第25話 修行の終わり
第3章完結です。
冒険者ギルドで掲示板を眺めていると、ゼノアの背後から複数の気配が近づいてきた。
振り向くと、20代前半の素直そうな青年たちが3人、にこやかに話しかけてきた。
「よかったら、俺たちと組まないかい?」
彼らは真剣な表情でゼノアたちを見つめていた。
どうやら下心はなさそうだ。
むしろ純粋な親切心から仲間に誘っているようだった。
ゼノアは笑顔で応じようとしたが、その瞬間、彼女の横に立っていたシリルが前に出て言葉を遮った。
「弱っちいやつに用はない! 失せろ!」
シリルの言葉は鋭く、周囲の空気が一瞬で凍りついた。
青年たちは驚いたように目を見開き、その場の緊張感は一気に増した。
ゼノアも驚きを隠せないまま、シリルの手を引きギルドの外へと連れ出した。
「シリル、何を考えてるの? 自分から喧嘩を売るなんて……それに、あんな言葉使いはダメよ」
ゼノアはシリルの顔を覗き込みながら問い詰めた。
シリルは視線を伏せ、小さな声で謝った。
「ご、ごめんなさい、ゼノア姉さん」
シリルは内心、自分がつい感情的になったことに戸惑っていた。
彼女はゼノアに鍛えられ、少しずつ強さを手に入れつつあった。
そして憧れの存在であるゼノアに対して、弱者が馴れ馴れしくするのを我慢できなかったのだ。
しかし、自分の気持ちが何故そんなふうに高ぶるのか、自覚がないままだった。
ゼノアはため息をつき、シリルの頭を軽く撫でた。
「今度から気をつけてね」
「はい、気をつけます」
二人は街から、かなり離れた場所で魔物を探した。
山間の洞窟に魔物の気配を感じた。最初に気づいたのはゼノアだったが、しばらくしてシリルも察知した。
ゼノアは自分に匹敵する程の、シリルの探知能力に驚き感心した。
「ガーランドの探知力より優れているみたいね。いろいろ面白い子だわ」
洞窟に入ると、魔物の気配が強くなった。
この先にいる、これはジャイアントスパイダーね、ゼノアは確信した。
するとシリルの様子が変わってきた。
初めて会った時のように、魔力が急激に上昇してきた。
「シリル、落ち着いて」
「う、うん」
しかし魔力の上昇は止まらなかった。
そしてジャイアントスパイダーの目が赤く光った時、シリルが暴発した。
「見つけた! じっちゃんの仇!」
「えっ? ジャイアントスパイダーよ?」
ゼノアの言葉が届く前に、シリルは突風を巻き起こし、神剣を輝かせてジャイアントスパイダーへ突撃した。
彼女の怒りと魔力が暴走し、洞窟内は一瞬にして混沌に包まれた。
子スパイダーと繭も暴風に巻き込まれ、無惨に散り散りになった。
「あはは、ざまぁみろ!」
シリルは凶悪に笑いながら、ジャイアントスパイダーを切り刻んでいた。
「シリル! 止めなさい!」
ゼノアは眉をひそめ、シリルを止めるため威圧を込めた声で叫び、シリルを強制的に押し倒した。
シリルは地面に叩きつけられ意識を失った。
「何がどうなってるの?」
ゼノアは困惑したが、あるギルドマスターの言葉を思い出した。
「シリルは魔物を見たら暴走する」
その言葉の意味がようやく理解できたが、それが何故なのかまではわからなかった。
ゼノアはシリルを起こして、起こったことを説明したが、シリルはよく覚えていないみたいだった。
シリルの暴走は、ガーランドが殺された時の記憶が呼び起されて起きていた。
これを完治するには仇討ちを完遂するしかなかった。
しかしゼノアとシリルも、そんな事は知らないし分からなかったので、彼女たちの苦悩は続くのだった。
特訓開始から3年、シリルは魔力制御ができるようになり、内包する魔力量も上がった。
そして地獄の特訓に変わった。
裸になって、殴られ蹴られまくる訓練だった。
はるか昔、魔王討伐のため特訓を希望した勇者と英雄に行った方法だ。
魔王討伐と言う目的があった彼らは地獄の特訓にも耐えたが、甘やかされて育ったシリルには苦行でしかなかった。
一か月後とうとうシリルは音を上げて逃げ出した。
「もう嫌だ! やってられるか!」
逃げ出してくシリルを見つめながら、ゼノアはため息をついた。
「もっと辛抱強くなってほしいけど……どうしたらいいのかしら」
ゼノアは、ガーランドの孫だからとシリルに期待しすぎていて、つい厳しくなっていたのだが、その自覚がなかったことも問題だった。
シリルは昼の街を疲労困憊で歩いていた。
「よう、お嬢ちゃん、いっしょに遊ばないか?」
気がつくと6人の男たちに囲まれていた。
男たちは厭らしい目でシリルを見ていた。
「どけ! 殺されたいのか!」
シリルは苛だって、その男を殴ってしまった。
男は3回転して地面に激突して血反吐を吐いて動かなくなった。
仲間たちが、急いで男のもとに駆け寄ったが、男は死んでいた。
「ひ、人殺し!」
しまったと思ったときは、辺りが騒然となり、人だかりができていた。
「ち、ちがう……こ、殺すつもりは……」
シリルは生まれて初めて人を殺しことに動転し、ただ立ち尽くした。
そこにゼノアが現れて、シリルの手を引っ張って、その場から飛んで逃げ出した。
「シリル、あなた何てことを仕出かしたの!」
「ご、ごめんなさい。こ、殺すつもりはなかったのに……」
シリルは泣きだし、ゼノアはため息をついて彼女を抱きしめた。
一か月後、二人は辺鄙な深い山々に囲まれた神殿の跡地に降り立った。
ゼノアは誰もいないことを確認すると、指輪をはめ魔力を込めた。
地面に魔法陣が現れ、次の瞬間大きな部屋の中に転移していた。
この転移魔法は、魔王を倒した勇者一行のひとり、大賢者が編み出したもので、部屋は彼女の秘密の隠れ家だった。
彼女の死後、ゼノアが譲り受け、財宝や貴重品を隠して保管するために使っていた。
「たしか、ここら辺に置いておいたはずだけど……あ、あった」
銀色のティアラを見つけて取り出して呟いた。
「戒めの冠」
シリルの頭にそれをつけた。
「シリル、これは『戒めの冠』って言う魔術具。魔力を抑えるものよ。私の許可なく外したらダメだからね」
「うん、分かった」
これで人殺しを完全に予防できるわけではなかったが、少しでも抑止できればとゼノアは考えたのだ。
「よし、特訓を再開しましょう」
「えっ? ちょ、ちょっと待って!」
「ダメ、人を殺したんだから、お仕置きは必要でしょ?」
ゼノアがガッシリとシリルを掴んで微笑み、シリルは血の気が引く思いがした。
その後一日中シリルの悲鳴が続いた。
3年後、特訓は終わった。
魔力制御と魔力量ともに格段に向上し、その力は金等級冒険者をはるかに超えるまでになっていた。
ただ暴走する性分は治らず、相変わらずゼノアを悩ませ続けた。
ゼノアとシリルは、パールアルティ公国 首都パランテの高級服店に来ていた。
「この服を仕立て直して、この子に合った服にしてもらいたいの」
ゼノアはそう言って、一着の服を店員に渡した。
「なんて素晴らしい服!」
店員は驚き、すぐに店長を呼んだ。
「これほどの服を仕立て直すのですか? 勿体無いと存じますが……」
「私には不要だから。この子の服にして欲しいの。戦いやすいようにお願いします」
「た、戦いですか?」
ゼノアはにっこりと笑った。
その服は、勇者一行の聖女から贈られた服だった。
グレイトスパイダーの糸で織られ、白く軽くて丈夫で、しかも聖女の金色の髪の毛が織り込まれており、呪いや毒や痺れを緩和してくれる貴重なものだった。
一週間後、服が出来上がった。
上はタンクトップ風で、下はミニスカートに短パン風の、お洒落な服に仕上がっていた。
金色の糸が織り込まれた、真っ白な服から細長くしなやかな手足が伸び、華奢な体形は中性的な雰囲気を醸し出し、金髪に銀のティアラが気品を漂わせていた。
それはまるで王女のような美しさであった。
その店にいた誰もが、目を奪われ感嘆の声を漏らし、ゼノアも満足していた。
「シリルちゃん、とっても似合っていて素敵だわ」
「そう? ありがとう。ゼノア姉ちゃん」
シリルは、いつもと違う自分の姿にちょと恥ずかしかったが、満更でもなく笑顔で答えた。
可愛い暴風エルフの誕生であった。




