第22話 ゼノアと公国
シリルは大聖堂の奥深く、秘密の部屋へと足を踏み入れた。
重厚な扉が軋む音を立てて開かれると、中では多くの人々が慌ただしく働いている。書類を運ぶ者、指示を飛ばす者、みんなが時間に追われるように動いていた。
シリルが華やかな金髪を揺らしながら入っていくと、誰かが戸惑いの声を漏らした。
「シリル……?」
次々に人々の視線が彼女に向けられ、部屋全体が静まり返った。
部屋の片隅からは「ほーっ」という驚きのため息が聞こえた。
ギャスランが目を真ん丸にしてシリルを見る。
驚きで口が開いたまま、彼は唖然としていたが、ようやく言葉を絞り出した。
「こりゃあ驚いたな……馬子にも衣装とはこのことか」
シリルは顔を赤らめ、少し唇を噛みながらギャスランに近づいた。
「べ、別にいいだろ? そんなことより、首尾はどうなの?」
彼女の声には恥ずかしさと戸惑いが交錯していた。
「こっちは、あらかた片付いた」
シリルは安堵の表情を浮かべ、小さく頷いた。
「それは良かった。やっと終わったか。長かったな……」
ギャスランは彼女の肩に手を置き、少し笑みを浮かべた。
「ああ、ご苦労さん。よくやってくれた」
宰相ケールが彼女に近づいてきた。
「シリル様、外はいかがでした?」
「それがね……」
シリルは深呼吸し、ゆっくりと話し始めた。森での事、もちろんゼノアのことも。
するとケールの顔から血の気が引いた。
彼の額に汗が浮かび、体は震えていた。
「手の空いている部隊で冒険者ギルドを取り囲め! 何人たりとも入れてはならん! 絶対にだ!」
普段は冷静沈着なケールが取り乱す姿に、部屋の中にいた全員が息を飲んだ。
シリルも驚きで目を見開いた。
「どうしたの?」
ケールが叫んだ。
「し、漆黒の魔女だ! 国が滅ぶやもしれん!」
「えええ!?」
シリルだけでなく、その場にいた全員が驚きの声を上げた。
そこ頃、冒険者ギルドでは、ゼノアは席について優雅にお茶を飲んでいた。
そこへ、一人のキザな男が近づいてきた。彼は片膝をつき、ゼノアに手を差し出しながら、甘い笑みを浮かべて言った。
「何とお美しい! これからお食事でもいかがでしょうか?」
「申し訳ありませんが先約がありますので」
「なら、その先約よりもっと素晴らし所にご案内差し上げます」
「結構です。お引き取りください」
「ふふふ、私は金等級の……」
ゼノアの金色の目が冷たく輝き、威圧を放った。
男は何も言わぬまま、目を白くしてその場に倒れ込んだ。
辺りが騒然となって、2階からギルドマスターが駆け下りてきた。
「な、何事だ!」
ゼノアを見るなり足を止め、驚愕の表情を浮かべた。
「げ! 漆黒の……」
ゼノアは彼を見て、しばらくしてから手をポンと叩いた。
「マシューちゃん?」
「は、はい。ゼノアお・姉・ちゃん……」
2階の応接室で二人は向き合って座っていた。
「何年ぶりかしら?」
「45年でしょうか……お、お久しぶりです。ゼノア・お・姉・ちゃん」
「あの鼻たれ小僧のマシューちゃんが、パランテのギルドマスターだなんて、お姉ちゃんビックリ!」
「お、恐れ入ります……」
ゼノアは彼の頭を撫でて微笑んだ。
「よく生きてたわね。偉いわ。助けたかいがあったわね」
「そ、その節はありがとうございました。おかげでこの通り元気です」
マシューは汗をかきながらゼノアの顔色を窺っていた。
「そ、その今回の件と関りがあるんですか?お・姉・ちゃん」
ゼノアはカップを置いて窓の外を見た。
「あると言えばあるような、ないと言えばないような……」
そしてギルマスに真剣な眼差しを向けた。
「お願いがあるの。国王と大司教を呼んで欲しいの。大切な話があるわ」
その時ドアを開けてサブナスが入ってきた。
「た、大変です!」
「何事だ!」
「ギルドが軍に包囲され、宰相様と大司教様がお越しです」
「まあ、手間が省けたわ!」
ゼノアはパンと手を合わせて喜んだ。
応接間には、ゼノア、宰相キール、大司教、ギャスラン、マシュー、シリル、そして天井裏には「影」の隊長が揃っていた。
部屋の明るさとは裏腹に重苦しい空気が漂い、シリル以外誰もがゼノアの一挙一動に注意を払っていた。
宰相キールは冷や汗を拭いながら、恐る恐る口を開いた。
「今回はどのようなご用件でしょうか。漆黒の魔女、ゼノア殿」
彼の声には畏敬の念が入り混じり、口調も普段の堂々としたものとはかけ離れていた。
ゼノアはその様子に小さく微笑んだ
「そんなに緊張しないでください。ただお話をしに来ただけです」
キールはその言葉に安堵の表情を浮かべ、ふぅとため息をつきながらソファーに深く座り込んだ。
その様子を見て、シリルが不思議そうにに尋ねた。
「ゼノア姉さん、昔何かあったの?」
「この国を滅ぼしかけっちゃったの……」
「えええ!」
シリルは驚愕した。
その反応にみんな頷いていた。
何故か屋根裏の男も頷いていた。
ゼノアは突然立ち上がり、深々と頭を下げた。
「あの時は本当に申し訳ありませんでした」
「いや、あれは元々我らの方に原因があり、誤解が誤解を生んで起きたこと。200年経ち、恨みを持つものは、もうおりません。水に流していただけたのなら幸いです」
「そう言っていただけると、私も心が少し軽くなります」
ゼノアは微笑み、キールと握手を交わした。
緊張していた応接間は次第に温かな雰囲気へと変わり、安堵の空気が漂い始めた。
マシューが立ち上がった。
「話も終わったことだし、解散しましょうか」
「あっ、ごめんなさい。これからが、本当のお話です」
その瞬間、部屋の中に再び緊張が走った。
皆の顔が険しくなり、口元には不安の色が浮かぶ。
ゼノアが放つその言葉に、誰もが何か良からぬことを予感した。
ゼノアは深く息を吸い込み、厳しい表情で言葉を続けた。
「人間世界の危機です!」
「えええ?!」




