3話 変身
初めての連載作品です。
出血などの描写が今後出てきます。
自傷の描写も今後出てくるので、15歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。
濃縮された一秒の中で、槍は光の玉へと変わり、瑞月の周りに魔方陣を多重に展開していく。
魔方陣に触れた場所から、服は再構築され、魔法防御服へと変換されていく。
漆黒でありながら、同色の刺繍が施されたチャイナドレスタイプの防御服は、以前身に着けていた時より、今の好みに合わせて、より落ち着いたデザインになっている。白い帯が腰に巻かれ、ロンググローブと右上腕の籠手、ショートブーツが武器にして防御の要。スリットが以前より深い気がするが、気にしないことにする。
久々の変身に、感触を確かめ、若干恥ずかしくなったが、そんなことを悠長に感じている暇などなかった。
瑞月に気が付いたらしい触手は、時雨同様に瑞月に襲い掛かってくる。
とはいえ、時雨に絡まっている分、本数は少ない。
速度は速いが、時雨と比べると体力満タンの瑞月には、容易い相手だ。
「捕まらなければ、どうってことない!」
髪の毛一本たりとも触れさせない動きで、触手の間をすり抜けていく。
ダンスのような軽快なステップで、触手を払っていく。
そしてすべてをかわし切り、踊るように空を舞い、上空から魔獣の中心部を見据える。
「不知火くんに、なんてことするの!」
右腕に籠めた魔力を、魔獣の中心に向かって一気に叩き込んだ。
瑞月の魔力が叩き込まれた瞬間、触手は液状化した。
噴水のように魔獣は弾け、溶けて、ドロドロと地面に吸い込まれるように、その実は空気中へと消えていった。
沼のように駅黙を作り、そして消えていく魔獣の遺骸の中心に、瑞月はひらりと着地する。
――なんだか、踊り足りない気分。
そう思う自分の性に、辟易しつつ、魔法少女に再び変身したことに、今更ながら驚く。
一度、経験したこととはいえ、もう決してしないと自分にも、周囲にも誓った『魔法少女への変身』。
普通であること求められるようになって、それをどうやって証明し続ければよいのか、わからない中で、もがき苦しんでいた時に、こんな形で、また普通から逸脱していく。
後悔はない。けれど、不安はある。先ほど、呆気なく倒してしまった魔獣を見て、不満を覚えた。自分の中にある、闘争への衝動、本能が怖くなる。
焦燥感に襲われていると、頭上に何かを感じた。
見上げれば、空中に時雨が浮いている。
実際には時雨を捉えていた触手が溶け出し、時雨だけが空中に放り出されただけであり、時雨の身体は、一気に落下運動を始めた。
意識を失っているのか、時雨の身体は自由落下を続ける。
瑞月は慌てて駆け出し、飛び上がって時雨を抱きかかえる。
意識を失った時雨の身体はずしりと重く、魔法少女に変身していなければ、先ほどと同じように抱えきれなかっただろう。
そうしてそのまま地面に降り立つ。
時雨から微かにうめき声が上がる。
お姫様抱っこは、色々と問題がありそうだと考え、瑞月は地面に座り込んで、膝枕の態勢になった。
素肌も出ている脚で膝枕という状況はなんとも落ち着かなかったが、不知火の無事の確認が優先された。
「不知火くん、大丈夫?」
意識朦朧としているようだったが、徐々に覚醒してきたらしい時雨は、頭を振って、目を開き、そして、驚きの表情で瑞月を見た。
「観羽根、変身して……」
そして、どこか悲しそうに顔をしかめた。
「どうして……」
どうして、という言葉の悲痛な声音に、瑞月は心臓が跳ねるような心地だったが、臆せず答える。
「こうするしか、二人とも助かる方法はないと思ったから」
「俺のせいで、巻き込んだのか」
悔しそうに唸る時雨に、瑞月は首を横に振った。
「最善だと、判断した。それだけ。不知火くんが傷ついていくのなんて見たくなかった。
お仲間が助けに来てくれたかもしれないけど、待っていられなかった」
瑞月の言葉に、時雨は顔を片腕で覆った。
「すまない」
時雨に大きな怪我はなさそうだが、体力・気力は限界なようだった。
常の彼ならば、女性の身体に身を預けるような事は許さないだろう。にも関わらず、素直に膝枕されている時点で、身体を動かすのも辛いようだ。
「こんなになる程、敵は強かったの?」
瑞月は、敵を索敵する魔法を放ちながら問うた。
「あれは最後の一匹。今日だけで、あれも含めれば10匹倒した事になる。
強さはみな同じ程度だが、最後のやつだけは学習したのか二段階変化してしまった」
10。
現役魔法少女時代で、あのクラスの魔獣は、言ってみれば中ボス。毎回魔人と戦う時に、魔人が一体召喚して、全員がかりで倒すレベルだ。
それが10体。怪我なく、体力の消耗だけで戦い抜いた時雨は、以前より確実に強くなっている。恐らく魔力的な意味ではなく、戦闘能力という意味において洗練されてきているのだろう。先の戦闘で捕まってしまった件については、満身創痍であれば納得がいく。
「どうして、そんなに沢山、あのクラスの魔獣が……」
「俺が再度魔法青少年になったのは、この大量に発生する魔獣調査のためだ。
これまでのとは訳が違う。
精霊側から、高校生程度の元魔法青少年を再スカウトすべきと提言があったらしい。出てくる魔獣も残忍で凶暴、中学生では精神的な面で荷が勝ちすぎていると公社も判断したらしい」
口は元気になってきているのか、普段では見たことが無いほどよく喋る。しかし、時雨の身体はまだ動かないようだった。
――色々と回復が必要そう。
索敵魔法では、辺りに魔獣や魔人の陰は捉えられなかった。
「もう、今日は魔獣も出ないみたい。これだけ魔力を放って煽っても気配がない。撤収しても良い?」
「あぁ、構わない。
俺も身体が動くようになったら、公社に連絡する。
置いていけ」
その回答に、瑞月は応えることなく、膝枕から、そのまま時雨をもう一度姫抱きにすると、魔力の力技で時雨の結界を強制解除した。
「観羽根!?何を……?」
「倒れて動けない人を放っておけるほど、冷酷な人間ではないけど、このままここでじっとしているほど、堪え性のある人間でもないの、私は」
そして、足元に魔法陣を展開すると、境内の外にある電柱に、時雨を抱えたまま飛び乗った。
――そんなに大変な事態が起こっているのなら、どうして、私は公社に呼ばれなかったの。
聞きたいことは、言いたいことは山ほどあるが、それよりも時雨を休ませることが先決だ。
瑞月は、何か言いたげな時雨を無視して、自宅のアパートへと急いだ。
人目が無いことを確認し、玄関前に音もなく降り立つ。
「私の今の家。ここなら温かいし、体力を回復させやすいと思う。
4月の夜は、まだ寒い」
姫抱きからゆっくりと降ろすと、時雨はよろめきつつも一人で自立できた。
とはいえ、こんな状況で帰すわけにはいかない。
扉を開け、時雨の背中を押す。
「強引だな」
「それは前から。知ってるでしょ」
軽口を叩く時雨に溜息をつき、ドアを締めながら瑞月は変身を解いた。それを見て、自分がボロボロ防御服だと気づいた時雨も変身を解除する。
普通の服に戻った時雨は、音楽科のある進学校の制服を身に纏っていた。
変身を解除したところで、身体に付着した砂埃は拭いきれない。
「服と身体、洗ったほうが良さそう。
お風呂沸かすから、入って。その間に、洗濯できると思う。取り急ぎ下着はコンビニで買ってくるし、制服も部屋で涼む間に、すぐに乾くと思うから」
言いながら、軽く浴槽を洗って、湯張りを始める。
時雨に手を差し出し、制服を脱ぐように指し示す。
「いいのか。女が一人暮らししている家に男子高校生を入れて。
あまつさえ風呂まで」
「ギブアンドテイク。聞きたいことがあるの」
それに。と瑞月は言葉を続ける。
「不知火くんは変なことしないでしょ」
「当たり前だ」
「なら、なんの問題もない」
何を聞かれるのかと若干不安そうな顔をする時雨に、バスタオルを渡す。
「さっさと脱いでくれる?洗濯するから」
時雨が入浴している間に、瑞月は近場のコンビニで彼の下着を買ってきた。
時雨は、風呂から上がると丸い食卓の椅子に座るように瑞月に促された。
座った時雨の前に置いたティーカップに、瑞月はアールグレイの紅茶を注ぐ。
湯気がじんわりと立ち上がる。
男物の服など持ち合わせていないので、下着姿に大きめのバスタオルという出で立ちを強いているが、時雨は文句も言わず、淡々と受け入れている。下着は濃紺のTシャツにボクサーパンツの組み合わせで選んだ。そこまで怪しげな恰好ではないと思う。ただし、僅かに邪な思考で選んだ瑞月からしてみれば、極めて眼福である。
瑞月は自分の分のティーカップにもお茶を注ぎ、時雨と向かい合うように座る。お茶受けに、先日作って冷やしてあったベイクドチーズケーキを出してみる。
ぐぅぅぅぅぅぅ。
風呂上がりの時雨から、大きな音が鳴った。
「今日は何時から任務についてたのか知らないけど、ご飯、食べてないんでしょ。何か作ろうか」
苦笑気味の瑞月に、ほんのりと顔を赤くした時雨は強く否定した。
「いや、それは気が引ける……けど、このケーキは食べても良いか?」
――相変わらず、律儀だなぁ。
なんて感想を抱きながら、瑞月は頷いた。
「もちろんどうぞ。全部食べてもらっても構わないから」
「ありがとう」
フォークを手に取った時雨は、行儀よく、しかし全速力でケーキと紅茶を交互に食し始める。
どうやらお気に召したらしい。
あまり笑わない無愛想な男だが、手料理を美味しそうに食べてくれるのは、やはり見ていて気持ちが良い。
夢中でケーキを食べる時雨を、ただただ見つめる時間が暫く続いた。
中学生の頃から変わらず時雨を好きな自分が、恥ずかしいし、情けない。
けれど、今この時を過ごす幸せを、噛み締めたいという想いが勝った。
だが、同時にやるべきことをやらなくてはと、しっかりと時雨を見据える。
粗方食べ終わった時雨は、紅茶を飲んで一息つく。
すかさず、瑞月は尋ねた。
「不知火くん、そろそろ話してもらうわ」
「何を」
先程、聞きたいことがあると匂わせていたから、時雨も身構えていたのか、淡々と答える。
「はぐらかそうとしても無駄だから。
あなたがもう一度魔法青少年に選ばれたのなら、何故、私には何の連絡もなかったの?
私のほうが、公社の庇護下で暮らしている分、声は掛けられやすかったはず」
母は病死、父は先の戦いで戦死し、実質孤児となった瑞月は、父親が魔人という極めて稀有な存在だった。
母方の親戚とは元々疎遠であったことや、その出自の特異さから、身元引受人は公社のお偉方になり、瑞月はよく言えば、保護、悪く言えば公社の監視下に置かれる形で、現在一人暮らしをしている。
定期的に公社から安否確認の連絡は来るし、学校での生活については公社にも適宜連絡が行っている。
だからこそ、向こうからの過干渉は無いにしても、そういった人手不足の現状で、瑞月に召集が掛からないのは不可思議だった。
あの戦いを共に乗り越えた時雨なら、少しは瑞月の事情や現状を知っているはずだった。
瑞月の質問に、その真剣なまなざしに、時雨は虚を突かれたように目を見開いた。
誤魔化しは許さないという瑞月の表情に、逃げられないと踏んだ時雨は、隠すことを諦めたようだった。
「観羽根の置かれた状況こそが理由だ。
観羽根と仲間だった俺たちは、君が敵から仲間になったとき、そしてそこから最終決戦に至るまでの全部を知ってる。
だから、観羽根が異界側につくことはないし、寝返ったりしないことを確信している。
だが、世間というか、公社は違う。あらゆる不確定要素を潰しておかなければ気が済まない連中だ。
やつらも一枚岩ではないとはいえ、観羽根と精霊を再契約させることに忌避感のある者は多い」
薄々感じていた理由は、当たっていた。
それでも、いまだ信用されていないのかという歯がゆさに、瑞月は唇を噛みしめる。
――ずっと分かっていた。 私は戦いのために用意された、人形にすぎないのだと。 自分の人生に意味はあったかもしれない。 けどそれは、他人が利用するという意味で、私自身が自由に生きて、何かを成す、そのためではなかった。だから今こうして不自由な自由を得て、私は何のために生きればいいのかわからなくなっている。 誰かに、また以前のように、それが利用されることだとしても、生きる意味を与えて欲しいのかもしれない。 あるいは、私は自由に生きていいのだと誰かから許してもらいたいのかもしれない。
私が仮に、物語を彩るための登場人物として用意されたのだとして、私は作者に怒りを覚えるだろうか。
公社に信頼されていないという悲しみが、瑞月に昔を思い出させた。
できるだけ毎日連載の予定です。
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