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13話 慟哭

初めての連載作品です。

出血などの描写が今後出てきます。

自傷の描写も今後出てくるので、15歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。

 時雨と魔人の消えた神社は、異界と交わる独特な空気も共に消え去り、静寂だけが残った。


 今まで、聞きたくて、でも、怖くて、逃げて、逃げて、逃げ続けてきた回答が、ポンッと目の前に最悪の形で提示された。


 ――必要、無かったんだ、私。


 時雨にとって、必要が無いと、バッサリと断ち切られた。

 初恋は、とっくに諦めていたつもりだったのに、でも結局諦められないでいた。そして、またこうやって勝手に目の前に現れて、勝手に去っていく。

 なんて残酷なんだろう。

 元々、自分という特殊な存在は、疎まれこそすれ、人から必要とされる事は無いと思っていた。ただ、保護すべき存在だから生かされている。絶滅危惧種と同じ扱いだと感じていた。

 生きたいという自分の願いを、人権を守って叶えてくれていると分かっているからこそ、その扱いに対する水面下の感情面について、どう思われていようと感謝こそすれ、恨んだり怒ったりという感情は沸き起こらなかった。

 生きたいという希望を与えてくれたかつての仲間達に再会し、うっかり初恋を拗らせ、仲間とまた戦うことになり、勘違いしていた。自分は求められているのだと。本当の意味で、瑞月は必要とされていない。代替品のある、たまたまそこにあったから重宝されている存在に過ぎなかった。

 そう、思い始めると思考は止まらない。


 雲行きが怪しかった空から、いよいよ雨が降り出した。

 ジワジワと瑞月を濡らしていく雨は、勢いを徐々に増していき、身体を芯から冷やしていく。

 水浸しの靴は足を動かすたびに不愉快な感覚を伝え、まとわりつく服は、体温と気力を奪っていく。

 ただ、そこに立ち尽くすことが嫌になり、瑞月は街中を歩いた。

 周囲から訝しい視線を受けながら、傘もささずに歩いた。

 時雨とお茶を楽しんだカフェテラスは、雨で人の姿もなく、濡れぼそっている。

 二人で歩いた路地裏には水たまりができて、ペトリコールの嫌な匂いがした。

 駅前は雨宿りで人がまばらに立ち、時雨が触ることのなかったピアノは、しっかりと蓋が閉じられていた。

 公園のブランコは、雨で僅かに揺れていた。

 告白していたら、違ったのだろうか。

 ブランコに座って、時雨と過ごしたこの数ヶ月を思い出す。

 思い出すのは、涼やかな表情と、時々揶揄うような笑顔。あんな風に、拒絶の言葉を受けるなんて、思いもしなかった。

 自然と、目頭が熱くなって、ハラハラと涙が溢れるのを抑えることができない。


 みっともなく、情けなく、どうしようもなく、瑞月は声を上げて泣いた。泣き叫ぶ声は、雨に紛れて溶けていく。

 

 幾度となく他者からの言外の拒絶と立ち向かい、それでもただひたすらに生きたいという希望を叶えるためだけに、生きてきた。普通でいたいということも魔法少女でいるということも、全ては時雨への想いからであると同時に、生きたいと言う根源的な欲求のためだった。生きたいと願っても良いのだと手を差し伸べてくれた仲間は、その心の何処かに瑞月という存在を置いてくれていた。誰よりも冷たくて、熱い言葉をくれた時雨は、仲間の誰よりも瑞月を必要としてくれているのだと勘違いしていた。

 

 けれど事実、時雨は瑞月を拒絶した。不要と判断した。

 もう、誰からも必要とされない。生きていて良いのだと言ってくれる人はどこにもいない。

 抱きしめてくれる家族はいない。

 手を差し伸べ、引っ張っていく仲間はいなくなった。

 子供のように泣き叫んでも、頭を撫でてくれる人はどこにもいなかった。



「瑞月、落ち着いて」


 どれだけ泣いただろう。

 赤ちゃんでももう少し空気を読みそうなほど、馬鹿みたいに泣き続けていた瑞月を、ぎゅっと後ろから抱きしめる声がした。

 雨音に紛れてもはっきり聞こえる。優しくて、優しくて、どこまでも包み込むような声。

 聞き慣れた声が、どうしてここまで人を安心させるのだろうか。

 かけられた言葉に力が抜け、瑞月は泣き叫ぶのをやめた。

「依子」

 みっともなく鼻をすすって、抱きしめてくれている腕にそっと触れる。

「ん、わかった?なら、瑞月が落ち着くまで、もう少し抱きしめさせて」

 穏やかな声に、瑞月は身を委ねた。

 自然とえずきが止まり、涙もゆるやかに落ち着いた。

 それを確認した依子は、そっと抱きしめた両腕を解き、瑞月をくるりと振り向かせて、脇に置いていた傘をパッと開いた。

 依子らしい、レモンイエローの傘。

「目が真っ赤よ。体も冷たい。後で一回エステにいかないとね」

「ごめん、依子、私……」

「おバカね、ほんと。碌でもない男を好きになって、泣きじゃくるなんて、ほんとおバカ」

「碌でもないって……そんな言い方」

「碌でもないわよ。瑞月みたいな素敵な女の子を放り出して、どこかへ行く男なんて」

「不知火くんがどうなったか、知ってるの……?」

「知らないわ。あなたの気配を辿って、ここまで辿り着いたら、大号泣してるんだもの。

 時雨を追っていたあなたが一人で泣いてる状況なんて、理由は一つでしょ」

 全て見抜かれていることが恥ずかしくなり、瑞月は顔が熱くなっているのを感じた。

「でも、流石に細かいことは分からない。

 時雨はどこに消えたの?

 自分の意志で消えたの?」

 そう言われて、先程の光景がフラッシュバックする。

 嫌な汗が出るのを必死に気にしないようにする。

「不知火くんは、萌音を目覚めさせる方法を得る代わりに、魔人と異界へ行った。

 自分の意志で、選んだ、みたいだった」

 そうして一部始終を語って聞かせた。

「瑞月はついていかなかったの?」

 あなたなら、そうすることも厭わなかったでしょう?と問い尋ねる依子の瞳が真っ直ぐに瑞月を見ていた。

 刺さる視線が痛い。

「私は、断られた。必要ないんだって」

 必要ないのだと、自分で口にするほど、あぁ、嫌だなと思う。

 生きてて良いと思うために大事な理由がぽっかりと無くなった。そんな感覚。

 心が深い沼に落ちていく。

「それで、泣いていたと」

 問われて、瑞月はコクリと頷いた。

 また泣きそうになっているのが分かったのか、依子は困ったように言う。

「一度振られたくらいで、瑞月は諦めるの?」

 

 ――そんな簡単に。

 

「そんな簡単に言うけど、不知火くんは萌音のために行動してるの。それなのに、自分の方を向いてほしいなんて、そんな事言えるわけないでしょう」

 

 ――たとえ、不知火くんがいつもの彼に戻ったとしても、私に振り向いてくれる訳じゃない。


「どんな形であれ、不知火くんが情報を手に入れれば、萌音は助かる。

 私の気持ちより、私達の願いのほうが大事。

 不知火くんを追いかけた事が原因で、万が一にも萌音を救う方法を失ってしまったら……それこそ立ち直れない」

 偽らざる本心だった。

 好きという気持ちより、萌音を救うために最善の方法は何か考えたら、自然とその結論になった。

 けれど、依子は不満げに鼻を鳴らした。

「萌音も救って、時雨も助ける。両方ものにしてこそでしょう。萌音ならきっとそうする。違う?」

「萌音なら両方手に入れる選択をするし、あの子なら達成できる。だけど、私は、萌音みたいに欲張りに全部叶えられるほど強くない。その選択をする強さは、私にはない」

「泣きまくって、醜態を晒した挙げ句、まだ甘えるつもり?」

「甘えてるつもりはない。現実を正確に認識してるだけ」

 萌音を病院で見た時もそうだった。魔人の血の為せる技か、元々の性格か、瑞月は気持ちを俯瞰的に見て、理性でコントロールすることができた。だからこそ、現状の最善を選ぼうとしていた。感情のコントロールができないのは、いつだって、時雨が大きく絡む時だけだ。

「それが甘いと言ってるの」

「現実を受け入れることのどこが甘いのよ」

「だって私達、まだ女子高生でしょ。

 全部諦めるのは早すぎる」

 とんでもない理屈だ。

「人の命がかかってる時に、そんな理屈が通用するとでも思ってるの!?」

 怒りの滲んだ声で、瑞月は依子をなじった。

「じゃあ、現実的な視点をあげるわ。

 魔人との取引で異界にいった時雨が、地球に戻ることなく、どうやって萌音を救うために必要な物や知識をこちらに届けるつもりなのかしら。

 それこそ、時雨も瑞月も、魔人に騙されてるんじゃないの?」

 盲点だった。

 いや、考えるまでもなく当たり前のことだ。

 感情を俯瞰的に見ている、なんて、どこがだ。

 時雨が去っていったことでパニックになり、当然の疑問が抜けていた。

 依子は続ける。

「そうやって諦めたままだと、時雨だけじゃなく、結果として萌音まで失うことになるわよ。

 でも、最後に決めるのは瑞月、あなたよ」

 突き放されるような物言いに、瑞月は下唇を強く噛んだ。

「……依子は、どうするつもりなの」

「私は、あなたの助けなしには異界へ行く術がない。基本的に、できることは萌音を救う手段の地道な調査しかないわ。

 精霊達も色々と調べ続けていることだし、その手助けかしらね」

「青葉くんは、今どうしてるの」

「今、私が言った精霊の手伝いよ。実験に協力してる感じ。まあ、かなり地道な作業ね」

「そんな方法、いつになったら萌音を助けられるか、わからないじゃない」

「ええ、でも、時雨と魔人との交渉がどうなるか分からない以上、手をこまねいている訳にはいかないの。

 私達だって、時雨と一緒に行けるものなら行きたかった。でも、彼だけが選ばれた。

 どちらにしても、魔人の手引きなしに異界に行くことはできないのだから、私達にできることはそれだけよ」

 依子は分かっていてこの問答をしている。

 言葉にしなくても、これは立派な脅迫だ。

「私が、異界へのゲートを開けば、良いのね」

 半分魔人の血が流れている瑞月ならば、かつて魔人として異界側の敵だった瑞月ならば、下準備は大変だが、ゲートの召喚自体は可能だ。

「どうして、今になってこの方法を提案してきたの?

 もっと前の段階で私に依頼することもできたでしょう」

「あなたの魔人としての立場を利用するということは、この世界での、今のあなたの立場を危うくする行為だった。瑞月自身がゲートの話を出さなかったのだってそういうことでしょ?別に責めてないわよ。

 他の手段があるのに、ゲートを開けさせようとは思わない。

 だって、私達、友達だもの」

 友達。

 黙っていたことを薄情だと言わないどころか、友人だと言ってくれた。

 依子にそう思われていたことが嬉しくて、表情に現れてしまいそうで、瑞月は俯いて顔を隠した。

「今は状況が変わった。能動的に異界を目指さなくては、萌音も時雨も助けることができない。

 私は酷い人間だから、萌音と時雨の命、それと瑞月の立場を天秤にかけた。

 そして二人の命を重いと感じたの。

 だから、あなたに異界へのゲートを開いてほしいと思ってる」

 依子は正直だ。いっそ清々しい程に。隠すこともせず、本心を伝えてくれた。

 友達だから。

 瑞月にはそれで十分だった。

「二人を助けて、それで私の今の生活が奪われて、軟禁されたり、実験動物としての扱いになったりしたら、依子は助けてくれる?」

 最後に意地悪な質問をした。

 依子は、瞬きをゆっくりすると、雨の中でも聞き取れる程の小さな声で呟いた。

「悪いけど……」

 そうやって俯く。

 怒っているのか悲しんでいるのか。

 でも、だからこそ依子の態度が嬉しかった。

「大丈夫、心配しないでいい……」

 瑞月は少しだけ頬を緩ませた。

 諦観と安堵とが心を温める。

 しかし、依子の続く言葉は意外だった。

「悪いけど、そんな事が起こるなら、私も、萌音も、青斗も、誰よりも時雨が黙っていない。

 公社全てを敵に回したって、瑞月を助ける。必ずよ」

 依子はにっこりと微笑んだ。

「……」

「欲張りにならなくちゃ。だって私達、女子高生だもの」

 痩せ我慢ではない、心からの挑戦的な笑顔は、依子らしくて、とても頼もしくて、美しいと瑞月は思った。

できるだけ毎日連載の予定です。

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