第一夜
こんな夢を見た。
黒く澱んだ空間をひとり歩いていた。私を囲む黒い物質は纏わりつくような心地で煩わしかったが、その物質はなんだか無機質だったので孤独をいっそう感じさせた。まわりを見渡しながら一歩一歩踏み出していると何やら薄い膜のようなものにぶつかった。強く足を踏み出せば突き破れそうだったので突き進んでみる。するとプチっと膜が破れ、目の前の黒い霧がブワっと私の顔を打ち付け、濁りが晴れた。すると見えてきたのは列に並んだ墓石とその横に植えられた木々、夜空に浮かぶ満月だった。そこは月のよく見える墓地だったのだ。なぜここに来たのかわからぬまま、私は歩き続けていた。なにか理由があるはずだ、そう思いながら・・・・。
歩き続けていたところ、ガサっとどこで物音がした。墓地であるためか、もののけの類でもいるかのように身体は震え、気づいた時には墓石の後ろに隠れていた。周りを一度見渡す。周囲の安全を確認した後、何もなさそうだなと思いながら、恐る恐る墓石の背後から出てきた。そしたらまたさっきと同じ物音が別の方向からきこえた。しかし今度は隠れるといった行動はしなかった。どうしてこの地に私はやってきて何をすべきなのか自分なりの答えを見つけたからである。ここは私の夢の中だ。私の心の中の潜在意識が私自身の欲しているものを夢に呼び寄せてきたのだと確信した。私が呼び寄せたのが物音の主であり、その物音の主と仲良くすれば何かが変わる、自分を変えるためにこの地にやってきたのだと私は思った。「きっと見つけてあげるからね」と小さくつぶやいて、墓地の中を十分に長く走れるくらいのペースで探し回った。
「ねえっ!君はどこー?」
私は叫んでみるも誰も出てこない。視線だけがどこからか私に刺さる。もっと強く、もっと感情的に相手に呼びかけろ。母を呼ぶ子供のように必死に叫んでいると、頬に涙が一粒、二粒と流れ、降り始めの雨がアスファルトに絵を描くように肌を湿らせていた。
「ここは私の夢の中よ。だから怖がらないで目の前に出てきて・・・お願いっ。」
すると、後ろのほうで何者かが墓石で座っている気配がした。間違いなく誰かがいる、そう思い振り向いたが、月の黄金に輝く逆光によりシルエットしかこちらは知り得なかった。男性、身長は一六五センチくらいで肉付きは細身、墓石の上に座っていた。自分から名前を訪ねようとした瞬間、相手はニヤリと微笑み、こちらに気持のいいほどの白い歯をみせた。会いたかった。話したい。話しかけるんだ。様々な感情が遊園地のコーヒーカップのように回り、乱れ、私は何もできなかった。自分の中の揺れている気持ちを制止させ、話しかけると決意を決めた。口を動かそうとすると・・・・・・周りの靄は晴れベッドの上に横たわっていた。
ああ私は夢から覚めたのだ、と今の状況を理解した。なんと決まりの悪い時間に目覚めてしまったのだろう。次、夢で逢えたらきっとあの人と話すんだ。そう心の中で決意した。カーテンの隙間を差す光は仄かに部屋を満たし、外ではセミがまるで遠慮を知らないというように鳴き叫んでいた。