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20話 目覚め

初めての連載作品です。

15歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。

「好きです」

 その言葉を、ずっと言いたくて、言えないでいた。

 ヘリーは、瑞月の気持ちを知っていた。

 これはお膳立てだと思う。

 想いが届くか分からない。

 けれど、間違いなく、驚かせることはできた。

 ドビュッシーの話に反応したということは、少なくとも時雨の意思や記憶は残っている。

 突然、この場で告白されれば、誰だってびっくりするだろう。

 洗脳された時雨に対して、瑞月ができることはもうそれくらいしか思いつかなかった。


 突然、抱きしめられ、告白された時雨は、槍を振って瑞月を攻撃することも、空いた腕で振り払うこともせず、立ち尽くしていた。

 瑞月は抱きしめた姿勢から、時雨の表情を伺うが、角度の問題から見えない。


 ただ、静かな時間が流れた。


 時雨は動かない。

 瑞月は徐々に居た堪れなくなってきたが、動くこともできなかった。

 そうやって、瑞月がもじもじしていると、ふと、時雨から声がした。

 時雨ではない、声が。

「何をしているんですか、時雨さん。

 動揺しているのですか?あなたらしくもないですよ、はい」

 

 ――まだ、中に魔人がいる。

 

 特に魔人に対して何かした訳ではないから、当たり前だ。

 だが、時雨はその声にも反応しない。

 瑞月は緊張しつつも、時雨の表情を確かめるために、抱きしめていた腕を緩め、時雨の両肩に置き、顔を上げた。

 時雨は、初めて見る真っ赤な顔で、瑞月を見ている。

「し、しら、ちが、時雨くん?」

 あまりにも真っ赤で、こちらまで恥ずかしくなってくる。

 

「観羽根、俺のこと、好き、なのか……?」


 ゆっくりと口を開いたと思えば、ついて出てきたのはそんな言葉。

 時雨の意識が戻ったことに、瑞月は思わず目が潤んだ。

 同時に、好きなのかと問われて、羞恥で言葉が中々出てこない。

「そ、そうだよ」

 視線を逸らして、やっと何とか答えた。

「観羽根は萌音の事が好きなんじゃ……」

「な、何を言ってるの⁉︎

 その、そういう好き、じゃないから。依子とも、青葉くんとも違うから。

 私が、そういう、好き、なのは時雨くん、だから」

 とんでもない誤解だ。

 ちょっと、悲しくなってくる。

「し、時雨くんこそ、萌音の事好きなの、私、知ってるから、どうせ振られるし、言うつもり無かったんだけど」

 でも、今回は、時雨を正気にもどす程の衝撃が必要だった。

 後は、これに乗じて、青春の心残りを片付けたかった。

 そんな風に考えていると、またしても声がした。

「時雨さん、何の茶番を見せられているのですか?

 彼女は、僕らの覇道を阻む者です。

 元のお仲間とはいえ、倒さねばなりません」

 その声に、時雨は低い声で答えた。

「アンタ、俺に言ったな。

 目的を達成したら、俺は解放すると」

「えぇ。ですが、まだ私の目的は達成されていません」

「俺が聞いたのは、内乱を収めるまでだ。異界の統一なんて、聞いていない。

 契約違反だ」

「聞いていなくとも、それは我々の契約に含まれています。

 申し訳ございませんが、まだしばしお力を、お身体をお貸しください」

「断る」

 そう言うと、時雨は自分の両肩に当てがわれた瑞月の腕を握って、握ったまま、ゆっくりと肩から離し、瑞月の腕を下ろした。

 魔人はまだ文句を言っているが、身体の主導権は時雨が握っているのか、時雨は涼しげな表情だ。同時に真剣な眼差しで瑞月を見ていた。

「観羽根」

 呼ばれ、瑞月は心臓が跳ね上がるのを感じた。

 瞳が、視線が、何かを訴えている。

 

 ――先程の告白に対する、コメントでしょうか……

 

 不安な感情が顔に出ていたのか、時雨は少し驚いて、それから笑った。

「好きだと言ってくれて嬉しかった。ありがとう。

 けど、俺が萌音を、恋愛的な意味で好きだというのは誤解にも程がある」

「そ、そうなの?」

 尋ねると、時雨はゆっくりと頷き、そして、言葉を間違いなく、瑞月の耳に届けるように、台詞を紡いだ。

「俺が好きなのは、今も、昔も、ずっと瑞月だ」

「……え」

 

 ――なんとおっしゃいましたか。

 

 あまりにも、突然で、晴天の霹靂で、瑞月は思考が追いつかず、固まった。

 時雨は、それを確認すると満足そうに目を細めてから、瑞月から手を離す。

「魔人の主、もう、俺はアンタを中に入れておくつもりはないんだ。

 悪いが出ていってくれ」

 そう言うと、時雨から白い光が漏れ出してきた。

「待ちなさい。今ここで私を切り離せば、あなたの欲しかった情報は手に入らなくなるのですよ」

 焦る魔人の声が途切れ途切れに聞こえる。

 

 ――そういえば、時雨くんが一番得意なのは、浄化魔法だったね。

 

 自分自身を浄化し、魔人の馴染まない身体にすれば、自然と魔人は出ていく。

 下手をすれば、浄化に巻き込まれて魔人が消滅するからだ。

「萌音を目覚めさせる方法。それに必要な触媒。今後の対応策。

 それは俺自身がずっと考えていた事だし、アンタが俺の記憶を探ったように、俺もまたアンタの記憶を探った。

 そこにはちゃんとヒントがあったし、俺からしてみればそれで十分だった。

 あんたの記憶を辿った時点で、俺の目的は達成されていた。

 上手いこと、身体や精神の主導権を握られて、その後も良いように使われてたけど。

 だけど、瑞月が救ってくれた。だからもう、アンタとはこれ切りだ。

 俺は、アンタが俺を騙したと判断した。

 俺はアンタを許すつもりはない」

 時雨の身体は一層強く光る。

「やめろ、やめなさい!」

 すると、声に、ノイズが混じり始めた。

「私、ワタシは、屈し、マセンよ!?

 大体、良いんですか?

 セイレイ……たちは、魔人も、君たちも、皆を騙しているんだ。

 我々は良いように操られて、イルンだ!

 ソレ、なのに、奴らにまた従うノカ?」

 瑞月は驚いた。暴走は修正され、後は瑞月達による物語の消化を待つばかりの魔人だと思っていたのに。

 一度された修正に、抵抗しているのだ。

 胸が締め付けられるように感じられた。

 魔人もまた、魔法青少年と同じなのだから。

 だが、時雨はにべもなかった。

「知っている。だから、俺はアンタについていったし、萌音は自身を傷つけた。

 自分の気持ちさえ、信用できなくなったからだ。

 でも、観羽根を見れば、わかる。

 全部知って、それでも、ここに来たんだと。

 俺のために。俺たちのために。

 だから、俺は、観羽根と地球へ帰る」

「待ってイルのは、またアヤツリ人形としての、日々ダ」

「そうかもしれない。

 だが、抵抗する。

 観羽根だって、そうしてここまで来た。

 奴らが俺たちを利用するつもりなら、抵抗するし、俺たちだって、あいつらを利用する。

 向こうの良いようになんかさせない。

 アンタがそう言い切れないのは、俺たち人間とは、生まれ方が違うからだろう」

「分かっているのなら協力しろ」

「同情はする。

 けど、アンタたちが、自分たちの意志に反して地球を攻撃したと本当に言えるのか?

 アンタの記憶を探った。

 操られている事に気がついて尚、アンタたちは地球を攻撃していた。

 魔人たちをすべて否定するつもりはない。

 けど、すべてを肯定することもできない。

 だから、これ以上は協力できない」

 そして、時雨は一層身体中に力を込め、浄化を強めていく。

「ふざけるな!

 やめろ、やめるんだ。やめてくれ!」

 叫びは煙のような形となって、時雨から湧き上がり、そして光に炙られるようにして、消えていった。


 呆気ない幕切れに、瑞月は呆然としていた。

 驚く瑞月に、時雨は微笑みを浮かべる。

「お礼、ちゃんと言えてなかった。

 ここまで来てくれてありがとう」

「う、ううん。私がしたくて、やったことで……」

 

 ――ほ、微笑みの爆弾。


 言葉に詰まる瑞月だったが、時雨の無事を確認すると同時に、当初の目的を思い出した。

「あ、あの、萌音を目覚めさせる方法、分かったの?」

 時雨は頷く。

「ああ。

 元々、体内の魔力反発は、異界ではよく取り上げられている研究テーマだったらしい。

 魔人の病気に類似のものがあったようだ。

 なんなら、魔人の首魁自身もその病気に罹っていた事があるようだった。

 だから魔人の記憶に、魔力反発に対する治療方法やその研究過程があった。

 俺を操るために、俺の記憶を覗いていたようだが、俺もその間、しっかりあいつの記憶を見ていた。

 火災の火消し、免疫過剰に対する抑制薬、のようなイメージの薬が必要だ。

 素材とそれを加工する技術さえあれば、萌音は助かる。

 技術はしっかり確認したし、素材は精霊でも手に入れられる。

 大丈夫」

 

 ――異界は番組制作のために作られた実験場見たいなものだと聞いていたけど、彼らにも彼らの世界があるのね。


 萌音が救われると分かったと同時に、そんな感想が浮かんだ。

 時雨の口ぶりから、異界がただの舞台装置では無いと分かる。

 同時に、それは、瑞月の気持ちに小さな雫となって落ちてきた。

 

 ――お父さんも、ただの操り人形じゃ無かったんだ。

 父親の出身が異界であっても、父親自体が全て嘘だったとは思えなかった。母を愛した父の心が嘘とは思えなかった。


 そして思う。

 

 ――無自覚に、いつも救われちゃってるなあ。

 

 たとえ偶然でも、時雨の言葉に何度も救われてきた。

 自分の人生が、箱庭で踊って終わるものだったとしても、彼に出会って救われた事実だけで、胸を張って生きていける。

 自然と笑顔になる瑞月を、時雨もなんだか嬉しそうに見つめてくる。そして、思い出した様子で口を開いた。

「そういえば観羽根、なんで俺が萌音を好きだと思ったんだ?」

 その言葉で先程のやり取りを思い出す。

 その走馬灯に、頬が急激に熱くなるのを感じた。

「それはだって、不知火くん、いつも萌音を見ていた……から」

 消えそうな声で呟くと、時雨が反駁した。

「観羽根だって、萌音のこと、いつも見てただろ」

「それは、だって、不知火くんが見てるから……」

「つまり、お互いがお互いを観察した結果、視線の行先が萌音になったということか」

 どんなラブコメだよ……と呟く時雨を見て、瑞月は思わず笑った。

「なんだ……悩み損だった訳か」

「お互い、そうなるな」

「その、じゃあ、萌音を救うために異界に来たのは?」

「魔人から聞いた精霊の話は、かなりショックだったからな。

 萌音に同情したし、自暴自棄になっていた。

 でも、俺たちの誰より傷ついているはずの観羽根が、俺たちのためにここまで来てくれたから、もう、良いんだ。

 精霊の話を聞いて尚、俺たちのために動いてくれたんだろ?」

「私も、今だって、すっかり割り切ったわけじゃない。

 けど、今の気持ちを大事にすると決めたの。だから、迷わずここに来られた」

「そうか」

「うん」

「ありがとう」

駆け足になりました。

次回で最終話です。よろしくお願いします。

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