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9話 曇天

初めての連載作品です。

出血などの描写が出てきます。

自傷の描写も出てくるので、15歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。

 雲をつかむような話だと思った。

 魔獣ばかりを倒していて、話の通じる魔人にはまだ遭遇できていない。

 今回の魔獣出没事件について、まだ何もわかっていないに等しいというのに、どうしろというのだろうか。

 勿論、法月も全て瑞月達に背負わせるつもりはないのだろう。あくまで、可能性として探れることは探ってほしいというだけの話だ。

 しかし、気持ちはそう簡単に収まるものではない。

 瑞月達5人の精神的支柱が、ぽっかりといなくなってしまったのだから。

 一刻もはやく取り戻したい。碧斗や依子の気持ちは相当なものだろう。瑞月や時雨であってもそれは同じだ。


 現状把握のためにと夜にも関わらず呼び出されたが、その後速やかに解散となり、瑞月達4人は、翌日昼過ぎ、学校を休んで再び病院に集まった。

 瑞月は正直眠れなかったが、なんとなく他の面々からも同様に眠れていないような様子が伺い知れた。

 皆で萌音に面会した後、屋上に移動し、沢山のシーツが干された中で、4人は顔を突き合わせた。

 フェンス越しに空を見つめていた依子は、隣でフェンスにもたれかかる瑞月の方を向いた。

「手がかりらしい手がかりは、現時点では、なし、なのね」

 依子が呟く。

 何も情報がない事は、萌音の治療のために詰めていた精霊が教えてくれた。

「精霊からの情報を待ちつつ、私達はできることをするしか無いんじゃないかな」

 瑞月の言葉に、悔しげながらも依子は頷いた。

「可能な限り魔人との接触を図るしかなさそうね」

 女子二人の会話に、男子二人はじっと耳を傾ける。

「二人も同意見?というかそれしかないわよね」

 依子が尋ねると、屋上の中ほどで棒立ちになっていた時雨は碧斗をみつめ、声を掛けた。

「碧斗」

 その声は、鋭く、冷たい。

 瑞月や時雨から少し離れた位置で座って俯いていた碧斗が顔を上げた。

「なんだよ」

 いつもとは違う時雨の声音に気がついたのか、碧斗の声も固い。

「お前、何か知ってるだろう」

「は?」

「お前が倒れてる萌音を見つけて、通報したとは聞いた。

 けど、本当に見たのは倒れている姿だけか?」

 追及する時雨の視線は細く、まっすぐに、碧斗に向かっている。 

「あぁ。そうだけど」

「どうして萌音が倒れている場所にいたんだ?」

 胡乱な目で、時雨は碧斗を見つめている。

 碧斗は押し黙って、口を開かない。

 その、急激に張り詰めた空気に、瑞月と依子は息を飲んだ。

「二人とも、どうしたの、急に」

 

 ――不和はよくない。こんな時に、仲間割れなんて最悪だ。


 瑞月はこの空気をなんとかしようとしたが、依子の方は、火に油を注ぐ事にしたらしい。

「碧斗、私達に説明していないことでもあるの?」

 萌音のことになると、周囲が見えなくなる筆頭が依子だ。もう止まらない。

 疑惑の視線で見つめられる碧斗は、それでも口を開かない。

 虎のように唸る依子に相対した人間は、大体飛びかかられる前に口を開くものだ。実際、普段の碧斗もそうだった。

 それでも口を割らないということは、むしろ逆に怪しまれる。


 ――碧斗は嘘をつけないタイプだった。ごまかすのもどちらかというと苦手だった。


 瑞月からも訝しむような視線を向けられ、それでも碧斗は喋らず俯く。

 

 不意に、時雨が碧斗の胸ぐらを掴んで身体を持ち上げ、フェンスに叩きつけた。

 フェンスの軋む騒がしい音に、依子も瑞月も目を見開く。

 筋肉質な見た目に反し、いつも物静かで文学少年的な線の細さもある時雨からは想像もできない、野蛮な動きだ。

「なんとか言ったらどうなんだ。今話さなければ一生後悔するぞ」

 碧斗を締め上げる手を緩めること無く、しかし、冷え切った声で時雨は問い詰める。

 初めてみる光景だった。

 碧斗と時雨は、雰囲気が全く違う、言ってみれば太陽と月のような対照的な二人だったが、不思議と馬が合っていた。きっかけは萌音だが、二人は親友と呼べるほどに仲がよかったはずだ。


 ――同時に、恋敵でもあった、ってことだよね。


 時雨は気持ちを表に出すことが少ない。少なくとも、秘めた恋心を分かりやすく恋敵に語ることはないだろう。瑞月がそう思ったのは、ずっと時雨を見ていたからだ。

 恋敵だけど、親友だから。二人がこんな風に喧嘩になるなんて、想像もしなかった。

 けれど、恋敵だからこそ、時雨がまだ萌音をずっと好きだからこそ、疑念があって、こんなことになっているのかもしれない。

 

 止めに入ろうかとも思ったが、碧斗は抵抗しなかった。

「意外と、思ってた以上に熱いところがあったんだな、時雨」

 碧斗は答える代わりにそう呟いた。

「大事な仲間のことだからね。熱くもなるよ」

 フッと碧斗が笑い、力が抜けたようだったが、時雨は締め上げるのを止めない。

 碧斗が力なく語りだす。

「プライベートに関わることだ。話せば、萌音も良い気はしない」

「死ぬよりはマシだよ」

 バッサリと時雨は切り捨てた。


 ――死ぬ。


 そう、死んでしまう事だってあるのだ。

「死んでも話されたくないことかもしれない」

「俺たちが、それで君や萌音を蔑むことはない」

 時雨は吐き捨てる。

「敵わないな、ほんとに」

 碧斗にそう言われ、時雨は碧斗を手放し、碧斗は床に座り込んだ。

「眼の前で起こった出来事も、話された内容も、俺にはまだ夢なんじゃないかと思えるよ」

 碧斗は、萌音と会った時のことを、ポツポツと話し始めた。

  


 萌音に呼び出されたんだ。話があるって。

 改まってるし、いつもはアイツのお気に入りのカフェで話すのに、その日に限って人気の無い河川敷だったから、ちょっと違和感を感じてた。

 多分、かなり重要な話をするつもりなんだなって分かった。

 行ってみたら、いつも通りの萌音がそこにいて、でも、その時になってようやく気がついた。最近の萌音のいつも通りは、少し前のいつも通りと少しずつ変わってきていた。なんていうか、無理して笑ってた。魔獣との戦闘でも、いつもより危険な、怪我をしかねない特攻が多くて、それでもヘラヘラ笑ってたんだ。そういう笑顔で、萌音は俺を見ていた。

「来てくれて、ありがとうございます。碧斗さん」

「萌音にしては珍しいな。こんな所に呼び出すなんて。

 まさか、魔獣の件で何か、わかったのか?」

「そう……ですね、わかったと言えば、そうかもしれません。

 原因というか、どうしてそうなったのかも」

 川の流れをじっと見ながら、萌音はそう答えた。

 俺はびっくりして、思わず大きな声が出たのを覚えてる。

「それは本当か?だとしてたら間違いなく朗報だな。今まで手探りで、何も情報らしい情報も無かったのに。どうやって見つけたんだ?いや、それよりも原因ってなんなんだ?」

 前のめりだった俺に、萌音は、すごく寂しそうに笑ったのを覚えている。

「その話は、うん。多分しなくてもなんとかなると思います。強いて言うなら、多分、原因は私なんです。

 えーっと、とりあえず、少し話はそれるんですが、聞いてもらえますか?

 魔獣の件よりも、私、今、碧斗さんにお話しなくちゃいけないことがあるんです」

 今、喫緊の問題は魔獣出没の件だ。それ以上大事な話だと言われて、すごく嫌な汗を感じた。

 萌音は視線を俺に向けてはくれなかった。

「私の碧斗さんに対する気持ちは、全部嘘っぱちで薄っぺらで、全部ト書きの台本に書かれたことでしか、なかったんです。

 みんなみんな全部嘘。そこに私の気持ちなんてひと欠片もなかったんです。

 碧斗さんのこと、大好きです。 けどそれも、全部、台本通り」

 萌音は、そう言って、寂しく俺に微笑んだ。

 あの時、俺はどんな顔、してたんだろう。

 何か言おうとしたけど、咄嗟に言葉なんて思いつかなかったんだ。萌音が一体、何の話をしてるのか、分からなかった。

 俺が呆気に取られて言葉も出ないでいると、不意に、萌音の顔がらくしゃりと曇った。 

「本当は、そんな風に思いたくない。

 この気持ちは本物だって胸を張って言いたい。

 だけど私は弱いから、この気持ちが作られたものじゃないって、証明できないんです。

 ――。

 それだけじゃないです。

 私達がやってきたことは、誰の助けにもなってなかった。誰かに搾取されるために、誰かが傷ついて、それを助けてるだけ、でした。最初から誰かが傷つく必要なんて無かったんです。

 誰かを救えるんだという私達の傲慢が、幼稚さが、罪、だったんです。

 こんなこと、誰にも相談、できなくて。

 それに、私はリーダーだから、弱いところ、見せちゃ、みんなを不安にさせちゃう。

 でも、もう、こうやってずっと堪えている事に、自分自身が嘘と嘘で塗り固められた存在だと感じる度に、もう、全部、嫌になるんです」

 段々と震えていく声に、俺は兎に角、アイツをこのまま独りにしておけないと、強く思った。

 だから、手を伸ばしたんだ。

 けど、直ぐに拒絶された。

「触らないで!」

 俺が抱き寄せようとしてたことなんて、アイツはお見通しだった。

「碧斗さん、優しくしないでください。

 私は、自分自身を信じられない。だから、貴方にも、甘えられないんです」

 気がついたら、萌音はその手に杖を持ってた。魔法少女に変身せず、杖だけを持っていたんだ。いつも萌音は、杖からすぐに両手剣に組み替えていたから、強烈な違和感があった。

 そして、その杖を、萌音は自分のこめかみにそっと押し当てた。

――でも、だからこそ。

 と、萌音は続けた。

 精一杯、微笑んで。

「碧斗さん、弱い私を、許してくれますか?」

 目の前が真っ白になった。



「それで?」

 時雨が続きを促す。

「俺の制止する手よりも先に、萌音自身の魔力が、萌音の頭を貫いた」

 ヒュッと、息が詰まる音が瑞月の隣から聞こえた。

 瑞月はそちらを見ないことにした。

「後は、みんなが知ってる通りだ。

 俺は、アイツの選択を、みんなに知らせることができなかった。

 だから黙っていた。

 これは、俺の業だ」

「業だと分かっていて、それでも知らせなかったのは何故?」

 時雨が返答を促した。瑞月が思っていたよりも冷静に、淡々と。

「萌音が、自分で自分を傷つけた理由は、まだよく分からない。

 これからもそれを見つけにいかないといけない。

 だが、これだけは言える。

 敢えて、俺を呼び出して、俺の目の前であんな事をして。

 アイツは見届けて欲しかったんだと思う。

 その相手に俺を選んだ。

 もしかしたら、止めて欲しかったのかもしれない。

 だからこれは、俺の罪だ。俺が全部背負うべきなんだ」

 そう言って唇を噛み、座り込む碧斗に、瑞月は何も言えなかった。

 どんな言葉をかけていいのか分からず、戸惑う瑞月の隣りにあった影が動く。

 依子はズンズンと碧斗に近づいて、両手で胸ぐらを掴んで引き上げ、頭突きをかました。

 わずかの躊躇もなく。

 声にならない叫びを上げる碧斗に、更に、依子は平手打ちで頬を叩き倒す。

「アンタが……アンタがちゃんと止めていれば、萌音は、こんな事にならずに済んだのに……。

 なんで最初に言わないの?怒られるのが怖かったの?

 そんな軽い気持ちで、アンタは私から、あの子を……私の大切なものを奪ったの?責任も取れないくせに、なんで、そんな軽々しく……」

 そう言いながら目から涙が溢れていく依子を、瑞月はそっと支えた。

「依子」

「分かってる……。

 分かってるわよ……。碧斗一人の責任じゃない。

 分かってる。

 けど……」

 言葉が続かず泣きじゃくる依子を瑞月は抱きしめた。

 そうしていないと、自分も気がおかしくなりそうだったから。


 ――どうして、萌音が。


 自分で自分を傷つけるような行為をするとはとても思えなかった。

 碧斗から聞いても、未だに信じられない。

 萌音が何故、自殺を試みたのか。

 混乱と不安が胸の中に広がっていく。

 時雨は、目を一度、ギュッと強く閉じてから、大きく見開いて、それから平手打ちを喰らい、床にへたり込んでいる碧斗を見た。

「これは法月さんに報告しないといけない案件だ。

 俺と碧斗で行くよ。流石に、メッセージや電話で伝える内容じゃない。

 観羽根、依子を頼む。

 今日は一旦解散にしよう」

 いつになく饒舌な時雨に、瑞月は頷くことしかできなかった。

できるだけ毎日連載の予定です。

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