13 出てきた白蛇
ヒノタは藁人形の背中で歓喜の声をあげる。
何しろまるでバイクのようなスピードで森を駆けるのだ。
「すごい! はやいよ! 藁人形くん! これならあの怪物からいくらでも逃げられる……」
その時、恐ろしい笑い声が森の中へと響いてきた。
「あはははははは! ひーのーたーくーーん!!」
振り返ると、額からツノを出したあの女の子が凄まじいスピードでヒノタたちを追ってきていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
女の子は正体を隠すのを辞めたのか、ツノばかりではなく、その口も耳まで裂け、目は赤くギラギラと光っていた。
「ヤバイよ! 藁人形くん! あれがアイツの正体? あんなのに捕まったらなにされるんだ!?」
怯えるヒノタを藁人形は一つ小突いた。
頑張っているのはヒノタだけではない。
遠くでバケモノの本体を探しているだろう姉や、捕まった ゴリアンたちを思い出しながら、ヒノタは気を取り直す。
「わ、わかったよ! 頑張って! 藁人形くん!」
しかし、ヒノタたちがしばらく走ると目の前に大きな川が現れる。
見回しても手近な橋は見つかりそうもなかった。
「か、川だ! どうするの?! 藁人形くん!」
藁人形は背負ったヒノタを更に強く抱えると、助走をつけて思い切りジャンプした。
「うわわわわわわわわわ!?!?」
そして、対岸へ着地するとそのまま走り続けた。
すぐ後に女の子が川のほとりに着くと恨めしそうに、豆粒のように遠ざかる藁人形の背を睨む。
恐ろしい形相の鬼が、憤怒に駆られていた。
「おのれぇ……! 依代ごときが……!」
◇
建物の残骸を探し歩いていた裕子の顔色が青い。
呪道は裕子に声をかける。
「おい、大丈夫か? お嬢ちゃん」
気丈にも裕子は汗を拭い、歩き続ける。
ただ、さっきから気分が急にすぐれなくなったのは確かではある。
「平気です……!お嬢ちゃんなんて呼ばないで」
そんな裕子の横顔を見つめて呪道はポツリと呟く。
「そうか、気分が悪いか。じゃあ、近いな、本体が」
山下は呪道の顔を見ながら目を見開いた。
「おい、お前そのつもりであの子を……」
一定の体力と呪力耐性の無いものが、強力な悪霊のいる場所に来れば体調を悪くして当然である。
レーダー替わりに裕子を使ったようなその態度に、山下は思わず呪道を睨みつけた。
しかし、呪道はそんな山下をせせら笑う。
「人でなしと思うか? 俺に言わせりゃ、中途半端な倫理なんて守ってミッション失敗する方がクソ喰らえだね」
「……ふん 相変わらず気に食わんな」
「それで結構。馴れ合う気はねえ」
その時、呪道の顔色が変わり、騒めく樹々の間を見つめる。
裕子も何かを察したのか、足を止めて呪道に言われるまま、背後に下がった。
「おい、離れんなよ。そろそろデカイのがくるぜ」
「はい。……えっ?」
裕子が返事する間もなく、何かが木々の合間から飛び出してきた。
『ギシャアアァァァァァァァァ‼︎』
大きな白い蛇のようなそれは勢いよく呪道達へと突進してくる。
「ひいっ⁉︎」
呪道はリュックから呪符を取り出し、バケモノに向けて投げつける。
そのお札は呪道の手を離れると、生き物のように飛び交いバケモノにぶつかると光を発して爆発した。
「ギャアアァァァァ‼︎」
白い蛇はもんどり打って倒れ、その場に悶えた。
驚いて倒れそうな裕子の手を取り、呪道は立たせる。
「倒れんなよ、姉ちゃん。相手はバケモノだっつっただろ?」