第30話 タダンの街
エトニアの街道を一台の幌馬車が進んでいた。道行く人々は、それを見て目を見開き驚いていた。
馬車を引いていたのが馬ではなく人だったからだ。しかも、女性だった。
抜群のスタイルに、長いの黒髪、金色の瞳、透き通った白い肌。
膝上丈のスカートに黒いドレスをまとい、黒いベールをかぶり、黒い日傘を優雅に片手にさしいた。
そして、もう片方の手で何食わぬ顔で馬車を引いていたのだ。
「本当に常識外れの方ですね」
幌馬車に乗っているランセリアが面白そうに呟いた。
タダンは石造りの城郭に囲まれ、四方に伸びる交通の要所に位置しているため、交易が盛んな大きな街だった。
門には入場するために長い列ができていたが、誰もが幌馬車を引くゼノアを見て唖然としていた。
このまま馬車を引いて入場するのは、さすがに気が引けるゼノアだったが、そこに男たちが現れた。
「ランセリア、無事で良かった。遅いから心配したよ」
「ああ、トーマン!トーマン!」
ランセリアは涙を流しながらトーマンと呼ばれた男に抱きついた。
彼はダルマリオ商会のタダン支店の支店長で、ランセリアの幼馴染だった。
「主人が魔物に襲われて死んでしまったわ。この方々は命の恩人で、ここまで護衛していただいたの」
「そ、そんな事が!とにかく店に来て休んでください。馬車は店の者に運ばせますので」
トーマンは従業員に馬車を任せ、ランセリアたちを案内して門に入っていった。
やっと奇異な目で見られる事が終わり、ゼノアはホッとひと安心した。
タダン支店の一室。
トーマンは重い口を開いた。
「残念だけど、迷宮都市へ行くのは諦めた方が良い」
「どうして?」
父から懇願されて来たのだ。
3歳の幼子を連れた旅には、大変な覚悟と決断が必要だった。
夫も死んでしまったのだ、諦めきれる訳がなかった。
トーマンは事情を説明した。
迷宮都市へは2つの街道があるが、ひとつは災害で橋が壊れて通行不能になっていた。
もうひとつは、最近盗賊団が出現したのと、別の所でワイバーンの群れが巣を作ってしまい、これら2つの難所のため、通り抜けるのが非常に困難になってしまったからだ。
橋の復旧には数年かかるとみられているし、盗賊団やワイバーンも一向に解決の目途が立っていなかった。
「そう言う訳で、当分の間ここにいて欲しい」
「でも、父の具合はどうなの?」
「それは分からない」
「そんな!」
ランセリアは幼子を抱きしめ、今にも泣きそうになった。
彼女の悲しみを感じ取ったのか幼子が方が先に泣き出してしまい、ランセリアは泣くのを必死で堪えた。
その様子にダンが重苦しく塞ぎこみ、ゼノアが彼の頭を撫でた。
「どうかしたの?ダン」
「姉ちゃんたちでも、ランセリアさんを迷宮都市まで送っていくのは無理?」
「護衛しながらだと、ちょっと厳しいかもしれない」
「そうか……」
ダンは父親と死に別れた時のことを思い出し、ランセリアに同情していた。
それをゼノアもシリルも分かったいた。
「ゼノア姉ちゃん、盗賊団とワイバーンを先に片付けたら良くない?」
シリルが事もなげに言い放ったので、ゼノア以外誰もが驚いた。
「できるの?」
「ふふ、できるよ、ねっ! 姉ちゃん」
「そうね。乗りかかった船だし。シリル、冒険者ギルドへ行って依頼を受けてきてくれる?」
「そうこなくっちゃ!」
シリルは風のごとく飛び出していった。
シリルはタダンの冒険者ギルドの門を勢いよく開けた。
その瞬間、きしむ扉の音が静寂を破り、ギルドの中にいた冒険者たちの目が一斉に入り口に向けられた。
木製のテーブルにはエールのジョッキが乱雑に並び、煙草の煙が薄く漂う。
昼前にも関わらず、賑わうギルドの中は独特の熱気に包まれていた。
金髪の美少女エルフの登場に辺りが騒めいたが、そんなこと気にも留めず、掲示板の前に進んだ。
依頼を眺めていると、後ろから声をかけられた。
「お嬢ちゃん、見ない顔だなあ。ここは初めてか? 俺たちがいろいろ教えてやるぜ」
シリルは振り返り、にっこり笑って奥のテーブルを指さした。
「奢ってくれるなら、考えてもいいよ」
「おう、いいぜ!」
彼女と男たちがテーブルに向うと、ギルド内の空気は一層騒ついた。別の冒険者が小声でつぶやいた。
「あの嬢ちゃんかわそうに、ガニマ一家に捕まってしまうとは」
「まずはエールで乾杯だ!」
「乾杯!」
「いい飲みっぷりだな!もっとエールを持ってこい!」
エールが何杯も空になるころ、男たちはすっかり酔い、シリルに寄りかかるように近づいてきた。
「なあ、これからもっと楽しい遊びをしないか?」
シリルは笑顔を崩さず、彼らを挑発した。
「飲み比べで勝てたらね。ただし、私が飲み干したら、あなたたちも同じように飲むこと。飲めなかったら、負けね」
「面白え、勝負だ!」
「もちろん。さあ、エールをどんどん持ってきて」
1時間後、男たちはテーブルに崩れ落ちていた。シリルは涼しい顔で立ち上がり、軽く手を振った。
「ありがと。奢ってくれて。それじゃ、さようなら」
ギルドの中は騒めきが止まらなかった。
「うそだろ?なんちゅう酒豪だ」「こりゃあ、ガニマ一家の面目丸つぶれだな」
シリルが受付嬢のもとに颯爽と歩いて行くと、冒険者たちは道を開けた。
「盗賊団とワイバーンの討伐依頼を受けたいんだけど……」
シリルの言葉に周りの冒険者たちは、さらに驚き一歩身を引いた。
しかし盗賊団とワイバーンの討伐依頼は現在取り消されていた。
シリルは討伐依頼が出てないことを不思議に思ったが、諦めて帰ることにした。
戻ってきたシリルを、ゼノアが鬼の形相で待ち構えていた。
「シリル、またお酒でかけをしたわね」
ゼノアの声は冷たく鋭かった。
その眼差しは、まるでシリルの心の中まで見透かしているようだった。
「えへへ、ちょっとだけね」
シリルは肩をすぼめ、まるで小さな子供のように口元を引きつらせた。
「当分の間、禁止ね!やぶったらお仕置きよ!」
「えぇ、ちょっと待ってよ。向こうが奢ってくれるって言うから……」
「ダンが、あなたの真似をしたらどうするの?」
「えっ、いや、それは……」
「ダンと一緒の間は禁止だから。わかった?」
シリルは、ダンのことを持ち出されて、言い返すことができず、しぶしぶ頷いた。
その夜、ガニマ一家の一室。
「たかが女の子ひとりにガニマ一家がいい笑いものだ!」
ガニマの怒声が部屋中に響き渡った。
壁に掛けられた安っぽい絵が振動で揺れ、部下たちは息を詰めてその場に立ち尽くしていた。
「どうしてくれるんだ!」
その言葉に、部下は恐る恐る顔を上げ、震え声で答えた。
「す、すみません、ボス」
「可愛い顔に騙されて、……まさかウワバミとは思わなくて」
「で、その女はどこのどいつだ」
「ダルマリオ商会の護衛らしいです」
「何! ダルマリオ商会だと。そいつは面白しれい」
ガニマはニヤリと笑い、手をゆっくりと拳に握りしめた。
「今さっきマタル商会が来て、ダルマリオ商会を叩くのに手を借りたいと言ってきたところだったんだ」
その言葉に部下たちは顔を上げた。
ガニマの目には暗い光が宿っていた。
「ああ、そのウワバミ女も一緒に叩いて恥を晴らそうぜ」
さらに同時刻、路地裏の寂れた家の一室。
老婆が水晶玉を覗き込みながら、ぶつぶつ独り言を呟いていた。
その前にトーマンが座って、呟いた。
「暗闇の盃に血を一滴」
老婆は水晶玉を見つめ怪しく笑った。
するとトーマンの背後から手が伸びてきて、彼の喉元にナイフが当てられた。
背後から低い男の声が聞こえた。
「動くな。目を閉じて質問に答えろ」
「わ、わかった」
トーマンは全身に冷汗をかき、恐怖に怯えながらも必死に堪えた。
「依頼の内容は?」
「冒険者2名を殺して欲しい」
「了解した。金額だが……」
男が耳元で囁くとトーマンは驚いた。
「そんなにも大金なのか?」
「知らんかったのか?ならば止めるか?」
トーマンはしばらく考えたが、意を決した。
「お願いする。ただし成功したら全額支払う」
「我らに失敗などない」
気がつくと背後の男は消えていて、目の前の老婆がぶつぶつと独り言を言っていた。
トーマンが依頼したのは、暗殺ギルドだった。
ランセリアの護衛二人を殺せば迷宮都市へ行くのを諦めてくれると考えたからだ。
トーマンは彼女と幼馴染で、昔から彼女が好きだった。
ダルマリオ商会に入って頑張ったのも、彼女と結婚をしたいがためだった。
しかし彼女は別の男と恋に落ちてボルダイン国に行ってしまった。
諦めていたところに、彼女の夫は死に、彼女は戻ってきた。
彼女を失うのが怖く、ゼノアたちを殺すという愚行に走ってしまった。
こうしてゼノアたちは、ガニマ一家、暗殺ギルド、盗賊団、さらにはワイバーンと戦いを繰り広げることになる。




