16話 突入
初めての連載作品です。
15歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。
瑞月はヘリーと法月と共に、公社ビルの最下層に来ていた。
前回、時雨とここに来て、ヘリーと契約して以来だ。
あの時のメンバーの中で、今は、時雨だけがいない。
「ヘリー、ここで異界へのゲートを開いても構わない?」
「僕の預かり知らぬところで開かれるよりはマシだよ」
ヘリーは、瑞月が強引にでもゲートを開くと宣言したことに対しては、諦めた様子だった。
ヘリーの困り顔をよそに、瑞月は、魔人としてゲートを作って地球へ魔獣を送り込んでいた頃を思い出し、魔法陣を描いていく。
ポタポタと自分の血液を垂らしながらその血を擦って描くため、かなりの重労働だ。
しばらく鉄剤生活だし、帰還したらヘリーたちに頼んで、増血剤も点滴してもらわなければ。
描きながら、瑞月はヘリーに尋ねた。
「ところで、どうしてゲートを作ることが番組制作の意図に合わないの?
やってまずいことでもある訳?」
「ゲートを作る事じゃなく、時雨が魔人と同化して敵として現れるという流れを作っているんだ。
時雨が意図した、というより魔人がそのように誘導しているんだけどね。
だから、今ゲートで乗り込んだ時に、時雨が明確に敵となって現れるか定かじゃ無いのさ。
番組スタッフとして、盛り上がるポイントはなんとしても上手く調整しないといけなくてね。
ま、こうなってしまっては、瑞月の好きなようにするのが一番さ。
早ければ、君たちが突入した頃には、同化が終わっているだろう」
ゲートを開くことをもう止めないのは、番組制作の進行におそらく問題ないと踏んだからだ。
「ムカつく話ね。不知火くんを犠牲にするなんて。
あと、今って精霊たちは私を見てるの?」
そういえば、モニタリングされているんだったと瑞月は思い出した。
ヘリーは首を横に振る。
「モニタリングしているといっても、こちらで編集してからの放映だから、番組制作の上で都合の悪い文言は削除しているよ。君は心置きなく語ると良い。
君が黙っていてくれるなら、瑞月がモニタリングの事実を知らない体で番組を制作するつもりだ」
「編集された番組で栄養素が取れるってのもなんだか変な話だけど。
ていうか見るだけで、栄養って摂取できるものなの?」
「君たちの常識では測れない物事が精霊界にはあると言うことだよ。
感動したり、興奮したりする映画をみると、人間も身体から感情のエネルギーが沸き立つのを感じるだろう?あれは君たち魔法青少年の魔力になるものだ。そして、僕らにとっては、生命活動に使用するエネルギーでもある。
見る、と言うことはそれだけで非常に有用な栄養補給なんだよ」
「そう。まあ、私には関係ない事だけど」
――口に出して見ると、本当に関係ないと、心から思ってしまう。
父を生み出したのも、瑞月自身を登場人物に仕立てたのも、精霊たちの欲望と栄養摂取のためなのだ。
だが、事実を知った直後ほどの怒りが湧いてこない。
眼の前に対峙する精霊が、なんだかんだ魔法青少年を思いやってくれているヘリーだということも大きい。
何より、辛く苦しい記憶は乗り越えてしまった後だし、事実、精霊たちの構築したシステムがなければ瑞月は生まれてくることはなく、今こうして生きて、時雨に恋をするという事もなかった。
本当はもう少し怒りをあらわにするべきなんだろうが、それよりも、瑞月にとっては時雨の帰還が至上命題だった。
そういう雑談をしながらも、ゲートを開くための魔法陣は完成していく。
貧血で少しクラクラするが、このまま異界へ突入するのだと、気を引き締める。
この魔法陣の便利なところは、一度知った魔力の波長を辿って、その魔力の近くにゲートを開くことができる、という点だ。
魔力の痕跡あるいは魔力そのものを隠蔽する魔法を使っていると、使用できないのが難点だ。
完成した魔法陣に手を当てて、更に魔力を流していく。
魔法少女としての瑞月は身体強化にほぼ特化した魔法しか使用しておらず、せいぜい魔力の塊を自然現象に変換する魔法を投げつける程度だ。
けれど、時間はかかるが、魔人としての魔法であれば、色々と便利なことができる。
「……彼の者の寄る辺を示せ」
唱え終わると、異界の地図が球状に浮かび上がり、一点が赤く光る。
赤い点を中心に地図が拡大し、目的地が示される。
「城郭っぽいのね」
地図でぼんやりと示された外形から地形情報を読み取る。
時雨に会うまでに多数の戦闘が予想された。
瑞月は、魔法少女の防御服にそっと触れた。
血塗れもあり得るだろう。
時雨に出会うまでにそうなるのは、なんとなく嫌だなと思う。
「君は、萌音や時雨のように、自らの境遇について、もっと嘆いたり、怒ったりするものだと思っていたよ」
法月が瑞月の背中越しに声をかけた。
「ヘリーに攻撃していたのを見ていなかったの?」
法月の言葉に、瑞月は冷たく返した。
「見ていたとも。止めたでしょう?
ただ、あれで収まった事が意外だったから。
いくら、萌音ほど熱くなりにくいタイプだとしても、時雨の方がよほどあなたより冷めているから」
「萌音を追い詰めた事実が、不知火くんを怒らせたんじゃ無いかしら。
私は、両親の事も、自分自身が操られている事も、かなり怒っているつもりよ。
必要以上に嘆いたり、喚いたりしないのは、公社や精霊たちに間違いなく助けられているという事実、貴方達が私を生み出したから、私はこうして何かを思い悩み、生きていられる。そのこと自体を憎んだりはしない」
すぐに冷静になれなくても、落ち着いて考えれば、そのように思える。
そして、萌音が自分を傷つけた理由もなんとなく分かる。
「きっと萌音は、私たちのリーダーであると同時に、私たちという物語の主人公として設定されているのでしょう?
そしてそれが、魔人を伝ってバレた。
萌音のような子なら、萌音のせいで、他の魔法青少年や魔人達が戦いに巻き込まれたと自責するはずよ。
それに耐えられなかったんじゃないかしら」
「そういう見方もあるわね」
「憶測だけどね。でも、もしそうなら尚更、萌音を目覚めさせないといけない」
「何故?」
「あの子が気に病む必要なんてどこにもない。あの子は、あの子自身の気持ちでちゃんとここまで戦ってきたのだと、私たちが説明してあげないといけない」
「中々乱暴なやり方だね」
「そうやって、ここまで私たち、やってきたもの」
瑞月は、自分の血で作った魔法陣にそっと触れ、その手でグッと拳を作った。
「行ってくる」
魔法陣に十分魔力が浸透するまで待って、呪文を唱えようとした時、後ろから声がした。
「一人で行くなんて、聞いてないわね」
「時雨を一人で行かせた以上、瑞月までそんなことにはさせられないな」
依子と碧斗が防御服を纏い立っていた。
こういうお約束の展開は、間違いなく精霊たちの企てだろう。
先ほどのやりとりは聞かれていないのだろうかと、法月をチラリと見る。
小さく頷く彼女の雰囲気から察するに、依子たちには聞こえないように手配してあったようだ。
同時に、依子たちに、精霊たちの行いについて知らされていないと分かる。
今の時点では二人に知らせて、余計な混乱を招くのは愚策だろう。
瑞月の我儘に二人を巻き込みたくはなかったが、いてくれるのは正直心強かった。
「来るなって言ってもついてきそうだから黙っていたのに。全く。
でも、来てくれて、ありがと」
そうやって微笑む瑞月に、二人は目を丸くした。
「素直な瑞月は、なんだか珍しいな」
「そうね。まあ、時雨の命がかかっているのだから、そういうこともあるのかもね」
二人の反応にちょっとムッとしながら、二人を魔法陣の上に立たせた。
「どんな場所にゲートが開くかわからないわよ。
開いた瞬間攻撃が降ってくることだってあり得るんだから、気を引き締めて」
少し唇を尖らせる瑞月に、二人は苦笑しつつ頷いた。
「それじゃあ、いきましょうか」
そう言って、瑞月は詠唱を開始した。
「……繋ぎ、円環の交わりに、我らを導け」
魔法陣と宙に浮いていた地図が強く光り輝き、3人を飲み込んだ。
できるだけ毎日連載の予定です。
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