展望台
食事も終え、家族の火照りも冷めた頃であった。私には何やら思いついたことがあった。母に伝えたら怒られるだろうか。そんな思いもあったが、母のほかに否定してくるような人はいないと思ったので勇気を出して聞いてみる。
「実はお祖母ちゃんの家に来たらやりたいことがあって・・」
「何をやりたいのかい?行ってみなさい。」
顔をにこやかにしておばあちゃんは聞いてくる。おばあちゃんにとっては私が喜ぶ顔を見せるのが一番の孝行になる。そんなおばあちゃんの甘えてながら私は言う。
「星を見に行きたい。」
「やめなさい。ひとりじゃ危ないし、暗いし。怖―いクマが出るかもしれないし。」
お母さんが嫌な顔をして言う。その場しのぎの適当な理由をつけて否定してくるのがお決まりの母のやり方である。私の意見には必ず否定から返してくるのであまりいい気持ちはしなかった。
「俺が連れてくよ。とびっきり、きれいに見える場所があるんだぜ。」
おじさんが嬉しそうな表情で山の方角を指さす。
「ほんとうに?楽しみー」
「迷惑じゃない。やめときなさい。」
「連れてってくれるって言ってるんだからいいでしょ。」
なんでこんなに否定されなきゃいけないのかよくわからなかった。思春期で変わってしまった自分がそんなに気に入らないのかといつも思う。こんなにちぐはぐな状態であるから喧嘩がよく起きる。さすがに親戚の集まりでこれ以上の言い争いをするのは気が引ける。だから少し私は頭を冷やしこれ以上は言い争いをしないことにした。こんなにも子供に気を使わせるのは親として恥ずかしくないのかと私は思う。気分が晴れず、少しモヤモヤした。結局、母は懲りたようで星を見に行けることになった。
「都会じゃ、あんなに綺麗な星空は見られないぞー。わざわざ田舎まで来てくれたんだからつれてってやるよ。お前ら二人も乗ってけよ。せっかくだから。」
おじさんはすぐるたち兄弟二人を指さす。そうして私たちは4人は車で展望台へ行くことになった。
道中、私たち以外は静を成していた。山の中腹へ向け、車が坂を駆け上っていく。夜が空を飲み込み、沈黙が世界を木霊している。木々の隙間、ガードレールの向こうに灯りが見える。木々の向こうにあるものは生きものの気配がしない、夜を誘う入口のように感じられた。
「着いたよー。」
山の中腹にある運動公園の駐車場に辿りついた。標識が風見鶏のようにいくつもの場所の方向を示していた。私たちが目指すべきは左方向の展望デッキである。そこを目指すにはグラウンドを横切る必要があるのだが、足元は手入れのされていない雑草が腰のあたりまで伸びていて、より展望デッキまでの道のりを困難にしていた。暗く、足元も不安定だったので一歩一歩探りながら地面を踏みしめていく。私にとって夜に家を飛び出して、暗闇の中探検することが憧れだったため、展望デッキを目指す夜の探検は心を昂らせた。雑草の狭間を進んでいると夜を切り裂いた、開けた景色が目に入った。
街の灯りが星空と一体となり、まるで宙を浮かんでいるような心地で足がふらついた。視界一面に広がる黒いキャンパスは灯りがてんてんと輝いており、宇宙を作りだしていた。夜を彩る燃料となっているのはそれぞれの家庭が持っている人の温かみと何光年も先から自身の存在を示すために精一杯輝きを放つ星々だった。その灯りは白く無機質な冷めたものではなく、温かみのある色を持っていた。
ここでこの景色を見るまでは星空は無機質で冷たいものだと思っていた。しかし、目を凝らして空を見上げてみると、星は蠢いている様子であり、いのちの煌めきを醸し出しているようであった。それぞれの星は小さいいのちを燃やしている。そんないのちの煌めきに私はふけっていた。私は自分自身がちっぽけな存在で何者でもないことに希望を持つことができなかった。だけど、輝きを増す小さな星たちを見ていたらちっぽけでもいいんだって元気をもらえるような気がした。素直になれない自分に別れを告げて、明日からは輝けるように頑張ろう、そう星の見える展望台で誓おうとしたとき、また宙に浮かぶような心地で足元がふらついた。視界一面が宇宙のようで夜空のざわめきに酔ってしまった。足元を確認しながらふらついた足で二、三歩前へよろけていると地面の雑草がまっすぐ並んだ石畳に変化した。ま、まさか・・・・。
2,3歩ふらついた足を制止させ、驚いた表情で顔を見上げる。すると周りが墓地になっていた。私は夢の中にまた来てしまったのだと理解した。あの男の子はどこだろう。夢から覚めてからすっかり忘れていた。
人によって作られた、人の理想を押し付けられた夢の中のこの空間、私の夢じゃない、他人の夢とつながっている、そう感じた。その他人はきっと今まで忘れていたあの男の子だ、とも思った。