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孤児院

奴隷商人グンザは額に浮かんだ汗を拭い、焦燥感を隠せなかった。

納品を目前にして、輸送中の奴隷の子供が突然息絶えてしまったのだ。

このままでは信用に傷がつくどころか、大損だ。

彼は歯ぎしりしながら、急遽代わりの子供を調達することに決めた。


「どこかに浮浪者のガキでもいないか……?」


目についたのは、たまたま寄った田舎町の片隅で遊んでいる少年少女たち。

服は汚れていたが、頬には血の気があり、健康そうだった。

商人はさっそく捕らえようとしたが、少年少女は蜘蛛の子を散らすように素早く逃げ出した。

焦りを募らせた商人は、部下たちに追跡を命じた。


しばらくして部下の一人が駆け戻ってきた。


「教会に逃げ込みました。孤児のようです」


奴隷商人はほくそ笑んだ。


「教会の孤児なら、やりようはあるな……」


そう言って、すぐに部下たちを送り込んだ。

だが、戻ってきた部下たちはみな傷だらけだった。


「どうしたんだ、役立たずども!」

「旦那様、すごい強い女がいて、手も足も出ませんでした」


怒りを抑えられず、商人はテーブルを叩いた。


「くそ! 冒険者を雇うしかないか。赤字だが、商売の信用には代えられん」




昼前の冒険者ギルド。

商人グンザが入ると、閑散とした雰囲気の中、奥のテーブルで二人の男が渋い顔をして座っていた。

どこか不機嫌そうな二人は、さっきシリルと飲み比べで負けたばかりの冒険者たちだ。


男たちは「銀の(つるぎ)」という銀等級の冒険者パーティのメンバー、ズグニとブンザだった。

宿を探して、この町に寄ったところだ。


「可愛い顔に騙された。うわばみエルフめ」

「まさか毎年同じ手口で男を騙していたとはな……」

「リーダーに怒られるだろうな」

「仕方ない。賭けに負けた俺たちが悪い」


そこに商人グンザが現れて、テーブルに金貨一枚を音を立てて置いた。


「君たち、仕事があるんだが、どうかね?」


ズグニとブンザは金貨に目の色を変え、顔を見合わせた。

これで飲み代をチャラに出来き、リーダーから怒られずに済む。


「どんな仕事だい?」


商人グンザは、同情を誘うような顔で冒険者に話しかけた。


「この先の教会にいる女を、追い出して欲しいんだ」


一瞬、冒険者たちは顔をしかめた。教会の女に手を出すことにためらいを感じているのが、表情から伝わる。

しかし、商人はさらに金貨をもう一枚出してテーブルに転がした。


「脅して追い払うだけでいい。どうだ?」


冒険者たちは顔を見合わせ、しばらくの沈黙があったが、やがてにやりと笑った。


「やってやるよ。金貨二枚だしな」



ゼノアは昼食後、孤児院の庭で子供たちと遊んでいた。

それは彼女にとって何もにも代えられない至福の時間だった。

穏やかな時間が流れる中、彼女は遠くから、何やら険悪な気配が近づいてくるのを感じ取り、目を細めた。


「みんな、おやつにしましょうか。孤児院に戻りましょう」


「やったー!」「お菓子だ!」「待ってました!」


子供たちは歓声を上げて、楽しそうに孤児院へ駆け込んでいった。

彼女は全員が無事に戻ったのを見届けると、気配のする方へゆっくりと歩を進めた。


冒険者たちの視界の先には、黒尽くめの絶世の美女が現れた。

淑女の優雅さと娼婦の妖艶さを併せ持っているのが印象的だったが、何よりも自分たちを見ても堂々とした態度に驚いた。

貴族なのか? 厄介だなと思った。

しかし、護衛のお供が一人もいないので貴族ではないと考えた。


「間違いないか?」

「ええ、あの女です」


自分たちは銀等級の冒険者、相手は素人だ。少し脅せば、すぐに逃げ出すだろう。そう考えた。

その時、背後から突然明るい声が響いた。


「あれ? さっきエールを奢ってくれたオジサンたちじゃない?」


シリルが無邪気な笑顔を浮かべ、冒険者たちを追い抜いてゼノアの前で立ち止まった。

冒険者たちは驚き、次の瞬間、顔を真っ赤にして怒鳴った。


「さっきの、うわばみエルフ!」

「こんな可愛い子に、うわばみエルフって酷くない?」


シリルは笑顔で反論した。

ゼノアはため息をつきながら、シリルに問いかけた。


「またお酒の賭けをしたの?」

「えへへ、ちょっとね。」


シリルは舌を出し、ゼノアは再び小さくため息をついた。


ズグニが前に出て、威圧的に言い放った。


「俺たちは『銀の(つるぎ)』銀等級の冒険者だ。痛い目に遭いたくなければ、この場を去れ」


その言葉に、シリルはゼノアをちらりと見て、にやりと笑う。


「やっちゃっていい?」

「殺さないようにね」


ズグニが動こうとした瞬間、シリルはズグニの懐に飛び込んだ。

速い! ズグニは避けきれないと判断し守りの体制に入ったが、腹に一発喰らって後方に吹き飛んだ。


こいつ強い! ブンザはすぐに剣を抜き、シリルを背中から斬りかかった。

しかしシリルはするりと(かわ)すと、顎を蹴り上げた。


しまった! と思った瞬間には、意識を刈り取られ崩れ落ちた。

そこにシリルの渾身の拳が振り下ろされ、ブンザの鎧を突き破り胸を砕いた。

ブンザは血反吐を吐いて、白目を剥いた。


「シリル、殺してはダメって言ったでしょう!」


ゼノアは急いでブンザを抱き上げ、回復薬を口移しで飲ませた。

ブンザは息を吹き返してつぶやいた。


「ここは天国?」


そして気を失った。


ズグニが起き上がると、一瞬でシリルがズグニの鳩尾(みぞおち)に膝蹴りを入れた。


「ぐわ!」


ズグニはうめき声をだして(ひざまづ)いた。

シリルが殴ろうとしたとき、ゼノアが止めた。


「シリル! 殺してはダメって何度言ったら分かるの。お仕置きしてほしいの?」

「ヒッ、ご、ごめんなさい」


シリルは殴るのを止めて、ズグニをにらんだ。

ズグニは、そっと回復薬を差し出した。


「回復薬をくれるの? ありがとうね」


シリルは笑顔で回復薬を受け取った。


「お、俺にも口移しで……」


ズグニがブンザを見ながら、羨ましそうにつぶやいた。


「おまえバカか?」


シリルは回復薬をズグニの口に押し込んだ。


「まだ、やるか?」


シリルがズグニを睨むと、彼は首を横に振った。

シリルは彼を見下ろしながら言った。


「二度と来るな!」


ズグニはブンザを起こして、商人を引きずり、慌ててその場を立ち去った。


シリルはゼノアの方を向いて尋ねた。


「あいつら、何者?」

「ミミに悪さをした連中よ」


シリルは目を丸くした。


「あいつら、よく生きてたな」


ゼノアはため息をつきながら、シリルを叱るような目で見た。


「いつも、すぐに人を殺しちゃダメって言ってるでしょ。忘れたの?」


シリルはゼノアの顔色を伺い、反省してる素振りをした。


「ごめんなさい、忘れてました」


二人は逃げていく男たちを見送ると、きびすを返して再び孤児院へと戻っていった。


奴隷商人は、かんかんに怒って町を出ていった。


「くそ、違約金に、さらに金貨2枚も。大赤字もいいとこだ。覚えておれ!」

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