い、領都の教会支部の司祭ポリナルドとは以前から懇意にしていた。

すぐに相談を持ちかけたが、司祭の反応は予想通り厳しかった。


司祭ポリナルドは腕を組み、渋い表情を浮かべた。


「教会を潰すことはできない……が、新しい教会を建てる名目でなら、孤児院ごと壊すことは可能だ」


彼は低い声で提案した。


「その際にシスターや子供たちは、別々の場所に移すことができるだろう」


その言葉のあと、司祭の顔には薄汚い笑みが広がった。


「ただ、手間がかかる。それ相応の“協力”が必要だな」


袖の下を要求されていることは明白だった。

しかし、奴隷商人にとってこれはもはや金銭の問題ではなかった。

面子の問題だったのだ。

彼は司祭の要求を飲み、正式な教会勅命書を手に入れた。


司祭はさらにこう付け加えた。


「取り壊しの際、その女が邪魔しに来るだろう。辺境伯に護衛騎士を頼んでみるのがいい。そうすれば安全だ。もし反抗するようなら、反逆罪だ。騎士団が動くだろうから、心配はいらんよ」


奴隷商人は司祭とともに辺境伯を訪れ、騎士50名を護衛に付けてもらうことができた。



ゼノアは王都に到着すると、まっすぐ奴隷商人の屋敷へ向かった。

屋敷の上空から見下ろした。

表向きは王家御用達の大商人だった。

目の前に広がる壮大な屋敷には、商館や倉庫が併設され、その豪華さが彼女の不快感を(あお)った。


「この屋敷を手に入れるため、どれだけの人々が犠牲になったのか……。国の上層部と繋がり、裏で奴隷売買という汚れた仕事を引き受けてきたのね」


知らず知らずのうちにゼノアの唇は固く結ばれていた。


「政治には関わらないことにしていたけど、今回は仕方がない……奴隷商人は潰さないと……」


彼女はそう(つぶ)くと意を決した。


ゼノアはそのまま姿と気配を消し、屋敷の中へ忍び込んだ。

彼女の目的はただ一つ。奴隷売買に関する書類を手に入れることだ。


商人本人は辺境伯領の愛人の元にいるらしいが、重要な書類の保管場所を知っているのは執事長だけかもしれない――ゼノアは執事長の姿を求め、さらに深く屋敷内を探索していった。


やがて、執事長を見つけ、彼が一人になる瞬間を捉えた。

ゼノアは姿を現し、静かに執事長の前に現れた。

彼女の金色の瞳が冷たく光る。

『魅了』が発動すると、執事長の瞳は虚ろになり、ゼノアの言葉に無意識に従って動き始めた。


「奴隷売買の書類がある場所まで案内して」


その声は、静かでありながらも圧倒的な力を持っていた。

執事長は無表情で(うなず)き、ゼノアを地下室の扉へと導いた。


執事長は地下室の扉を鍵で開け、中へと足を踏み入れた。

ゼノアはその後を静かに追い、ずらりと並ぶ帳簿を見つめた。


「一番古い帳簿と最近1年間の帳簿を出してちょうだい」


執事長は迷うことなくさらに奥の部屋へと進んだ。

幾重もの鍵で開かれる扉の開く音が、暗闇に響き渡った。


そして執事長が手にしたのは、新しい帳簿と埃を被った古い帳簿だった。

ゼノアは帳簿を受け取ると、執事長に命じた。


「私が出た後、全ての部屋に鍵をかけ、自分の部屋に戻りなさい。そして今までのことを忘れなさい」


執事長が再び無言で頷くのを確認すると、ゼノアはすっとその場を立ち去った。

姿と気配を完全に消し去り、影のように屋敷を抜け出した。

外に出る頃には、執事長はすでに自室で我に返っていた。

だが、その間の記憶はすでに消え失せていた。

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