14話 真実
初めての連載作品です。
出血などの描写が出てきます。
15歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。
「急がなくて、良いの?」
「萌音の身体は少なくとも2週間以上猶予がある。精霊達がそう診断してると連絡があったわ。
だったら、異界へ乗り込むために、ベストなコンディションで臨まなきゃ。
まずは、心身を回復させることが優先よ。あなた、風邪を引きやすいんだから、ちゃんと温まらないと」
依子はそう言って、先日訪れたエステに、瑞月を再度連行した。
ゲートを開くとなると、色々な準備がいる。
かつて魔人側だった頃は、ゲートを勝手に行き来しても、さして問題にならなかったが、今回は敵として忍び込む手段として使用するため、魔人達にバレないように作成する必要もある。
最終決戦でも同様の方法を使った時は、隠蔽の式を織り交ぜて出現させたゲートにも関わらず、異界に突入した瞬間から夥しい数の敵が待ち構え、首魁の元に辿り着くまでに、かなりの重傷を負った。
今回も同様のことが起こると予想される以上、隠蔽の式を追加、修正したり、複数回に渡ると予想される戦闘に備え、武器、回復薬の準備、ゲートを作成することに対して魔法公社との交渉とやることが多い。
前回の捨て身作戦と違い、今回は、萌音、時雨、そして瑞月自身が無事であることが勝利条件だ。
そして、魔人の頃や、異界側の組織から足を洗った直後とは違い、身体が人間に傾きすぎている。
異界とのパスを繋ぐ素材は自分自身だが、人間に寄り過ぎているため以前よりも多くの魔力を必要とすること、気力も体力も充実させていることが必須だ。
念には念を入れた準備が必要だし、けれどもなるべく早く時雨の元に辿り着きたい。
そんな焦る気持ちが見抜かれたのか、瑞月は依子プロデュースの元、エステで徹底的に磨かれ、癒されていた。
ボロボロの身体では、向かう先の敵と戦っても、苦労するばかりだろう。
それでも焦ってしまう瑞月を引き止めるには、依子のような強情さが必要だった。
そんな依子の細やかな配慮が身体に染みる。
薬湯に浸かり、爽やかなレモン水で水分補給しつつ、全身をくまなくマッサージされ、最後は全身パック。
エステ中は爆睡だった。
お陰で、泣き腫らしてパンパンに浮腫んだ顔も、スッキリしている。
「いつもありがとう、依子」
体調もすっかり回復し、身体が軽く感じるほどになった瑞月は、メイクルームのフカフカの椅子に座らされていた。
その後ろで、色々な道具を検分し並べていた依子は薄く微笑んだ。
「これから、愛の告白をしに行く友人へのせめてものエールよ。遠慮しないで受け取ってちょうだい」
なんとも不思議な単語が聞こえる。
「あ、愛の告白?え、私の話?」
当然、と依子は大きく頷く。
「異界に乗り込んで、連れ戻しに行くんでしょう?じゃあ、もうそこまでするなら、告白しちゃいなさいよ、まどろっこしい」
瑞月は絶句し、言葉が続かない。
「スッキリしたんだから、最後はメイクね。やってあげる。
これが終わったら、魔法公社に行って、ゲートを開く段取りをつけるわよ」
「私、告白なんて、するつもりは」
「そこまで行く時点で、半分『好きだ』と言っているようなものだけどね。
まあ、あの朴念仁には通じないだろうけど。
とにかく、好きにすれば良いわ。
でも、時雨に再会した時、自分がどうしたいのか考えてみなさい」
瑞月の返答を待たず、依子は瑞月にメイクを施していく。
薄くファンデーションを塗り、魔法少女の衣装にも映えるクッキリとしたアイライン、少しだけ背伸びしたアイシャドウ、眉はクールさを強調して。
リップは鮮やかなレッドを。チークは艶やかさを意識しつつ、薄づきに。
「髪も弄りたいところだけど、変身すると、勝手に髪型変わるしね」
いつもより少しだけ背伸びしたメイクは、瑞月を一足先に大人に見せる。
「気づかないうちに綺麗になると、男はコロッと落ちるものなのよ」
「依子、何歳?というか、男の子をそんなふうに弄んでるの?」
なんだか怖くなって尋ねると、依子はケラケラと笑った。
「今も昔もこれからも、私は萌音一筋よ。これは母からの受け売り」
よく見ると、依子も何だかまだ目が赤い。
萌音が自分自身を傷つけたこと、その理由、止められなかった事実。全てに、依子は罪悪感を抱いている。
瑞月に構うことで、なるべく早く思い詰めないようにしているのだと思う。
死に向かって突き進もうとした萌音を、治療して引き戻そうとしているのだ。萌音を愛していても、萌音の意志に反する行為をしている。依子はその矛盾と戦っている。
瑞月は依子に何も尋ねることはなかった。
そしてメイクという武装を身に纏って、瑞月は依子と共に魔法公社へと向かった。
「時雨は異界に向かったのね」
瑞月は目の前で起こったことを、法月に報告した。
依子は碧斗と合流し、今後の計画を練るため別行動だ。
法月の執務室で、瑞月は時雨が萌音を助けるためにとった行動について説明する。
その上で、時雨を奪還しなければ萌音を救えない可能性があること、そのためにゲートを開けることについて進言した。
「自分の意志で異界へ行ったのなら、奪還はかなり難しい可能性があるわね」
「魔人本人が、少なからず暗示をかけたと言っていた。それに、不知火くんが異界に行ったままでは、萌音を救う方法を確実に地球に持ち帰ることができるのか、不透明だわ。不知火くんが異界に残るかどうかは分からないけど、萌音を救う手掛かりは、確実に得る必要がある」
嘘ではないが、本心ではない。
時雨も必ず、取り戻すつもりだ。
「どんな状況であれ、どれほどの必要性に迫られても、君が魔人として力を使用することに懐疑的な者が多いのが現状だ。
実際、君が魔法少女に戻ったことに関しても、今からでも剥奪すべきという意見さえ根強い。
いつ、君が敵になるか分からない。それを恐れている」
「これで処分を受けるなら、私は、それを受け入れてでもゲートを開くわ。
ゲートを開くより先に処理されるのなら、逃げるつもり」
「怖いことを大っぴらに言うもんじゃないよ。私だって君が処分されるような事態はなるべく避けたいと思っているのよ」
「私のことは、後でどうにかして。
もう、待たない。ゲートは開かせてもらうわ」
「落ち着きなさい、瑞月。ゆくゆくはゲートを開くことになるだろう。けれど、何も今すぐに行動に移す必要はない。
萌音も時雨も大事な存在だ。
だが、物事には手順がある。
こちらでも審議にかけた上で、判断させてもらう。
少なくとも、今すぐ、今日中にというのは無理だ。
数日は猶予があるはずだから、少しだけ待ってほしい」
――なんか、変だ。
いつもなら、明朗快活、迅速果断、魔法青少年達より勇足の法月が、お役所仕事の態度なのはこれまで見たことながない。
『大人として、子供を守るのが仕事だ。君たちに戦うことを強いているという矛盾の中で、できうる限り、戦い以外からの横槍からは、私が守ってみせる』
そうやって、いつも瑞月達を余計なしがらみから守ってくれていた。
そんな人が、ここに来て、まさにそのしがらみを盾に、行動を渋っている。
おかしい。
「でも……」
瑞月が食い下がろうとした時、執務室の扉が開いた。
「わがままはいけないよ、瑞月」
「ヘリー」
ふわりふわりと宙を漂いながら、ヘリーが執務室の中に入ってくる。そのまま、綿毛が舞い落ちるように法月の机の上に降り立った。
机の前に立つ瑞月を見上げて言う。
「君はもう、子供じゃない。煩雑で無意味に思える手順にも、そうしなければならない理由がある。
どんなに急いでいても、その手順を怠ると、結果として痛い目に遭う。
萌音や時雨を思うなら、尚のこと、焦ってはいけないよ」
――子供じゃない。そう言われたら、そうだけど。
高校生は、子供じゃない。でも大人でもない。
子供じゃないというのは、いわゆる魔法青少年として下り坂になってきていることを指してもいる。思春期特有の感情の発露が魔力の爆発につながっているからこそ、大人に近づいている高校生は、中学生に比べると、魔力は少なくなる傾向にあるのだという。
けれど、我儘で、自分勝手で、何にも縛られたくないという子供の気持ちと、物事には限界があって、どこかが見切りをつける必要があるのだという大人の気持ちが葛藤を生む。それが、高校生という年代だと瑞月は感じていた。
そして今は、見切りをつけるタイミングではない。まだ、我儘に、自分勝手に、思いをぶつけにいく時だ。
頭の片隅で、その暴走は間違っているんじゃないか、と声がする。大人達の言うことの方が、正しいんじゃないかと囁かれている気がする。
同時に、ヘリーと法月への違和感を強烈に感じる。
かつて瑞月たちは、若者らしく、時折暴走することがあった。けれど、それを上手く軌道修正したり、こっぴどく叱ったりしてくれたのは、この二人だ。
でも、こんな風にはぐらかしてくることはなかった。
「焦るよ。だって、大切な二人のことだから。
ねえ、結局ゲートを開くことになるなら、今すぐではダメなの?
今までは、この前は、そんな手順なんて飛ばしてやっていたじゃない。
手順が必要なら、その理由まで説明してもらわないとわからない」
そうして、じっと二人を見つめるが、薄く笑うばかりで、返事がない。
「大人として扱ってくれるなら、せめて、ちゃんと理由を……」
すると、法月は引き出しから煙草を取り出し、火をつけて一服し始めた。
どう答えようかと、思案しているらしい。
ねっとりとした時間の流れの中、法月は眼鏡を外し、ため息をついた。
「まあ、君を大人として扱うなら、理由くらい教えようか」
大人の代表である彼女は、その出で立ちこそ大人然としていたが、振る舞いはいつも子供っぽいところのある人だと思っていた。けれど、眼鏡を外し、煙草をくゆらせる彼女は、どう見ても大人で、瑞月の知らない顔をしていた。
「ヘリー、いいかい?」
尋ねられたヘリーは、やや困ったように笑い、やれやれと首を振った。
「契約違反だよ。全く君は昔から、そういうことを平気で言うんだ。
揉み消すこっちの身にもなって欲しい」
穏やかに語るヘリーの言葉に、瑞月はどうしても不穏な色を感じた。
「理由、理由ねえ」
法月は、吸い殻を灰皿に落とす。
髪を掻き上げて現れた瞳に、いつもの眠たげな表情はなく、瑞月を鋭く見据えていた。
――値踏みされているみたいだ。
急に空気が重たくなったようで息が詰まりそうだ。
法月の強い視線に負けまいと、睨み返す。
すると、法月は一度視線を外し、そしてもう一度、瑞月を見つめた。
「そういう脚本はないからだよ、瑞月」
そう言って、法月は薄く笑った。
できるだけ毎日連載の予定です。
駆け足でストーリーは進みます。
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