11話 遭遇
初めての連載作品です。
出血などの描写が今後出てきます。
自傷の描写も今後出てくるので、15歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。
のぼせる前に、連れ出され、いつの間にか準備されていた美味しいレモン水を飲み、バスローブを羽織って、瑞月達はエステルームに移動した。
瑞月は依子と共に、初めてのトータルエステを受けた。
究極のリラクゼーションを受け、即寝落ち。
起きた時には、髪も顔も、体中ツヤツヤにされ、浮腫みも無く、見事に保湿された顔面には薄く上品なメイクが施されていた。
依子の目の腫れもスッキリしている。どころか、朝よりキレイだ。
パウダールームの鏡で、自分の顔の仕上がりを見て、目を見開く。
――寝不足で隈もあったのに。ニキビも心無しか良くなってるし。
「身体も、朝より元気になってる気がする」
「当然。身も心もスッキリしてもらわないと困るもの。すぐに忙しくなるから」
伸びている依子に瑞月は視線を向けた。
「魔獣を待つのではなく、こちらから狩りに行く」
「そう。そうすれば、魔人は必ず誘き出される」
「でも、今までだって、魔獣を検知し、倒すので精一杯だった。狩ることなんてできるの?」
「秘策という程のことじゃないわ。気が進まないけど、前にも似た経験がある。その時の知識を活かすの」
依子は狩人の目をして言った。
翌日、依子と瑞月はとある公園に居た。
運良く、魔獣の出現が検知されたからだ。
碧斗と時雨は別行動すると連絡があり、今回の魔獣は二人で倒すことになる。
「すり潰して消滅させる。ということまではしなくて良いわ。
私が鹵獲するから、瑞月は準備が終わるまで釘付けにして欲しい」
魔獣を狩るというから、一瞬で終わらせるのかと思ったが、そうでは無いらしい。
萌音を心配するがあまり暴走することさえ無ければ、五人の中で依子が一番の頭脳派だ。
何か考えがあるのなら、今は素直に従う。
瑞月は、言われた通り、魔獣の攻撃をいなし、程々にダメージを与え、逃げないように注力する。
そうこうしている内に、依子の捕縛魔法が完成し、ワニのような魔獣は生け捕りにされた。
暴れても、捕縛の鎖は締まるばかりで、魔獣はその場に釘付けになっている。
元々弱らせておいたので、あまり激しい抵抗もできないようだ。
「これで、どうするの?」
「あなたが魔人だった頃にもやったことよ。覚えてない?魔獣は自分の命の危機に対して、応援を求めることがある」
そういえば、自分の配下であった魔獣が、別の魔人の魔獣のピンチに対し、こちらの命令を無視して飛び出していったことがあったような気がする。あの時は、魔人同士の小競り合いもあったから、命令を聞かない魔獣にイラッとさせられた記憶がある。
「弱らせて、仲間を呼ばせて、最終的にはその元締めの魔人を呼ぶってことね」
「意図的に現れているとしか考えられない魔獣。背後に必ず魔人がいる。
私達がかつて戦った魔人達は、己の成果を示すために、積極的に姿を見せていたけど、今回の魔人は単独犯なのか、あるいは何らかの目的があって姿を見せない。けれど、使役できる魔獣だって無限じゃない。他所から調達してくる前に、手持ちを減らせば、自ずと姿を表す可能性が高い。特に、乱獲すれば、身を潜めるより、自分で手を打った方が早いと判断するはず」
賭けの要素はあるけど。と依子は補足する。
賭けなら賭けで、次の手をどうせ考えているのだろう。
依子はそういう女だ。
そうやって話をしていると、魔獣はか弱く鳴き始めた。
助けを求める鳴き声だ。音は小さいが、魔力を乗せることで、遠方まで助けを求める事ができる。
異界という、地球ではない場所にさえも、その悲鳴は届くのだ。
それほど間を置かず、結界の一部に歪みが生じた。
結界自体は瑞月たちではなく、公社の特務隊が準備してくれている。それに誰かが横槍を入れた。
渦巻きのように歪む結界の境界から、魔獣と、ここ最近お目にかかることの無かった魔力を纏う存在がぬるりと出てきた。
「狩り尽くすこともなく、向こうからお出ましとは、手間が省けるわ。
お誘いに乗ってくれるなんて、中々素敵な紳士じゃない」
角と硬い鱗に覆われた尻尾。それ以外はまるで人間のような姿。
片眼鏡をかけた初老の紳士然とした男性が、立っていた。
「手荒なご招待どうもありがとう。ここまで熱烈な招待を受けて参席しないのは、流石にどうかと思いましてね。
取り急ぎ、出向かせていただいたよ、魔法少女の諸君」
口ぶりも英国紳士を思わせる、上品さがある。
「初めまして、異界の方。ご存知かと思いますが、魔法少女の一人、黄泉川依子と申します。
急なお招きにも関わらず、快く応じて頂き、本当にありがとうございます。
お名前を頂戴してもよろしいかしら」
魔力による威圧に、瑞月も依子も嫌な汗を感じる。気を抜くと、倒れてしまいそうだ。
それでも、依子は涼しげな顔で応じている。
「私はブラドリー。君たちが数ヶ月にわたり討伐していた魔獣たちの飼い主です。
気持ちよくなるほどあっさりと討伐してくので、悲しい反面、とても面白く見物させていただいておりました」
「あなたが、今回の魔獣案件の首魁なのかしら。一人でこんなことを?」
「少なくとも私一人で行っている事はございません、とだけはお伝えしておきましょう。
それで、そんなことをお聞きになりたくて、私のかわいい魔獣に酷いことを?いっそ討伐してくだされば、彼らも苦痛なく終われるというのに」
「そうね。こんなことをして、心が傷まないわけではないわ。
でも、あなた方とじっくりお話がしたくて。
勿論、首魁が誰なのか、是非お話して頂きたいところだけど、今はあなた方の知識が必要なの」
「ほう、異界の知識がご所望ですか。
私が、簡単に口を割るでしょうかねえ」
「実力行使でなければ協力してくれないであろうことは、最初から分かっているわ。
申し訳ないけれど、捕らえさせていただきます」
空気はひりつき、風が吹いた。
ブラドリーと名乗った男の傍に居た狼型の魔獣は、男に一撫ぜされると、三メートルほどの大きさに膨れ上がり、二本足で立ち上がった。唸り声を上げ、犬歯の間からダラダラと唾液が垂れている。
「二対二です。どうか見事に踊ってください」
ブラドリーの周囲に無数の光が灯る。一つ一つから大量の魔力が感じられる。攻撃魔法だ。
「瑞月は魔獣を頼むわ。魔人はこちらで引き受ける」
依子の言葉に、瑞月も頷く。
「なるべく早く片付けて加勢する」
「頼りにしてる」
ブラドリーの魔法が一気に放たれた。
流星のように降り注ぐ魔法を、瑞月は躱すように駆け出し、魔獣と共に、ブラドリーと依子から距離を取った。
依子は無詠唱で防御の魔法陣を展開したようだ。僅かな間を置いて、爆発音が上がった。
依子は魔術師タイプの魔法少女だが、肉弾戦ができないわけではない。それに、ブラドリーも魔術師タイプのようで、しばらくは魔術合戦が続くだろう。瑞月は、依子への意識を僅かに残しながら、魔獣に集中する。
自分の2倍はありそうな巨体。それが、自分と同程度かそれ以上に速い速度で移動している。
しかも、唾液を垂らしていて汚い。
――後で、しっかり身体を洗おう。
色々と思うところはあるが、なるべく早く片をつけようと、構えた。
鋭い爪を持つ腕のような前足の攻撃が、瑞月のいた場所に降り注いだ。
そこに瑞月の姿は無く、最小限の移動で避け、砂埃を切り裂くように瑞月の拳が振るわれ、魔獣の腹部に強烈な一撃を打ち込む。そのまま、打撃を連続で打ち込むが、魔獣は瑞月を抱え込もうと前足を瑞月に向けた。
思ったよりも速い前足の動きに、囚われそうになるが、瑞月を睨む魔獣の顎に向かってくるりとバク転しながら、ヒールの鋭い蹴りを叩きつけ、包囲から脱した。
強化されているせいか、顎を蹴り上げたにも関わらず、魔獣は意外にも倒れない。痛みに耐えているようで、ダメージを与えることはできているが、決定打に欠けるようだ。
瑞月は今一度、拳と足に魔力を籠める。
――急所は額の宝石かな。
恐らく魔力がたっぷりと込められているであろう、額の宝石が中から光っている。光の鼓動に合わせるように、じわじわと魔獣は回復しているように見える。魔力で回復しているのであれば、供給源を絶つのが良いだろう。
両腕は攻防一体の姿勢、足元で軽いステップを踏み、瑞月はタイミングを図る。
そして、低い前傾姿勢へと態勢を切り替えながら、地を這うように移動し、魔獣の足元からもう一度顎を狙う。
突き上げた右手の拳は軽い動作で躱されるが、その勢いのまま一瞬宙に浮いた自分の身体をぐるりと捻って、上下を入れ替え、間髪入れずに魔法の込められた左手の拳を額の宝石へと叩き込む。すんでのところで、魔獣は両前足を額の前でクロスさせ、これを防ぐ。拳に込められた魔法はその防御で弾け飛んだが、飛び散る魔力の欠片は、そのまま小さな光の針になって、魔獣の全身へと降り注ぐ。魔獣から、痛みに耐える悲鳴が聞こえるが、防御の姿勢は崩さない。僅かな時間の攻防、瑞月は落下運動が始まる前に、両の拳を連続で魔獣の前足に叩きつける。一点集中の攻撃に、僅かに魔獣の防御の前足が緩む。そこにもう一度、魔法の籠もる拳を振りかざした。先ほどとは違う、暗闇を閉じ込めたような魔法が拳の周囲にまで広がる。
「闇夜に消えなさい」
魔法は前足を一瞬で溶かし、溶けた暗闇が額の宝石に掛かる。燃えるように、焼けるように、湯気を上げながら、宝石が溶けていき、魔獣は悶え苦しみながら倒れた。
そのうち暗闇は魔獣全体を包み、隠し、地上に降り立った瑞月の影の中へ消えていった。
その場に立ったまま、砲撃の魔法でもう一匹の弱らせた魔獣を討滅した。これ以上苦しむ必要はない。
ブラドリーと依子の方を見てみると、魔法合戦は一時休戦となっていた。
お互い眉一つ動かさず、睨み合っている。
「やはりあなたの魔法は禍々しい。流石我らの同胞ですね、観羽根瑞月さん」
ブラドリーは瑞月の方を見て言った。
「知ってるの」
瑞月は不愉快そうに尋ねる。
「魔人の間では常識ですよ。裏切り者の魔人。ハーフですが。父娘そろって愚鈍。我らに仇なす存在です。
ここで最も排除したい存在は、依子さんではなく、あなただ」
「生憎と、それで倒れたことも、負けたこともないわ」
「えぇ。存じていますとも。ですが、あなた方のリーダーは今眠っておられる。
大事な存在が欠けた状態では、精神的にも不安定だ。私との戦いも含めて、あなた方に勝機はあるのでしょうか?」
冷静に構えていた依子の目が見開く。
「何故、私達のリーダーが眠っていると思うの?」
あくまで、その事実は肯定しない。リーダーが欠けた魔法青少年は結束力も緩み、ピンチになりがち。魔人達もその程度は把握している。だからこそ、動揺すらも命取りだ。
「そんな状況だから、こうやって私も顔を出したのですよ。
我々の情報網は広いですから。あなた方を潰すなら今だと判断した。それだけです」
情報源は分からないが、確証をもってこの場に現れた。それは間違いないようだ。
「どうせ、あなた方のリーダーを目覚めさせるにはどうしたらよいのか、それを尋ねるために我々魔人を捕らえようとしているのでは?」
そしてブラドリーは核心を突いてきた。
ここで、これ以上、黙っていても意味はないだろう。
「だとすれば?教えてくれるの?」
不敵に、余裕をもって、瑞月は微笑んでみる。どうせそれも虚勢だとバレているのだろうが。
――このオジサン。危険だ。
「さあ。私を捕まえて、そして同じことを聞いてみたらよいのではないでしょうか?」
片眼鏡が光る。
「端からそのつもりよ。本気でいかせてもらうわ」
依子は杖を構え直す。
依子に合わせて、瑞月も戦闘態勢に入った。
先程より倍に増えた、空中に浮かび上がる砲撃魔法の光。
依子とブラドリーの同時の攻撃が炸裂する中に、瑞月は飛び込んでいく。
砂埃に紛れ、ブラドリーに近づき、高速の突きを連続で叩き込むが、ブラドリーは汗一つかかずに躱していく。
依子の援護射撃と共に、弛まず攻撃を続けるが、当たる気配がない。
――流石に手強いな。
頬をブラドリーの魔法がかすめる。
ひりつく頬をゴシゴシと擦る。
ブラドリーは、依子と瑞月の焦りの色を見て、ふむと頷いた。
「やはり、リーダーの欠けた魔法青少年はつまらないですね。
さっさと終わらせましょうか」
ふわりとブラドリーは宙を舞い、空中でピタリと止まった。
「踊りなさい。流星」
昼間の空が不意に陰り、夜がやってくる。そして無数の星が降ってくる。
高密度の流星は、公園という小さな領域、もっというと結界の中にまんべんなく降り注いだ。
唯一守られているのは、術者として空に浮いているブラドリーのみ。
穿たれた地面は、穴というより、全体がほぼ全て1メートル程度、深くなっている。
ヤレヤレと首を振るブラドリーは、流星の魔法陣をかき消す。空が明るくなった。
だが、ブラドリーの頭上だけは、まだ陰りが消えない。
それにブラドリーが気づくより早く、瑞月の魔法を込めた鉄拳がブラドリーを襲った。
地面が低くなった公園に、魔法の縄で縛られ転がされたブラドリーとそれを見下ろす依子と瑞月がいた。
瑞月は流星が着弾する光に紛れて、依子の跳躍補助を伝って、ブラドリーの背後に回り、依子はブラドリーにはバレないタイミングで、百以上の防御陣を最小で多重に展開し、自分の身体だけが守られるように調整し、事なきを得ていた。
「力押しで負けるとは。目算を誤りました」
大して残念でもなさそうに、ブラドリーはため息をついている。
「どの程度と計算されていたのか知らないけど、心外だわ。
まあ、この際どうでも良い。さっさと吐いてもらうわよ」
依子は杖をブラドリーの首元にピタリと添えて言った。
「体内で反発し合う自分の魔力を止める方法は?そのために必要な触媒は何?」
「なんと!そうですか、そうですか。いえ、何があったかまでは聞きません。
では、お答えせねばなりますまい」
とても嬉しそうに笑うブラドリーに、瑞月は悪寒を感じた。
「依子!」
なにか不味いと、依子に警告する。
依子も気づいて、捕縛の魔法を強めようとするが、それより先に、ブラドリーのループタイのペンダントが光った。
そして、直後に爆発が起きる。
ペンダントが光った瞬間、瑞月は無防備な依子を抱え、ブラドリーと距離を取ったが、爆風で二人まとめて飛ばされる。
受け身を取ったが、あちこち傷だらけだ。
爆風が消え去ると、ブラドリーの姿も無くなっていた。
そして、声だけが当たりに響く。
「自爆でも、あなた方を始末できませんでしたか。残念です。
お求めの情報は、我が主が知るところ。どうぞ、主をお招きできるよう、頑張ってください」
「修繕も大変なのに。よくまあここまで派手にやってくれて、その上、自爆なんて。もう本当にムカつく魔人だわ」
爆風でくしゃくしゃになった髪の毛を整え、依子は文句を言いながら、壊れた公園を魔法で修繕していく。
「自爆なんて、今まで無かったのにね」
「敵はこれまでと雰囲気が違う。目的もわからない。
けど、主とやらを誘き出すまで、萌音のことも、魔獣が無尽蔵に湧き出る件も終わらない。
戦い続けるしかないわ」
目標がわかったのは良いが、目的の分からない敵は不穏だ。
「兎に角、今後は恐らく、魔人も顔を出してくると思う。
敵の目的も調べていかないといけないわね」
依子の言葉に瑞月も決意を新たにする。
「そうだね」
修繕を終え、結界を解いてもらい、依子は一人で魔法公社に報告してくるとその場を後にした。
瑞月もついていくと進言したが、なるべく早く、主とやらの件を男子たちにも伝えてほしいという依子に言われ、そちらの方を請け負った。
歩きながら、碧斗に電話してみる。すぐに繋がり、二人の作戦に苦言を呈されたが、情報に関しては感謝された。
続いて時雨に電話してみる。出ない。
メッセージも送ってみるが、返信がない。
いつもなら、そこまで間を置かず、連絡に気が付き、何らかの返答があるはずだ。
――タイミング、悪かったかな。
瑞月は、もう一度、夜に連絡してみようと思い、帰宅の途についた。
その後、時雨に連絡がつくことはなかった。
できるだけ毎日連載の予定です。
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