表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第二夜

ずっと夢の中で探していた男の子に会いたいと思っていた。そんなとき後ろの方からこつんと足音がした。後ろを振り向き刺さる視線に目を合わせる。坊主頭のレンコンを思わせるゴツゴツとした頬が印象的な青年だった。「僕の夢へようこそ。会いたかった。」頬を上げ白い歯を唇の隙間から覗かせて青年は言った。

夢の世界の形が徐々に歪んでいく。私は石畳の上を歩く彼を追いかけた。彼は白いシャツ一枚に破れた短パンをはいたみすぼらしいという言葉が似あう服装だった。そんな彼の頭に西洋風の帽子がのっかっていることに私は気づいた。すると彼のみすぼらしい上下がスーツ姿に変化していったため、拍子抜けの表情をしてしまった。彼は横目で私の驚きの表情を確認しニヤリとこちら覗いたうえでパチンと指で音を鳴らした。すると彼の手には一輪のバラが手元に現れ、そのバラを私に渡しながらこう言った。

「これが夢の世界だ。ぼくらは夢の世界は何者にでもなれるのさ。」次に手を叩くと私が手に持っていたバラは三匹のひよことなった。また、周りの景色は墓地から変化し、原始時代の森といった様子で巨大な植物が生い茂り、ラフレシアのような気味の悪い色合いが視界の先のほうまで続いていった。

世界は瞬く間に変貌を遂げる。人の意識の下、普段のコミュニケーションには現れない心の深層の変動が夢には映し出されていた。私は心の表層しか知り得ないので代わる代わる変わる世界に恐怖を覚えた。世界はどんどん変化していくが、世界の輪郭自体は人間の意識が同じ物体であると知覚できるほどの変化であり、物体は変化していくが同じ対象物であると脳が認識してしまうため心地が悪かった。

世界の変化に注意を向けながら恐る恐る足を進めていくと森が開け、満点の星空が視界に広がっていった。私は目のレンズで天の川を流れに沿って下らせながらこの景色を思い出に収めようとした。さんざめく幾億の星に宇宙の起源を夢想しながら、今を生きることの喜びを噛み締めていた。星に見とれていたため、ひよこを抱えていた両手が自然と綻んだ。視線の先のいくつかの星がちかちか点滅しているかのように感じた。星空の中、光を点滅させている飛行機を見ているようであった。しかし夜の飛行機を見るときと違うのは一機ではなく大勢であること、また青に赤、白に黄色と様々な燐光を発しているということだった。さっきの彼とはぐれてしまったことにようやく気付いた。いったいどこに行ってしまったのだろうと思った。彼の居場所に気を取られていると飛行機のように見えた物体は光をまとっていた鳥であることがわかった。すごいスピードでこちらの方へ向かってくる。何匹かは勢いのまま地面に衝突し、体はガラスのように砕かれ、飛び散る破片は花火のように煌めきを放っている。すると白くて大きな一羽が悠々と目の前に降りてきた。

「やあ、一緒に行こう。夢の世界を案内するよ。」

鳥の顔の横から顔を出して彼は言った。ヘルメットを鳥の上から投げ出した。ズシリと重みのあるヘルメットはツルツルしているため手の間から滑り落ちそうだったが何とかヘルメットをキャッチした。彼の言葉に「うん」、と一言頷いて私は鳥の後ろに回り込みしっぽのほうから乗り込もうとした。すると鳥は私を包み込みながら金属の車体に変化していった。輝きの疎いチタンの羽を持ち、騒がしいエンジン音が響き渡るそんな鳥へ変化したのだ。

「どうだ。かっこいいだろう。私の飛行機さ。」

西洋気取りの彼の恰好と行動は板についていなかったが、プロペラの音に声を遮られながらも後ろの席にいる私に話しかける。この飛行機は現在見かけるようなジェットエンジンのある飛行機でなかったし、飛行機に疎い私にとっては見たことがないはずであった。しかし私にはこの飛行機を見たという確信があった。思い出の中の機体はただ黒い空間を飛んでいた。

 十分に温まったエンジンは地響きを立てる。機体は飛び立ちたい方向に進路を合わせると徐々にスピードを上げていく。地面の舗装が十分ではないため機体は揺れ、何度も椅子に叩きつけられる。何度も椅子にぶつけられた背中がすっと椅子から離れる感覚があった。痛みから目をつぶってしまった目を開き、窓の外をのぞくと機体は宙に浮いていた。

機体は雲の隙間をかき分けながら上昇していき、地上の街並みが小粒になっていく。普段は大きく見えていた畑や山がミニチュアとなり、地上の灯りがいくつかの塊へ集まっていくような感じがした。ここから見える景色は四方を光の粒に囲まれており、展望台から見た景色にそっくりであった。ここで見た夢は宇宙のように果てしなく美しかった。いや本当に宇宙であった。

飛び立ってから長い時間がたつと地球は青みを持つようになり、ずっと先のほうが曲線を帯びてきた。ここまで来ると地上の温かみも薄れていき、肌寒くなってくる。大気の澱みというのが感じない高度まで来てしまった。死の寒気とは裏腹に鮮明に星は光を放っていた。遠くの星々が放つ生の匂いというのは届かないため、見えている煌めきは空想か現実か定かではなかった。錯覚は死に直面した際に見る走馬灯のような残酷な美しさを強めていたのかもしれないと思った。



「この世界は私の夢であり、私たち人間は果てしない夢の世界に形を与えることができる。そうして人間はかつて形容のできなかったものを創り上げ世界を発展させた。そんなふうに夢に形を与えることそれが私の生きる活力であった。だ、だけど・・・・。」少年は言葉に詰まる。夕立の雨粒が草木の幹を滴るように一粒、二粒と涙が彼の頬を伝う。「私はもう君と一緒にいられない。私はもう忘れられようとしてるんだ。さようなら。」

近くにいるはずの彼だが広角カメラが写す映像のようにちっぽけに感じる。遠くに行ってしまうような気がした。

「待って、行かないで。私は忘れないからお願い。」

私は彼との別れを拒もうと腕を引っ張ろうとした。すると彼の周りに黒い靄がかかり、その澱んだ物質が私の腕に纏わりつき彼に触れることはできなかった。彼が体にまとっていた黒い靄は龍の如く夢の天井のほうへ昇っていき、天井にぶつかった黒い靄はそのまま四方に別れ火砕流のように夢を侵食した。夢の中は初めて彼に会う前の真っ黒な空間となっていた。黒い霧の中悲しさをうかがええる彼の横顔のシルエットだけが浮かんでいた。気づいた束の間、竜のようになびく黒い物質は彼のシルエットを飲み込んでいった。



おじさんは眠った私を車に乗せ、坂を下りだした。「きっと疲れたんだよ。」夜の静けさを背に車はうちへ向かっている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ