8 その男、呪道勘一
とある街の居酒屋で白いシャツの男がウェイトレスを呼び止め、注文する。
「姉ちゃん、麻婆豆腐と餃子。麦をロックで」
「はい、少々お待ちください」
山下警部は暖簾を潜り、待ち合わせ場所である居酒屋にやってきた。
どんな街の風景に溶け込むような、その何の特徴もない男を認めると山下はため息をつき、憮然として向かいの席に座った。
白シャツ男は山下の態度を気にすることなく、軽い調子で挨拶する。
「おう、アンタか、山下警部。久しぶりだな。まさかアンタが連絡とってくるとは思わなかったぜ」
ウンザリといった態度で山下は白シャツ男を見て、早速本題を切り出す。
「俺だってあんたに関わりたくなかったよ。軽口はいい。バケモノが出た。退治をお願いしたい」
白シャツ男は肩をすくめ、惚けた素振りで頭を振った。
山下はじっと男を睨むように見つめながら、宥めるようにすかす。
「なあ、呪道勘一。俺が知ってる本物の霊能者はアンタだけなんだ。頼むよ」
呪道勘一とは界隈では知られた呪術師であり、街から街へと渡り歩く正体不明の男であった。
普通の方法なら連絡をつけることすらままならないが、山下警部はかつての殺人事件を解決した際に、不本意ながら知り合いとなり、呪道との数少ないツテを持つ人物であった。
しかし、呪道は大袈裟に首を振りながら、運ばれてきたグラスに一口つける。
「おいおい、待てよ。勘違いしてるようだが、俺は怪奇や超常に金次第で対応するが、妖怪やバケモノ退治を請け負ってるわけじゃねえぜ? 俺にバケモノと殴り合う力があるわけじゃねえ。話を聞いて、結果断ることもある。その辺勘違いしてくれるなよ」
「わかってる。相談料はここの支払いだったな?」
「ああ、依頼を受けようが受けまいが、支払いは頼むぜ。安いもんだろ」
苦々しく思いながら山下は渋々了承する。
「バカ言うな。公務員の安月給じゃバカにならんよ」
そして、先日の事件をまとめたノートや手帳を机に並べた。
「さっそく見てくれ。ここ最近の小学生の誘拐未解決事件で、俺がバケモノの仕業と睨んだものだ」
山下がバケモノの仕業と見た誘拐事件は100件近くにも上り、被害者は300名ほどと見られる。
山下の説明を受けながら資料に目を通した呪道は、唸りながら険しい顔になる。
「なるほどな、こりゃあ怪異の仕業の公算が強いな。実地で調べてみんとなんとも言えんが」
「俺も生き残った少年に会ってみた。現場も見てみた。霊能者じゃない俺にはなんとも言えんが、何やら不気味な場所だったよ」
呪道は考え込みながら険しい顔で資料を読み漁る。
山下は恐る恐る呪道に問うてみた。
「どうだ? 受けてくれるのか?」
呪道は山下の方を見ると、写真の一つを指さした。
その写真には1人の少年が写っていた。
「まずはその少年に会わせてくれ。話はそれからだ」