6話 契約
初めての連載作品です。
出血などの描写が今後出てきます。
自傷の描写も今後出てくるので、15歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。
法月に連れられ、瑞月と時雨はビルの地下に降り立った。
エレベーターから降りると、更に長い螺旋階段が続く。
それをどれだけ下ったかわからなくなる頃、気づけば最下層にたどり着いていた。
大理石のようなつるりとした地面には美しい幾何学模様がびっしりと描かれており、ただただ広い空間が一つだけ存在した。
中心には、魔方陣と思われる複雑な陣が描かれ、そこだけが、照らされて明るい。階段の対角線上に、地下にも関わららず、丈の高いステンドグラスが輝いている。精霊と魔法青少年がモチーフのようだった。
ステンドグラスの足元には小さな講壇が置かれていた。
その講壇をなんとなく見ていると、ひょこっと何かが顔を出した。
揺蕩う風船のようにふわふわと宙を移動しながら、それは魔方陣の前まで躍り出る。
尻尾と耳は猫のようだが、胴体は丸く、てっぷりとして、小さな羽根がパタパタと揺れている。
懐かしい姿に、瑞月は微笑みながら、自分もまた魔方陣の中心へと進み出る。
「久しぶりね。ヘリー」
「そのようだ。また会えて嬉しいよ、瑞月」
かつて自分と契約した精霊と言葉を交わす。
動物型の精霊は幼い言葉遣いが多いと聞くが、ヘリーは理知的で理性的、大人びた口調で話す変わり者の精霊だという。
瑞月はヘリーしか動物型の精霊を知らないので、比較できないが。
「あなたとこうしてまた契約できるなんて、光栄だ」
「君の仲間から、呼び出されてね。
かつて共に闘った友として、君の力は信用している。
また、その力に頼りたい。頼めるかい?」
「勿論」
そうして、かつてと同様に、ヘリーの力が瑞月の中に流れ込み、一つの形を成し、ペンダントへと姿を変えた。
星空を写し取ったような黒に微細な輝きが瞬いている宝石のペンダントだ。
契約によって生成される結晶は契約者の特徴を反映しており、時雨は白銀に輝く結晶をブレスレットにしている。
かつて苦楽を共にしたペンダントが胸元に輝いていることに、わずかな誇らしさを感じる。
――また、あの時のように戦って、人の役に立てる。
ただ、普通に生きることを強いられていた、というより享受していたこれまでとは違う。普通から逸脱していくのは怖い。だが同時に、誰かの役に立てる事が、嬉しかった。
誇らしさと、不安と期待と、緊張が身体の中に広がっていく。
ぎゅっとペンダントを握り締めていると、法月のいる場所からけたたましい着信音が鳴った。
ポケットから携帯を取り出し、法月は何やら応対する。徐々に険しくなる顔に、ただならぬ予感を感じた。
そして、電話をため息交じりで切り、法月が瑞月と時雨に問いかけた。
「瑞月、時雨、二人とも、急で悪いが早速任務だ。ここからそう遠くない繁華街で、出た、そうだ。」
「何匹ですか?」
時雨はすかさず尋ねる。
「2体だ。公社の索敵区域なので、すぐに感知魔法にかかって自動的に結界が張られた。結界の持続は特務課が引き継いでくれるから、君たちは中で存分に戦ってほしい。
他のメンバーも空いているようなら、すぐに向かわせる」
先ほどまでの、神聖で厳かな雰囲気から一転、戦いの前の張り詰めた緊張感を久しぶりに感じる。
「行こうか、観羽根」
時雨の言葉に、瑞月は大きく頷いた。
「うん。よろしく」
急ぎ足でビルから出ると、そこから指示された地点に跳躍していく。
半球の結界が視認でき、その手前にある建設現場の組み上げられた足場の一角に二人は舞い降りた。
結界に囲まれているのは繁華街の中心。結界のおかげで人払いもできている。
「いきなりだが正式な初任務だ。背中は任せる」
ゆるぎない時雨からの信頼の言葉に、瑞月の中で温かい感情が広がる。
「任されました」
にやける顔を必死で殺しながら、結界を見据える瑞月の肩にヘリーがちょこんと座った。
「今日は二人とも、しっかり守護させてもらうよ」
ヘリーから、二人へ淡く守護の魔法がかけられているのがわかった。あまりヘリーから離れると効果が無くなるのが欠点だが、強力な守護だ。安心感が違う。
「いくか」
時雨の合図に、瑞月はペンダント、時雨はブレスレットを掴む。
握った手に魔力を籠めると、二人の全身が眩く光り輝き、濃密の1秒で魔法青少年へと変身を遂げる。
時雨は以前と同じ、制服のような、着物のような魔法防御服に。
瑞月も前回と同じ、チャイナドレス風のタイトなドレスに帯を纏った魔法防御服に。
変身を終えると、二人は足場を蹴って、結界の中に突入した。
結界内に飛び込むと、羽の生えたライオン型の魔獣と、宙を泳ぐ蛇型の魔獣が唸り声を上げていた。
「どっちにする?」
「俺は、蛇の方かな」
「ならライオンの方で」
お互い、敵を選り好みするタイプではないが、得意分野はある。分かっているからこそ、敢えて役割分担について尋ね、予想通りの返答が来るのが嬉しい。
そういう気持ちを表に出さないようにしつつ、瑞月はグローブに魔力を流しながら、ライオン魔獣と慎重に距離を測った。
時雨は時雨で槍を召喚すると、蛇を威嚇し、ライオン魔獣と瑞月から蛇魔獣を引き離した。これでお互い気兼ねなく戦闘が可能になった。
瑞月は魔力を溜め始めたライオン魔獣に突進し、魔力のこもった咆哮を紙一重で躱し、左目に渾身の右ストレートを叩き込んだ。魔力のこもった打撃はライオン魔獣の左目を潰し、瑞月の右手は青く血に染まる。前足の反撃を喰らう前に軽いステップで死角に周りこみ、回し蹴りで腹部に強烈な一撃を放つ。
踵のめり込んだ部分から青い血と臓物が飛び出し、ライオン魔獣はぐらりと倒れた。
精霊の加護や魔力が正確に体を巡ると、体は軽い上に、魔法の威力が上がる。ただの打撃に見えるが、一撃一撃に殺傷性の高い魔法が込められており、相手を確実に破壊する。
一方、時雨の方は踊るように槍で回転させながら、蛇を細切れの輪切りにしていた。
二匹の魔獣は死に絶えると、砂になって消え去っていった。
「あっけなかったね」
「まあ、こんなものだろう。この前の夜に戦った連中よりは弱かった」
少し肩透かしを食らったような気分でいると、結界に何かが空から侵入してきた気配があった。
二人が揃って侵入者の方向へ視線を向け、構える。
「お、ま、たせしましたー!」
はつらつとした声が、結界内一杯に広がる。侵入者は淡い桃色の魔法防御服を身に纏い、落下してくる。
その後に更に2名が続いているようだったが、最初の一人がどうにもけたたましい。
地面に落下する数十メートル手前から魔方陣が展開され、徐々に減速、侵入者は瑞月と時雨の前にふわりと降り立った。
軍服風のドレスは、大ぶりのフリルを纏わせつつも、高校生らしい落ち着きがある。
ドレスの色に合わせたミリタリーブーツでテクテクと地面を踏みしめ、二人に近づいてくる。
「もしかして、もう倒しちゃいました?」
「あぁ、瑞月のお陰でな」
「うわあ!やっぱり流石です、瑞月。元気でしたか?」
「えぇ。久しぶりね、萌音」
百瀬萌音は太陽のように二人に笑いかける。昔から、この人たらしの笑顔に、何度も救われていた。
魔法青少年として戦っていた頃のリーダー的存在であり、瑞月を異界の呪縛から救ってくれた者の一人。一人暮らしを始める前までは、萌音の家に居候もしていた。
「それ、新しい魔法防御服ですよね。前もかわいかったですけど、今のなんかもっと大人っぽくて、なんかエロくて、いいですね」
「え、エロいって……やめてよ。恥ずかしい」
時雨の前でエロいとか言わないでほしい。気にしているのだから。
時雨の方に視線を向けると、こちらを見ないようにしている。気を遣わせてしまっているのは明白だ。
「萌音のコスチュームも素敵だね。前より大人っぽいのに、かわいい」
そう言って、瑞月は話をそらした。
「えへへ。再契約の時に、できるだけこんな感じが良い!って妄想してたら、割と予想通りになったんです。流石ヘリー」
「あくまで君たちの心象を読み取り、最適化するコスチュームだ。僕の成果ではないよ」
いつの間にか、ヘリーと他の二人の魔法青少年達が傍まで来ていた。
「瑞月、久しぶりね。戦いの冴えに衰えは無いようでよかった。流石」
そう言って理知的な微笑みを浮かべるのは黄泉川依子。萌音の幼馴染であり、この仲間の中で萌音に続いて二人目に魔法青少年となった。勉強熱心、真面目、努力家という言葉がよく似合う彼女だが、萌音に対して並々ならぬ想いがあるようで、瑞月が萌音の家に居候するときもひと悶着あったし、仲間になるときも、かなり当たりが厳しかった。戦闘でも萌音を守ろうといつも暴走するし、瑞月にも文句や手が出ることは多かった。しかし、彼女の性分として、他人への評価は真面目であり、瑞月が身を挺して依子を庇った時から、瑞月とは本音で語り合ってくれる良き友人であった。萌音同様、公社に保護されてから連絡を取ることはせず、久しぶりの再会となったが、見た目には深窓の令嬢感が増している。萌音への視線から、内面は成長しても、気持ちは変わっていないことは手に取るようにわかる。先程法月が、暴走して困ると言っていたから、変わらないところも多いのだろう。
色素の薄い髪に似合う近未来的なデザインの魔法防御服は、レモンイエローのジャケットとダブルボタンのベストに、パニエでふわりと膨らんだスカートが上品さを醸し出している。そういえば、彼女はちょっとした資産家の娘だった。そういう背景がコスチュームに現れている。
「久しぶりだな、瑞月。俺たちのこと、忘れてないだろうな」
「当たり前でしょ依子、青葉くん。久しぶりだね」
青葉碧斗はこの5人の魔法青少年の中でも、一番陽気な男だった。陽気というより一見軽薄ともとられかねない軽い物言いのせいで、依子と度々衝突するのが、名物のようになっていたのが、懐かしい。実は誰よりも情が深く、皆を支えている存在であった。特に、いつも気丈に明るく振る舞う萌音の心情を読み取り、誰よりも深く寄り添っていたのが彼だった。そんな碧斗に、萌音が惹かれていたのは碧斗以外の全員が気づいている事実だった。碧斗も碧斗で萌音に惚れていた。お互い両片想いなのに、何故か想いが伝わっていなくてヤキモキしたものだ。
碧斗の魔法防御服は濃紺のロングジャケットにミリタリーブーツを合わせつつ、ゆるくネクタイを結んだYシャツといった組み合わせだ。これも、中学生の頃とやや差異はあるものの、あまり大きな変更はない。腰に携えた2丁の銃剣は、勿論魔法仕様だ。
「みんなで集まるの、本当に久しぶりですね。法月さんから聞いて、慌てて来たんだです。また会えて嬉しい、です!」
相変わらずニコニコと笑う萌音に、みんな苦笑気味だ。
会えたということ、全員が魔法青少年として変身していること、つまり、大きな戦いが起こりえるということ。
状況的にはよろしくないのに、この物言いである。だが、それでこそ皆を率いた彼女なのだ。
「魔法青少年隊、再結成ですね。がんばりましょー!」
緊張感のない萌音の言葉が響いた。
できるだけ毎日連載の予定です。
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