18話 テンプレ
初めての連載作品です。
15歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。
時雨の気配を辿り、進んでいくと、階段が現れ、上っていけば、下りになり、下ったと思えば上りになり、そうこうしているうちに、騙し絵のような階段だけの空間に迷い込んでいた。
時雨の気配はあたり全体に漂い、方向性が定まらない。
魔人の張った罠だろう。時雨は近いのに、たどり着けない。
魔人だけでなく、この展開に関しては精霊たちも関わっている可能性が高い。
元を正せば、一応瑞月の創造主にはなるのだろうが、このもどかしさ、絶望感に苦しむ姿を、精霊たちは楽しんでいるのだ。
――悪趣味。
果てしない道のりで、少し足が重くなる。
無限の階段で、終わりは無いのだと悟り、瑞月は足を止めた。
上下左右を見渡せど、空間にも終わりが見えない。
『終わりが無いなら、作れば良いのよ』
創造魔法を得意とする依子ならそう言うだろうし、実際そうするだろう。
だが、生憎と体術を強化、これに付与する魔法程度しか扱えない瑞月にはできない魔法だ。
魔人として戦っていた時も、自分自身の戦闘スタイルは今と大きく変わらない。
ゲートや魔獣召喚など、必要最低限の魔法は使えるが、基本的には肉弾戦+αの魔法しか行使しない。
信じられるのは己の肉体、それを育て上げた研鑽の日々のみ。
ならば、これも自分自身で乗り越えなくては。
一度、身体強化に充てていた魔力を解除し、全身を脱力させる。
目を閉じ、感覚を研ぎ澄まし、時雨の気配をもう一度、感覚の赴くままに辿っていく。
――不知火くんの魔力を感じる。薄く、どこまでも広がっているように感じられるけど、強弱あるような気がする。ううん。気のせいじゃない。強弱は確実にある。
時雨の気配が僅かに濃くなる地点を見つけ、ゆっくりと触れる。
そこから、より深く、濃い気配を辿る。
そこに居るようで、居ない。
本当の時雨を探す。
誤魔化されて、見つからないように、必死で逃げ回っている。
時雨がそんなことをしているように感じられた。
勝手な思い込みかもしれない。けれど、時雨は瑞月から逃げている気がする。
まるで『会いたくない』とでも言いたげに。
全て瑞月の妄想だが、逃げ惑う気配は確実にある。
それが、無性に腹立たしい。
――会いに来た友達に、その態度は何よ。
自分の行いを悔いていないなら、堂々としていれば良いのだ。
――ふわふわしてないで、はっきりしなさいよ!
グッと力を込めた瞬間、すり抜けていた時雨の気配を確実に掴み取った。
目を見開いて、すかさず掴み上げる。
その瞬間、空間が砕け、無限の世界はガラス片のように散っていった。
瑞月の手の中には、時雨の腕輪があった。
「これ……」
そして、景色は階段だらけの世界から玉座の間に変わっていた。
腕輪も気づけば無くなっている。階段と同じ、ある種の幻影だったのだろう。
玉座の間の足元に広がる、広いダンスホールの中央に、瑞月は立っていた。
ダンスホールから玉座へは階段が数段続き、その一番上に、大きな玉座があった。
その玉座に、見たことのない黒い衣装を身につけ、時雨が座っていた。
茨の冠は白い時雨の髪に巻き付いて痛々しい。
目は虚ろで、瑞月を捉えることはなく、そこにいるのは本来の時雨ではないと直ぐにわかった。
「不知火くん」
それでも、問いかけてみる。
「……」
返答はない。
「不知火くん!」
「……」
時雨は微動だにしない。
そして時雨の代わりに答える声がした。
「彼の意識には眠ってもらっています。
その方が力を行使しやすい。
時雨くんも了承したことです」
時雨の口は動かない。けれど、時雨から声がする。
「乗っ取って、操ってる中の魔人が、何を言っても信じられないわ」
瑞月は吐き捨てるように言った。
「眠ってもらっているとは言うものの、我らは最早、一心同体なんです。
内が時雨くん、外が私、と言えば良いでしょうか」
要は時雨の身体を魔人の首魁が奪ったのだ。
時雨が本当にどこまで納得してそうなったのか、心底怪しい。
少なくとも、魔人に有利なように暗示がかかっている。
「言葉遊びはどうでも良いの。
不知火くんを取り込んで、あなたは目的を達成したの?」
「取り込むとは、中々人聞きの悪い物言いで。
ですが、はい。時雨くんの協力のお陰様で、内乱は瞬く間に収まりました。
感謝申し上げます」
そんなに早く収まる内乱なら、時雨の力は本当に必要だったのか疑問だ。
法月たちによれば、この魔人の首魁は、精霊たちの予期しない形で暴走した魔人だということだった。
精霊たちの思惑を偶然知り、それを使って、魔法青少年をかき乱し、自分にとって有利な環境を作ろうとしているらしい。
だからこそ、首魁は時雨に真実を伝え、異界側に引き寄せたということだが、いつかの時点で精霊による『修正と調整』はあったとみて間違いないだろう。
もしかしたら、時雨を呼び込んだ方便の内乱も、精霊たちによって仕組まれている可能性すらある。
それは瑞月の知るところではないが、どちらにしたってやることは同じだ。
「ならもう、不知火くんは解放したっていいでしょ」
「いえいえ、収まっても抑止力はまだ必要です。
まだ暫くはここにいていただかないと」
「しばらくって、いつまでよ?」
苛立ちを含む瑞月の声音に、魔人はおどけたように応える。
「それは、情勢を見ないことにはなんとも」
「そうやって誤魔化して丸め込むのが魔人の常套手段なのは、私が一番良く知ってる」
これ以上の問答は無意味だ。
瑞月はゆっくりと攻撃の構えを取った。
時雨を救うために時雨と戦う。
お涙頂戴、よくあるテンプレ。
だけど、精霊受けは良いのだろう。
「あなたも災難よね。内乱も、不知火くんとの合体も、望んだことじゃないだろうに。
仕組まれて踊らされてる事には流石に同情するわ」
含みを持たせて瑞月は呟いた。
「……」
『誰も』何も答えない。
どうせ、番組には不適切な表現として、編集、削除されるだろう。
それが分かっているのか、調整された結果、反応しないようになっているのか、定かではない。
それも、瑞月にはどうでも良いことだった。ただ、結果のみが重要だった。
「どうせ私も今回の事を利用する身なの。
別に恨みはしないわ。
でも、これまでのことを許せるわけでもない。
それだけは言っておく」
――だから、私も踊らされてやる。
返事のない時雨に、瑞月は問いかけた。
「不知火くんと戦うの、2回目だね。
あの時手加減されて、本当にイラッとした。
お陰であと一歩の所まで君を追い詰められた訳だけど。
あの時と立場が逆転した。
でも私、手加減しないから。
君に言わなきゃいけないことがあるんだ」
魔人の手先だった頃、時雨に心を何度もかき乱され、怒り狂って、時雨と戦った事がある。
その後、主に頼み、自ら進んで洗脳を強くしてもらった。
戦いになったのは、時雨の奏でるピアノを聴かされた時だった。
魔法青少年の手の内を探ろうと人間として近づいたが、流れに身を任せるうちに、時雨のピアノに対する悩みを聞かされ、そのままピアノを聴く羽目になった。
ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」。
時雨の弾くピアノは、心をざわつかせた。
彼の苦悩が、まるで自分のことのように感じられる、そんな演奏だった。
あの時は、ピアノを弾き続けることが本当に正しいことなのか、時雨は悩んでいた。
もしかすると、また同じことを、今も悩んでいるのかもしれない。
あの時は、あの演奏を聴いて、彼の助けになりたいと思ってしまった。
ピアノや、そのきっかけになった家族への哀愁。好きなのに、好きでい続けられないかもしれない恐怖。
そういった事が歩みを鈍らせるのだと、時雨はピアノで語って聴かせた。
曲を聴いて、動けなくなってしまった瑞月をよそに、哀しげに笑う時雨は、今度はもう一曲『語って』聴かせた。
ドビュッシー「アラベスク」。
瑞月はその時、悩んでなどいなかった。自分の生き様に、悩みなど不要だと判断していた。
けれど、時雨は、それが虚勢で、人間と魔人の間で苦悩している、自分でさえも気付いていなかった本心を見抜いていた。
瑞月の正体を知った上で、時雨は瑞月と話すことを選んでいた。
そして、時雨は曲を弾き終えて、『君に似合うと思った』と宣った。
それを、瑞月はすぐに肯定することができず、時雨に重ねて言われた『自分のことをどんな風に思っているのか知らないが、アンタはちゃんと人間だ』という言葉に、激昂した。
そのまま、戦いになったが、時雨は本気を出さず、瑞月はあと一歩のところまで彼を追い詰めた。その時は、萌音達が乱入し、とどめを刺すことはできなかった。
程なくして、萌音によって洗脳を解除され、時雨と戦うことは二度とないと思っていたが、こうして再戦の時が来てしまった。
――私と不知火くんの物語がテンプレ王道だとしたら、結末だって、きっと私に味方してくれるはず。
できるだけ毎日連載の予定です。
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