21話 名前
初めての連載作品です。
15歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。
その後はとても呆気なかった。
この一帯を統治していた魔人の首魁が時雨の手によって消滅し、それは配下の魔獣、魔人たちにも即座に伝わった。
魔人が消滅したことで、配下の魔獣も一瞬にして消滅。
そのせいであたりは大混乱になり、仕えていた魔人は蜘蛛の子を散らすように散り散りになった。
謁見室でしばらく休んでいると、蒼斗と依子が入ってきた。
蒼斗には腹パン、依子にはジャーマンスープレックスを決められた時雨は、それでも笑っていた。
「依子、あの魔人は?」
「あいつなら、ボスが消滅したとわかった瞬間、戦う理由がなくなったとか言って消えたわ」
「また、挑んでくるかも……」
「そうなればその時よ。
でも、これで、地球の魔獣出没事件も解決なのかしら。
時雨は何か知ってる?」
「魔法公社を出し抜いて、俺たち魔法青少年を取り込むための作戦だったようだ。
首魁は消滅したし、恐らく、解決した可能性は高いな」
「ならよかった。
萌音の件についてはどうだ?
何かわかったのか?」
「あぁ、必要なものもあるが、それも精霊の方で準備できるだろう。
戻ったら、すぐにでも準備しよう」
時雨の言葉に、蒼斗もホッとしたようだった。
「それじゃ、戻りましょうか」
依子の一言に、全員頷き、瑞月たちはゲートを開いた付近まで帰還した。
それなりに高い位置にあるゲートを地上から見上げ、依子は魔法陣を作成し始める。
「みんなで一気に上まで上がりましょうか」
「助かる」
時雨の素直な感謝に、依子もニコリとする。
「早く、萌音のところに行きたいもの」
4人を一気に浮かす魔法陣を作成し始めた依子を尻目に、瑞月は時雨に尋ねた。
「不知火くん、その、体調は大丈夫?
さっき、色々と攻撃したけど」
「大丈夫。どちらかというと、魔人を浄化するのに、魔力を使いすぎて、疲れてるくらいだ。
それより、観羽根こそ、顔色悪いぞ」
「あ、ゲートを開くのに、そこそこ血液を使ったから……」
「貧血か。早く休ませないと」
そんな二人のやり取りを聞いていた依子は、全員を宙に浮かせながら、ぼやいた。
「そこの二人。
あからさまに良い雰囲気なのは喜ばしい限りだけど、なんでまだ苗字呼びなの?」
「え」
「いや、だって、そんな急に」
二人して顔を赤くしているのが分かる。
「萌音もきっと喜ぶだろうから、早く、そういうよそよそしい呼び方やめなさい」
そして、二人の反論の声はゲートに吸い込まれるようにして消えていった。
時雨と共に帰還して、数日が経った。
帰還後、疲弊していた全員は、入院させられた。
あまり自覚はなかったが、全員相当にダメージを受けており、治療が必要だったこと、検査も馬鹿みたいにたくさんさせられたことなどで、中々退院させてもらうことができなかった。
聞くところによると、その入院中に、蒼斗や依子にも精霊の行いについて話があったらしい。
病院の一室から派手な爆発音と衝撃が起こったことがあったが、瑞月は聞かなかったことにした。
時雨とは病棟の休憩室で度々顔を合わせ近況を報告した。
今日も、ベンチに二人並んで、外の景色を眺めながら、話をしていた。
時雨は、帰還した後、当然のことながら法月とヘリーにこってり絞られたようだった。
「絞られついでに、異界の情報を聞かれた。
萌音の治療法についてを中心に。
精霊たちは、番組に関係ない部分までは関与しない立場で、異界や魔人を創造したらしい。
だから、治療法についても知らなかったそうだ。
今、持ち帰った情報を精査して、触媒の調達や治療法の再現をしてもらっている」
「それなら、萌音に会えるのもそう遠くないね」
「萌音は起きたら早々に、依子や観羽根から説教を受けるんだろうな」
「う、いや。まずは、おかえりって言わないとね。
萌音が自分を傷つける行為を選んだのは、自分の意志半分、魔人の暗示が半分だろうってヘリーが言っていた。
だから、全部が全部、あの子の意志じゃない。
けど、最後の一歩を踏み出したのは、あの子。
その辛さは、共感できるから。ちゃんと、あの子の気持ちに向き合わないと」
思い詰めたのは、利用され、暗示をかけられたからだとは言っても、それを簡単に叱って良いとは思えない。
とても言葉選びは難しくなるだろう。
でも、萌音ならきっと分かってくれると思う。
だから、まずは、生きて無事に戻ってきてくれたとき、ちゃんと『おかえり』と言ってあげたい。
――それも大事だけど、もう一つ、確認しておかないとね。
「ねえ、不知火くん」
「なんだ」
「その、帰還前に依子が言っていたこと、覚えている?」
「……あぁ。覚えてる」
「その、あの時は、お互い、勢いで言っちゃったとは思うんだけど」
「うん」
「えっとね、その、だから」
もう一度、気持ちを確かめ合いたいと、喉元まで言葉は出てきているが、最後のひと押しができない。
瑞月はモゴモゴと次の言葉が出せずに、挙動不審になっている。
そんな瑞月が落ち着くのを、時雨はじっと待ってくれていたが、不意に、時雨から問いかけられた。
「そう言えば、俺のピアノが聴きたいと、言ってくれていたな」
「あ、うん。そう、だね。
その、何か、進路について、迷っているようだったから、高校生になってからはピアノの話ができなかったんだけど。
本当は、もう一度、ううん、何度でも不知火くんのピアノが聴きたいと思っていたの」
「そうか。ありがとう。
瑞月と離れてからの中3の一年は、中々過酷でな。
音大附属高校に合格はしたが、コンクールでの成績が振るわなかったし、実際スランプは感じていたんだ。
よくある話だよ。
そうなってくると進路も迷うだろう?」
「そうだね」
「でもまだ、俺たちは高校生なんだから、決めきらなくったって良いし、諦めなくったって良いんだよな。
……瑞月が言ったみたいに」
――あ。
思わず、時雨の方を見た。
時雨は視線を外に向けたまま、耳まで赤くなっていた。
「な、名前……」
「俺は、ちゃんと呼んだ。で、瑞月は?」
お互い、苗字なのは、距離があったから。
意識して、意識しているからこそ、呼べなかった。
今、大事な境界を越えようとしている。
「え、あ、そ、し、し、し……」
「キョドりすぎだぞ」
「し、時雨くん……好きです」
萌音を除く全員が退院し、数日後。
ヘリーと法月に呼び出され、全員が、ICUにやってきていた。
前回とは違う魔法陣が描かれ、大気中をキラキラと極小の光が塵のように舞っている。
「……収束、収束、星の欠片は、収束せり」
歌うように詠唱しているのは、以前瑞月を治療し、今も萌音を治療してくれている女医だ。
女医の言葉に合わせて、舞っていた光の粒が、萌音の身体に吸い込まれていく。
全員が固唾をのんで見守る中、魔法陣の輝きが落ち着いていく。
そして、光の粒が全て萌音の中へと消えていった直後、萌音の右腕がピクリと動いた。
蒼斗が、その手を優しく握る。
「萌音」
蒼斗の呼び声に、萌音のまつげが震えた。
瞼はゆっくりと開き、いつもと変わらぬ萌音がそこにいた。
萌音は、天井から蒼斗へとその視線をゆっくりと動かした。
「私……」
「おかえり、萌音」
蒼斗の言葉に、萌音はキョトンとして、そして、あぁ、そうかと微笑んだ。
「ただいま」
了。
書きたいことをすべて書き上げることはできませんでしたが、彼女たちのお話はこれでひとまず完結です。
お読みいただき、ありがとうございました。
8月から、もう少しテンション高めの異世界恋愛のお話を連載していく予定です。
今回ほどストックが無いので、隔日連載を目標にしていきます。




