19話 告白
初めての連載作品です。
15歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。
呼吸を整えて、もう一度、時雨に呼びかける。
「負けないから」
「……」
返答はない。
けれど、ゆらりと時雨が立ち上がった。
その手に光が灯り、時雨の槍が現れる。
彼もまた、無言で槍を構える。
静寂が広がり、お互いの足がジリジリと動く。
時雨の爪先にあった小石が、ジャリッと音を立てた瞬間、二人は動いた。
時雨は突き上げるようにして、槍と共に突進する。
駆け出した瑞月はその動きを止めず、皮一枚の感覚で槍を左脇腹外側へ逃す。
左手を槍に沿わせるように流れるように動かし、そのまま掌底で時雨の体幹を突く。
時雨は大きく身体を横へ逸らして躱し、その勢いを反動に、瑞月の脇腹に槍を叩き込む。
瑞月は身体をねじ切りながら飛び上がり、後ろ髪の先端を切られつつも、槍を躱した。
そしてバク転しながら距離をとる。
一瞬の攻防だが、瑞月は深呼吸する。
嫌な汗をかいている。
時雨の繊細かつ高速の槍捌きは、その速さだけを残し、以前よりも荒々しくなっている。
そしてその分、破壊力がある。
事実、最後に躱した槍には魔力が込められており、躱す前に瑞月がいた場所で爆風が起こり、そのせいで謁見室が半壊している。
壁に大穴が空き、外の真っ黒な夜と真っ白な月明かりが顔を出していた。
速さはかつてのままなのだから、タチが悪い。
そんな攻撃の強さを目の当たりにし、時雨から一瞬目を離した瞬間、気づけば一瞬で時雨に距離を詰められていた。
口と口が重なってしまいそうなほどの距離。
息が止まりそうで、瑞月は目を見開く。
驚き僅かに固まった瑞月めがけて、槍が振るわれる。
次こそ脇に直撃し、瑞月は吹き飛んだ。
土煙をあげて、謁見室の一角へと転がり倒れる。
そして、謁見室に静寂が訪れた。
槍を手に、瑞月の倒れた場所へ時雨が歩み寄ってくるのが感じられる。
――内臓まで傷ついてるわね。
先程の槍の一撃で腹部に激痛を感じる。
アドレナリンが出ていてこの状態なのだ。
かなりの損傷と見て間違いない。
魔力で出来得る限り治癒、損傷のコントロールを図るが、早く公社に戻って適切な治療を受けなければ命に関わる。
これまでのこのような危険な戦いでは、精霊がそばにいて、命に別状無い程度に治療、保護をしてくれていた。番組制作継続のためなのかもしれないが、人の生き死に興味のない視聴者側への配慮ではなく、スタッフでありヘリー達の良心的な気遣いからだろう。その有り難みを、今、痛感する。
そんなことを頭の片隅で考えながら、瑞月は身体にムチを打って飛び出す。
わずかに時雨は動揺したが、すぐさま高速の連続突きを放つ。
瑞月はギリギリでそれを躱し、篭手に加えて身体強化を付与した腕で、槍の穂先を弾く。
空いた時雨の体幹に拳をラッシュで浴びせる。
が、直ぐに槍を振るわれ、距離を取られた。
数撃はボディに当たったと思う。
しかし時雨は、相変わらず光のない瞳で無表情だった。
手応えが無い様子に、悔しさを感じる。
普段の時雨も攻守共に隙がない。
だが、その強さが段違いになったように見えた。
攻撃という刺激で時雨の洗脳を解こうと思っていたが、攻撃を受けているばかりで、洗脳が緩まっている気配は無い。
――どうする。
このまま上手く攻撃が当たり続けたとして、時雨の意識が呼び戻される保証は無い。
洗脳や催眠を解く方法は色々ある。出発前に、ヘリーが教えてくれた。
基本的には外界からの刺激だ。攻撃も物理的な刺激の一つ。
声をかけることは最初にやったが、あまり効果がなかった。
相手にとって洗脳を解くに足る、衝撃的な刺激が必要になってくる。
ほとんど自我さえ失っている状況。記憶を呼び覚ますような刺激が必要だ。
瑞月はここに来る前から、ヘリーに詰め寄り、予定通りに事が運んでいれば時雨は洗脳されていると教えられた。
だから道中、どうやってその洗脳を解けば良いのか考えていた。
だって、これはそういう風に仕立て上げられた物語だ。
ヘリーは、精霊が絶望や悲しみは特に大事な栄養素だとする一方で、物語にはハッピーエンドが必要だとも言っていた。物語のハッピーエンドを精霊達皆が求めているかはわからない。だが、少なくとも、瑞月達の物語を仕組んでいるヘリーはハッピーエンドを望んでいるはずだ。出発前にヒントもくれた。たとえ、この状況であっても、一発逆転の何かを用意しているはずだ。
――記憶を呼び覚ますような、強烈な刺激。
五感を使う刺激。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。
視覚はダメだった。
聴覚はまだ可能性がある。
嗅覚や味覚に作用するモノは持ってない。
触覚は攻撃でダメでも、まだ不知火くんにまともに触れもしてない状況で諦めるのは早い気がする。
ここに来るまでに、依子に発破をかけられた。
そして、物語の王道について、道中ずっと考えていた。
何でもやらなくては、時雨は取り戻せない。
一定の間合いを取り、お互い動きの読み合いで、膠着状態になっている。
瑞月は動かない時雨に声をかけた。
「不知火くん。私、君には早く、地球に戻ってきて欲しい。
この前、ストリートピアノ見てたよね。
私、本当は不知火くんのピアノまた聴きたい。あの時は言えなかった。
あの時、悩んでたよね。いつかみたいに、話を聞かせてよ。
また君のドビュッシーを聴かせて。
君の好きなアラベスクも、ベルガマスク組曲も、もうずっと聴いてない。
君の将来の夢も、ちゃんと聞いてない。
このままじゃ、終われない」
ドビュッシーという言葉に、目が少し動いた。
――やっぱり、好きなんだ。
彼のピアノへの真摯さを、こんな形で再認識させられるなんて。
何だか、嫉妬さえしてしまう。
悔しいような、嬉しいような、歯がゆい気持ちを、唇を噛んで誤魔化す。
「ピアノのこともそう。まだ話したいことたくさんある。
それに、私、怒ってるから。
萌音のために、全部一人で背負い込もうとしてる。
そんなの絶対許さない。
私達の未来は、誰にも決められてないし、私達の気持ちは、誰にも作られてない。
お膳立てだって、全部利用して、私達は幸せにならなきゃいけないの。
一人だけ、不幸になって、周りを幸せにしようなんて、愚かすぎ。
不知火くんが、不幸を被ったら、私達誰も、幸せになんてなれない」
槍を持つ手が、僅かに動いた。
――ちゃんと、言葉は届いている。
なら、最後に、ちゃんと言うことは言っておこう。
「私、君に言いたいことがあって、ここまで来たんだ」
この距離で言っても、彼には届かないかもしれない。
ならば、ちゃんと耳に届くように、近づいて、ビックリさせて、そうして、
――余所見なんてさせないで、言ってやるんだ。
そんな思いが、瑞月を動かす。
ひとつ深呼吸すると、攻撃の姿勢を崩し、伏し目がちに、瑞月は時雨に向かって歩き出した。
これまでの攻撃とは全く異なる、単調に、ただ真っ直ぐに近づいてくる瑞月に、時雨はたじろぐ。
洗脳されていても、驚く感情は残っているようだ。
けれどすぐさま無表情に戻り、槍を持ち直し、瑞月を差し貫こうと構える。
刃先が瑞月へブレることなく向けられていても、瑞月は立ち止まらない。
ただ真っ直ぐに、歩く。
そこに敵意や殺気はない。
そして、槍の刃先が胸元に当たる僅か紙一枚程の間合いで、瑞月は伏せていた目を上げた。
そこには、ちょっと勝気な、けれど親しみを込めた笑顔しかなかった。
その笑顔を目の当たりにして、時雨の手が僅かにブレた。
その隙を、瑞月は見逃さない。
クルリと反転して、踊るように槍を躱す。
ガラ空きの身体を、瑞月はギュッと抱きしめた。
「時雨くん、好きです。私と付き合ってください」
私事でバタバタし、連載止まっておりました。
今週中に完結します。
短い間ですが、お付き合いいただけますと幸いです。




