1 秘密基地のかくれんぼ
そろそろ日が地平線の彼方へと沈もうという、黄昏時。
森の茂みからは、息が切れたような荒い吐息と子どものすすり泣きが小さく聞こえてくる。
「……うう みんなぁ……! ……こわいよお!」
震えながら茂みに隠れる小学生ほどの少年は、数分前まで友達と缶蹴りをしていた。
だが、少年は気づいてしまう。
1人ずつ友達が消えていることに……
『とんでもない奴』を鬼ごっこの仲間に加えてしまったことに、少年は恐怖し、涙する。
恐怖しながら少年は走った。
バケモノから逃げるために。
「はあっ……! はあっ……!」
(はやく! ……はやく、お父さんとお母さんに! 警察に言わないと!)
少年は見た。
鬼に捕まった友達が影に引きずり込まれるところを。
普通の子ではないと思っていたが、まさか本物の鬼だったとは……
一緒に遊んでいた友達はもう何人も残っていないだろう。
もしかすると自分が最後の1人かもしれない。
茂みから茂みに移動しながら少年は泣きながら辺りを見回す。
少年は息を顰めながら、鬼に見つからずに森から出る機会を待つ。
日が沈むまでのそれは数分かもしれないが、少年にとっては気の遠くなるような時間だった。
日が沈み、影が濃くなったその時、少年は慎重に辺りを見回し『鬼』がいないことを確認する。
「よし! 今だ!」
少年は転がるように茂みから走り出ると、一気に街の方へと駆け出す。
(なんとか、伝えないと! バケモノがここにいることを!)
少年は転びながらも、急いで街へと駆けていく。
あと数分……
息を切らせ、少年が足を止めて地面にへたり込んだその時だった。
その肩をポンと叩く感触はまるで絶望だった。
「はい! ○○くんみーつけた!」
「……うわぁぁぁぁぁ⁉︎」
少年は転んでしまい、地面に伏せたまま驚愕し、後退りすることしかできない。
震えながら見上げるその先には、今日遊びに混ぜてと言ってきた女の子の屈託ない笑顔があった。
「君が最後だよ? みんな捕まったのに君だけ逃げようだなんて、ひどいね?」
女の子は笑っているが、目の奥は笑っていない。
どこかこちらを覗き込むようなその底知れない目に震えながら、逃げ出すことも出来ずに少年は震え声を絞り出す。
「た、たすけて! 許してください!」
そして恐ろしい笑みと共に女の子の手が伸びてくる。
「許すとかじゃないよ? これは鬼ごっこのルールだから……」
◇
とある地方都市の小学校の帰りのホームルームの時間。
担任教師は生徒たちに注意を喚起する。
「えー、では皆さん、これから帰りの時間ですが、近頃、子どもが帰り道で誘拐される事件がはやっているので、必ず2人以上で帰るように。寄り道は厳禁です。いいですね」
ここ数ヶ月、この地方を中心に子どもの連れ去り事件が増えているのだ。
当然、教師たちは子どもたちに注意を呼びかける。
しかし、いつの時代も子どもたちとは恐れ知らずで大人の思惑を外れるもの。
そろそろ日がオレンジに変わろうという帰り道、4人の少年少女たちはいつもの道を外れて街外れへと向かっていた。
大柄な肉付きのいい少年は遅れている少年を振り返り、早足を促す。
「おーーい! ヒノタ! 早く帰ろうぜ!」
前髪だけが異様にツンツンした少年が嫌みたらしくヒノタと呼ばれた少年を振りかえる。
「本当、ノロマだなあ、ヒノタは」
そして、三つ編みの可愛らしい女の子も立ち止まってヒノタを呼ぶ。
「ヒノタくーーん! はやく! はやく!」
息を切らせながら、丸縁メガネのひ弱そうなヒノタ少年は、3人の友達に追いつこうと走り出す。
「ゴリアン! キザオ! シズキちゃん! ちょっと待ってよーー!」
悪ガキ4人組は今日は森の中の秘密基地で、遊ぶ予定を立てていた。
ゴリアンと呼ばれたリーダー格の少年は太い声で、みんなを見まわす。
「先生はああ言ってたけど、今日は秘密基地の掃除の日だろ? しっかりやろうぜ」
とりわけ高そうなシャツを着た坊っちゃんのキザオは、手にしたサッカーボールを得意そうに持ち上げた。
「ははっ! 今日はパパに買ってもらったボールを持ってきたんだ! 掃除終わらせてさっさと遊ぼうぜ!」
そうして、森の入り口までやってくると不意に背後から女の子の声がした。
「ねえ、あなたたち。どこ行くの? おうちに帰らないの?」
振り返ると、自分たちより少し下の低学年くらいの白いワンピースを着た女の子が、興味しんしんといった様子で、こちらを見つめていた。
ゴリアンが女の子の顔を見つめながら、問いかける。
「なんだ? お前は誰だ?」
しかし、女の子はその問いに答えず、笑顔でこちらに寄ってきた。
「ねえ、帰らずに遊ぶなら一緒に遊ぼ? 私も遊び場に連れてって!?」
シズキは不思議そうに女の子の顔を見つめる。
「知らない子ねえ、こんな子いたかしら?」
小さな街であり、小学校であるから、大抵の子どもたちの顔は見知っている。
しかし、この子は見ない顔だった。
「困ったなあ、おい、迷子じゃないのか? 名前は? 家どこだ?」
「遊んでよ! ねえったら!!」
ゴリアンたちが問いかけても、女の子は答えず、遂に駄々をこねる様に手足をバタつかせるばかりだった。
「おい、話を聞けよ」
「はあ…… ゴリアン、仕方ない。しばらく遊んでやろうよ」
「仕方ないなあ……」
困り果てた4人は、秘密基地に女の子を連れていくことにした。
街の端にある森の入り口付近に設けられた小屋と、その中庭。
それが彼らが秘密基地と呼ぶ遊び場であった。
掃除を終え、4人は小川で顔を洗う。
「よし、あらかた片付け終わったな」
「あいつ、全く手伝わなかったな。図々しいやつだ」
「小さい子だし仕方ないよ」
そんな愚痴を言う4人の背後から女の子の声がした。
「ねえ、あなたたち、用事は終わった? じゃあ私とあそぼ?」
呆れながらゴリアンは女の子に強い目に嗜める。
「はあ…… いいけど遊び終わったらちゃんと帰るんだぞ」
「で、何して遊びたい?」
女の子は嬉しそうに、にいと笑うと、両腕を突き上げた。
「かくれんぼ! かくれんぼやろ!?」