第19話 パランテの戦い
翌日、作戦の概要が説明された。
最も重要なのは、ヴァンパイアの存在を確実に突き止めることだった。
これまで「影」と呼ばれる情報部が調査を行い、いくつかの手がかりは得ていたものの、完全な確証は掴めていなかった。
そこで、シリルに直接確認させることが、最も確実な方法だと宰相ケールは提案した。
ギャスランは即座に反対した。
「暴風エルフ」として名を馳せたシリルが、これまでに起こしてきた数々の騒動が彼の頭をよぎったからだ。
彼はこれまでの経緯を詳しく説明し、他の面々もシリルの危うさに納得した。
シリルは「自分は悪くないもん」と頬を膨らませて抗議したが、無視されてしまった。
最終的に、シリルが隣の部屋からこっそり観察する方法が取られることとなった。
王城や重要な施設、大貴族の館、舞踏会、演劇場――様々な場所を巡り、シリルは連れ回されることになり、次第に彼女の顔には疲れがにじみ出て、ため息が繰り返し漏れるようになった。
その間にも結界の魔術具や聖光玉、聖水、回復薬など、ヴァンパイア討伐のための準備が進められていた。
そうして二ヶ月もの時間が経過した。
ヴァンパイアを捕らえ、一掃する作戦の決行日は、二週間後の建国記念祭に定められた。
記念祭の準備と並行して、王城や重要な施設、貴族の館には結界装置が密かに設置された。さらに公国全土から精鋭部隊が集められ、まさに国を挙げての一大作戦となった。
一方、サムニエル男爵は計画が露見していないと確信し、安堵していた。
彼はこの国の王族や貴族、軍隊の重要人物たちに少しずつ魅了の魔術を施し、気付かれぬよう慎重に動いていた。
そして多くの者を手駒とし、国を手に入れようと目論んでいた。
ただ、教会だけは難攻であったため、彼は200年もの長い時間をかけて、少しずつ影響力を広げていたのだ。
ティアーノ子爵の直属の男爵たちや、他の子爵たちも、各々別の国で同様の計画を進行していた。
全てが成功すれば、一気に人間世界を支配できる――彼らの悲願達成は目前であった。
建国記念祭の日、祝砲が空に轟くと同時に、全ての結界が作動し、作戦が開始された。シリルは王城の外で、逃げるヴァンパイアを見逃さぬよう警戒していた。
そして、森の方から魔物の気配を感じ取ると、彼女は即座に空を翔け、気配のもとへと急行した。
その同時刻の森の地下墓地。
サムニエルは分身との意識の繋がりが突然途切れたことに気付き、目を覚ました。
傍らに眠っていた20名の直属の配下も次々に目を覚まし、異変を察知した顔で彼を見つめた。
事態の重大さを瞬時に悟ったサムニエルは、手早く水晶玉を起動させた。
「我が主、計画が露見しました。失敗です。申し訳ありません」
サムニエルの声は震え、彼の顔は悔しさで歪んでいた。
水晶玉に映るティアーノ子爵は深いため息をつき、項垂れた。
「無念。全ての者を帰国させよ。また一からやり直しだ」
「はっ!」「了解しました」「ただちに」
水晶玉の向こう側で命令を受ける者たちも、悔しそうに顔を曇らせ、涙を流す者もいた。その時、突然地下墓地の扉が激しく開かれた。
「こんな所にも、隠れていたとは。本当に用心深いな、ヴァンパイアは!」
「何やつ?!」
そこに立っていたのは、金髪の少女――エルフ、シリルだった。その鋭い眼差しと尖った耳が地下の暗がりで輝き、手にした神剣が光を放っていた。
ティアーノ子爵はその姿を見てすべてを悟った。このエルフが、自分たちの計画を打ち砕いたのだと。そして、彼女が生きている限り、自分たちの夢は決して成就しないことを。
ティアーノ子爵は激怒し、声を荒げた。
「そのエルフを殺せ!」
シリルは剣を高く掲げ、口元に嘲笑を浮かべた。
「てめえらこそ、死にやがれ!」
その瞬間、シリルの周囲には精霊が集まり、彼女を取り囲むように暴風が巻き起こった。
強烈な興奮と怒りに呼応し、瞳は金色に輝き、神剣はさらに眩い光を放ち始めた。
その膨大な魔力に圧倒され、ヴァンパイアたちの顔には恐怖が浮かんだ。
「主様、ここは我らにお任せください!お逃げください!」
配下のヴァンパイアたちはシリルに突撃し、サムニエルは奥へ続く通路を走り去った。
シリルの放つ魔力と暴風の中、ヴァンパイアたちは彼女に触れることすら困難だった。
それでも命をかけて迫り、体が半分削られても彼女に掴みかかろうとした。
だが、シリルの剣が煌めくたびに、ヴァンパイアたちは次々に薙ぎ払われ、消えていった。
全ての敵を斬り伏せた後、シリルは深く息をつき、楽し気にに笑った。
「へへへ、ざまーみろ!」
彼女の体は傷だらけであったが、その目には闘志が燃え続けていた。
彼女は女神の癒しを自分にかけた。そして、サムニエルが逃げた通路を鋭く睨みつけた。
「絶対に逃がさない!」
シリルは通路を全速力で駆け抜けた。暗い通路の中、足音が響くたびにその決意はさらに強まっていった。
やがて滝の音が聞こえ、彼女は滝の流れる洞窟へと到達した。
そこに立っていたのは、逃亡したヴァンパイアではなく、黒尽くめの女性だった。
その女は20代後半ほどに見え、妖艶な姿と膝まで届く黒髪、金色の瞳が印象的だった。透き通るような白い肌に、深紅の唇――それは今までに見たことのない圧倒的な美しさを持つ存在だった。
しかし、彼女がただ者ではないことは一目で分かった。
彼女の周囲に漂う膨大な魔力、まるで空間そのものを圧するような威厳、それはガーランドを殺した魔人とは比較にならなかった。
畏怖に脚がすくんで冷や汗が出てきたが、シリルに逃げるとい選択肢はなかった。
「魔人は殺す!」
これが、漆黒の魔女ゼノアと暴風のエルフシリルの出会いであった。




