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夏祭り

おばあちゃんの家は山に囲まれた畑の一角にある。山にはお寺があり、本堂を目指す階段には屋台の骨組みと機材の入った段ボールが並べられている。既に提灯はかけられており、夜の祭りへ向け準備が着々と進められていた。お盆の時期は大勢の親せきと共にお墓参りをする。参道の途中で横にそれると山の傾斜に建てられた小さな墓地にたどり着く。

 「おばあちゃん、手を貸すよ。」お墓参りの途中、階段を登る足取りの重いおばちゃんに気をかけて声をかける。「ありがとね。」孫から声をかけられておばあちゃんはうれしかったのだろう。笑顔で私の声掛けに答えた。私を握る皺だらけの手はかつてのような生気が薄くなったような気がする。弱弱しく握る手に老いたさみしさを覚えながら、おばあちゃんを引っ張り山にそそり立つ階段を登り切った。ここから本堂へ向こうための階段を登らず、並木を植えられた石畳の道を墓のほうへみんなで歩いて行った。どこかで見た景色だなと思った。日本人の原風景に刻まれている景色であるからだと思ったが、懐かしいという感情ではなく寂しさを感じたので腑に落ちない感じがした。石畳の隙間から顔を覗かせる草花は小さな体をそよ風に揺られながらみな私らを仰ぎ見ていた。人間の瞳には映らないであろうのびのび生きる小さな命がそこには宿っていた。

石畳の道を歩いていると並木道が開け、墓石が立ち並ぶ開けた場所に辿り着いた。木々が墓地の周りを覆っているが空は開けており、夏の日差しが直接照りつける。お墓には暑さのせいでしぼみかけの花、まだ手向けられたばかりの新鮮な花など様々な花が花立てに手向けられていた。

「水取ってくるね。」

すぐるはそう声をかけ、蛇口のほうへ水をやるためのやかんを取りに行った。先祖のお墓の前に着くと親せきのみんなが線香を立てる。線香の香りはおじいちゃんのことを思い出させた。畑に囲まれた家の縁側で楽しい話を聞かせてくれたおじいちゃん。その別れ際、幼いながらにもう会えない悲しさを抱いた線香を焚いたときの思い出は砂嵐しか映らないテレビほど不明瞭なものになってしまっている。記憶が薄れてきている寂しさに思いを巡らそうとした。しかし照り付ける日差しが暑く頭に意識が回らなかった。それほど今日の気温は高かった。

 すぐるはやかんに水を入れたあとにこっちにやってきて花立ての水を入れ替えた。その後、各自はそれぞれ手を合わせ拝んだ。他の人の番が終わるのを列になって待っていると墓石の側面に書かれた名前に気が付いた。一つはおじいちゃんの名前であった。他にも名前が書いてあるが光に反射してしまうため、見ることはできなかった。ほかの人のお参りが終わったのでお墓の正面に行こうとした。すると光の反射の具合が変わり別の文字が浮き上がる。

「え。」

動揺した。そのとき眼に映ったのは昭和20年享年18歳という文字だった。私と4つしか離れていないうえに戦争中に亡くなったということだ。幼い子供が病気で亡くなってしまうことはしょっちゅうあったと聞かされていたが、18の青年が病気で亡くなるとはあまり思えず、私の中では煮え切らない感じがあった。(実際には結核や肺炎といった病気でなくっている人も多い)そのため目をつむりお墓へ頭を下げているときはお参りどころではなく18歳で亡くなってしまった人物についてしか考えることしかできなくなっていた。あの墓にはどんな人が眠っているのだろう。私の思考は堂々巡りでその人物について思考を巡らしているとすぐにその議論は振り出しに戻ってしまっていた。

 日が落ちていくと、西の空は澄んだ水に薄紅色の絵の具を垂らしたように赤く染まっている。提灯に光が灯りはじめ、町のざわめきは少しずつ大きくなった。親せきのみんなは次々と夏祭りへ出て行っている。家で横になりながらテレビを見ているとすぐるが話しかけてきた。

「祭りへは行かないの?今日はみんな外に出ているから夜ご飯は家にないよ。」

「もうちょっとゆっくりしてから行くよ。お金は持っているから多分屋台で焼きそばかなんか食べると思うよ。」

「今、家にはユイしかいないから戸締り任せた。」

お前しかいないからと言うような感じで私に言った。

「任せてよ。心配はいらないよ。これでももう中学生だから。」

私はたまに調子に乗ってしまうことがある。こうやってお兄さんみたいな存在の人から任せられたという状況は例外ではない。調子に乗っているときは失敗しやすいというが私はむしろ逆な気がしていた。調子に乗っている時ほど物事を見る目が冴えわたっているような感じがした。

「そうだよな。心配はいらないよな。」

そう言って笑顔をこちらへ見せ、戸を開けてお寺のほうへ出かけて行った。その後も私はテレビを見ていたが内容は頭の中へ入ってこなかった。昼間のお墓のことが忘れられなかったのである。戦争中に亡くなったなんて話どこにでもあることだろう。なぜこんなにも昼間のことに固執しているのか理由はわからなかった。でもどこか引っかかることがあった。のちのことを考えると思い出せそうな感じがした、というほうが近かった。

 私はむしゃくしゃして体を動かしたい気分になってきた。夕日は暮れ、暗くなっていくと祭りの灯りが山を彩っていく。私は玄関で靴を履き、戸締りをして祭りの周りを歩いていくことにした。さっきのすぐるに言われた、戸締りは忘れるはずなかった。調子に乗っていたので戸締りくらい任せてくれっていうような感じだった。

 参道の周りは既に多くの人が集まっていた。この集落にこんなに人がいるのかと驚くほどである。夏休みなのでこの町以外からも町へ人が帰っているため賑わいっていた。本堂へ続く道は一人すり抜ける隙間があるくらい人が多かった。浴衣を着たカップル、家族連れ、高齢者など年齢層は様々である。赤く光っている提灯が人々の通る階段の両脇を照らす。暗がりに浮かぶ提灯は彼岸花を思わせる鮮やかさだった。人々のざわめきは耳に入らず、ただ夜の祭りの景色だけが頭に残っている。何度目の夏祭りであっても日本の人々なら懐かしさを覚える景色だろう。この景色は日本人の原風景のような景色だと思った。私は日本人ならなつかしさを覚えるのは一回目だとしても例外でないと思う。だが耳の情報が頭に届かなかったのはこれだけが理由ではなかった。先ほどから悩んでいたお墓のことである。おばあちゃんの家を出るときにお墓へ足を運ぼうと思っていたのである。足を運べば何かわかるのではないかという予感を持って祭りへ向かった。私は気づいたら階段を駆け上っていた。お墓まであと少しのところでいてもたってもいられなくなったのだ。階段を登り切り、石畳の敷いてある脇道へそれる。参道は祭りでにぎわいを見せていたがお墓へ続く並木道は静けさに満ちており私の周りは暗闇で見えなかった。ただ道の先、茂みを抜けた先には星空が広がっており、道標となっていた。夏なので夜でもまだ暑さが残っている。走っていると汗がシャツににじんでくる。風を受ける額の汗は後ろへ流れていく。体から汗が垂れ、石畳に模様を着けていく。もう少しで茂みも開けてくる。黒い空間を抜け星空のもとに走り出た。すると見えてきたのは列に並んだ墓石とその横に植えられた木々、そして夜空に光る星たちだった。見たことがある景色だな。そう思った。

 いったん息を落ち着かせて今日の昼にお参りしたお墓を探す。お墓は京都の十字路のように碁盤の目を成しており、経路は複雑だった。そのため走るよりも冷静になって歩いて行った方が早く見つかると感じた。よって墓地の中ではゆっくり歩くことにした。昼間の記憶を辿り、おじいちゃんのお墓を探す。星空の下、周りに灯りがなかったがその墓石は中から光が滲んで見えた。だから墓の前へ行くのは容易であった。そしてお墓の前に辿り着いた。

墓石の前に立った。きっと恐ろしいことが起こる。そんな予感がして寒気がたった。するとある景色が自分の眼に飛び込んできた。その景色の中では劫火が飛行機を包んでいた。昨日の夢を思い出した。黒い靄に包まれた寂しそうな彼の横顔。そして昨日の彼の別れ際の声がこだまする。

「さようなら、さようなら、さようなら、さようなら、さような・・・・」

煙を上げたままその飛行機は空へ舞い上がった。見晴らしの良い場所から目標を定め、スピードを上げ急降下する。その先にあったのはアメリカ軍の船であった。船に近づいていても飛行機はスピードを緩めない。そのまま突撃するつもりなのだな、と思った。私は特攻隊についての話を聞いたことがあった。第二次世界大戦の終盤、不利な状況に陥った日本軍が行った作戦の名前である。飛行機に人が乗ったまま敵の軍艦に突撃し、損傷を与えることを目的とした。戦争の終盤は予科練の若いパイロットたちが犠牲になった。戦場へ飛び立ったあと帰ってくる若者はいなかった。

呆然と目に映る映像を見ていると船に突っ込もうとする飛行機に乗っているのが夢で見た彼だとわかった。ここで船に突っ込んでしまったら死んでしまう。短い人生を後悔なく生き抜いたのだろうか。私は胸が苦しくなった。

「行かないでー。」

私は出せる限り精いっぱいの声で彼に向って叫んだ。しかし、飛行機はそのままアメリカ軍の船に体当たりした。飛行機は爆発し、甲板は火の海になった。破片は飛び散りそのまま海に沈んでいった。

私の頬を涙は伝っていた。


ここまでの話が第一部です。第二部からは時代考証が必要になってくる場面なので時間がかかりそうです。ここまで読んで頂き誠にありがとうございました。

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