第28話 三人の旅
ゼノア、シリル、ダンは、村から一番近い街にある小さな宿に泊まっていた。
宿は古びた木造の建物で、窓からは遠くの街灯りがちらちらと見える。
薄暗い部屋にはかすかにランプの灯りが揺れ、外から聞こえる風の音が静かな夜をより一層際立たせていた。
ゼノアは木製の椅子に腰掛け、目の前にいる少年、ダンのことを考え込んでいた。
彼はまだ幼く、瞳には不安と期待が入り混じったような色が浮かんでいる。
ゼノアは深い溜息をつきながら、ダンの行く末について思案していた。
シリルがゼノアを横目で見ながら、首を傾げて口を開いた。
「ミミのいる孤児院に預けないの?」
「ダンは12歳だから孤児院はたぶん難しいわ。それに……」
言葉を濁すゼノアに、シリルが不思議そうにさらに問い詰める。
「それに?」
「銀色の髪というのが、この国では良くないの」
ゼノアの声はどこか苦味を含んでいた。
ボルダイン王国が誕生する以前、ザラン王国という国が存在していた。
その王国の末期、愚かな王が民を虐げており、その王族は銀色の髪を持っていた。
だから、今のボルダイン王国では銀髪は忌み嫌われ、迫害の対象になっている。
ゼノアの目には、どこか物憂げな表情が浮かんでいた。
ダンの一族は銀髪が多かったため、迫害され辺境の危険な森の中でひっそりと暮らしていたのだ。
ゼノアは、この国ではダンが生き辛いことが容易に想像できたけど、魔物を狩る危険な旅に連れて行くのも気が引けた。
ゼノアとシリルは、あどけない顔をしたダンを見つめた。
ダンはその視線に気づき、小さく微笑んだ。
「ボク、シリルお姉ちゃんとゼノアおばさんに付いていきたい」
その言葉にシリルは目を輝かせ、勢いよくダンに抱きついた。
「おねえちゃん、だって!嬉しい!」
シリルは目をキラキラさせながらゼノアを振り返り、ニヤリと笑った。
「ゼノアお・ば・さ・ん……だって」
ゼノアは目を見開き、反射的にシリルの頭を軽く叩いた。
「おばさんじゃなくて、お・ね・え・さ・ん・です!」
「い、いてー!暴力反対!」
「ご、ごめんなさい。ゼノアお・ね・え・さ・ん」
ゼノアはため息をつきながらも、微笑を浮かべてダンの頭を撫でた。
「仕方ないわね。いっしょに旅をしましょうか」
「やったー! ありがとうございます」
ゼノアはその青い瞳でダンを見つめながら、ある勇者の言葉を思い出していた。
「もし叶うなら、我が子孫のことを気にかけて欲しい。ゼノア姉さん」
その時の記憶が甦り、ゼノアはダンの銀色の髪を優しく撫でた。
「仕方ないわね。約束しちゃったから……」
翌日旅の準備を整えた三人は、隣の国のエトニアへ向かった。
ダンが元々森の中での狩猟生活に慣れていたので、街道ではなく山や森の中を進んでいった。
旅をしながらゼノアはダンに剣、格闘技、魔物の倒し方を教えた。
その様子に、シリルは不満げに唇を尖らせた。
「ボクの地獄の特訓と、えらい違いじゃない?」
「当然でしょ? 12歳の人間の子供と、120歳の――お・ば・さ・ん・エルフではね」
「ひでー! このクソババア!」
シリルが目にも止まらぬ速さで、ゼノアに蹴りをいれた。
しかしゼノアは手で受け止めて、シリルにだけ威圧をかけた。
「ぐわ!」
シリルは地面に叩きつけられ、息が止まりそうになった。
「シリル、そんな汚い言葉は使ったらダメって言ってるでしょ!」
そんな二人のやり取りを見ていたダンは、目を見開きながら震えた。
『こわー!絶対に逆らわないでおこう』
ダンの表情に気がついて、ゼノアは優しく微笑んだ。
「ダンにはしないから大丈夫よ。シリルとは、これが日常茶飯事だから心配いらないわ」
「くそー! いつか一発いれてやる!」
シリルは悔しそうに起き上がったが、すぐに森の奥を見つめた。
「魔物がいるね」
「一匹釣って来てくれる、シリル」
「わかった。いってくるね」
しばらくしてシリルが戻ってきた。
「グレーターボア一匹、連れて来たよ」
「ダン、魔物をギリギリで避けるのよ」
「うん。わかった」
ダンは緊張した面持ちで頷き、手には汗がにじんでいた。
グレーターボアが砂埃を上げながら突進してくる。
ダンは一瞬息を止めて、鋭い動きで魔物を回避した。
ゼノアはその隙に片手で魔物を止め、ダンに次の指示を出した。
「脚の関節、この部分を剣で切って」
ダンは震える手で剣を握りしめ、何度も関節を斬りつけた。
そして四本の脚全ての関節を断ち切ると、魔物は地面に倒れこんだ。
「次は首のこの部分を切って、そこが急所よ」
ダンは太く硬い首に剣を突き立て、何度も何度も突き刺した。
ついに剣が魔物の固い皮膚を突き破り、急所に届いた。
魔物が大きく息を吐き出し、その場に力なく倒れた。
ゼノアは微笑み、ダンに声をかけた。
「上出来よ。この魔物の急所をよく覚えておくようにね」
「はい、ゼノアお姉さん」
ダンは少し汗ばんだ顔で頷きながら、胸の中に温かい何かが満ちていくのを感じた。この瞬間、亡くなった父親に少しでも近づけたような気がして、とても嬉しかったのだ。




