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10話 思慕

初めての連載作品です。

出血などの描写が今後出てきます。

自傷の描写も今後出てくるので、15歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。


 放心状態の碧斗をズルズルと引っ張っていく時雨を見送り、瑞月は依子を慰め、近くのカフェテリアに連行した。

 美味しいケーキと美味しいお茶は、いつだって心を落ち着かせるのに有用だ。

 これは、萌音が教えてくれたことだ。どんなに辛いことがあっても、まずは食事。好きなものを食べて、前を向くことから始めるんだと、萌音は教えてくれた。

 ちびちびと白桃のチーズケーキをつまみながら、依子が泣き止むのを待つ。ゼラチンでコーティングされた白桃は柔らかく、噛むほどにジュワリと甘い汁が溢れてくる。

 温かいアールグレーの紅茶は、爽やかに香り高く、濃厚なチーズ、芳醇な香りの桃とよく合う。

 夏の暑い日差しも迫ってきているが、まだ、日陰は涼しく、オープンテラスでティータイムを堪能すると中々風情がある。

「依子、少しは落ち着いた?」

 鼻を啜る音が弱くなってきたので、瑞月は慎重に、しかし率直に尋ねた。

「萌音……どうして。どうして、あんなこと……」

 依子は中々立ち直れないようだ。

 親友以上の情を抱きながら、萌音の幸せを誰より願っていたのは、彼女だ。それなのに、萌音が追い詰められていることに気がつけなかった。それを口に出すことは無いだろうが、気に病んでいるのは間違いない。

 いかにも依子らしい。

 どうにも口調の強い子ではあるが、萌音を誰より、ひょっとすると碧斗よりも大切に思っているのだ。思い悩むのも仕方が無い。

 萌音に救われた経験のある瑞月も、萌音に対して、特別な感情は抱いているが、彼女とは性質が異なる。

 萌音のことは勿論心配だ。けれど、今回の萌音の自傷行為に対して、どこか他人事のように感じる自分がいた。

 だからこそ、依子を慰めることで、自分は萌音と依子を心配しているんだと、そう、自分に言い聞かせた。

 カフェの店員に依頼し、温かいタオルを準備してもらい、泣き腫らした依子に渡す。

「どうして相談してくれなかったのよ……」

 感情を吐露しつつも、顔を柔らかなタオルで覆って、しばらくし、依子も少しずつ落ち着いてきたようだった。

 依子は鼻を啜りながら、萌音への想いを滔々と語る。

「私じゃ、萌音を幸せにできないからって、碧斗に託したのに。

 親友の位置は誰にも譲らないけど、でも、一番大切な人の場所はアイツに譲ってあげたのに。

 なのに、あの子が追い詰められていること、気がつけなかったのよ、アイツは……

 許せない。

 だけど、アイツと同じように、あの子が何かに追い詰められているって気がつけなかった自分は……もっと許せない……」


 譫言のように、ごめんね、と繰り返し呟く依子を見ながら、瑞月はケーキを食べ終えた。

 

 ――萌音は一体、何を思って、自分の人生を終わらせようと思ったのだろう。


 見上げた空は、梅雨にしては珍しく晴れ渡り、青い。

 オープンテラスは、雲によって翳り、影の中に、包み込まれたようだ。


 ――自分の気持ちも、何もかも嘘だったのだと、萌音は言っていた。青葉くんが言っていた言葉通りなら。

 どういうことなんだろ。魔人に操られているとか?

 それならそれで、何故、自分を否定するような事を言うのだろう。

 あの子なら、反省しても、自分を自分で貶めるような思考なんてしないはずなのに。


「依子、今ここで謝っても、状況が改善するわけじゃ無い。

 萌音が目覚めた時に、謝罪も、問いも、全部あの子にぶつけるしか無い。

 あの子が目覚めるまでに、私たちがしっかりしなきゃダメじゃない?」

「それは……そうだけど」

 まだ、気持ちが中々冷めないのか、クドクドと依子は碧斗への文句を、萌音への懺悔を続けた。とはいえ、少しずつ、平静は取り戻してきているようではあった。

 そうやって、女子は女子なりに心のケアをしていると、瑞月の元に、時雨から電話が来た。

「今、いい?」

「うん。報告終わった?」

「あぁ。自分の魔力で自分を攻撃したのなら、今回の異常事態にも説明がつくそうだ。

 主治医にすぐ確認を取ってもらった。精霊側のドクターとも協議したが、普通の病気でいうところの自己免疫性疾患のようなもの、だそうだよ」

「自己免疫性疾患?」

「一概に纏められないが、膠原病の類いだ」

「益々、わからない」

「自分の体の免疫系が暴走して自分を攻撃している状態と言えばわかるか」

「なるほど、なんとなく分かるよ」

「自分の魔力の同士の反発が、全身状態に影響を及ぼし、半永久的な負のループを引き起こしている、と考えれば、状態の解明は比較的簡単だそうだ」

「なら、萌音は、治るんだよね」

「おおよその原因は見当がついた。証明も遠からず可能だろう。

 ただ、治療法については、分からない」

「どう、して」

「自分の魔力同士の反発が原因だとして、どうやって干渉すれば、その魔力の反発が止まるか、分からないんだ。前例が無い。下手に他人の魔力で止めようとして、暴走すれば、呼吸だけでなく、心臓に影響が出る可能性だってある」

「でも、それじゃあ……」

「精霊によれば、異界になら、魔力の反発を止める触媒が研究開発されているのではないか……と言っていた。

 瑞月は知らないか?」

「悔しいけど、私の過去の知識には、そんな触媒の情報はない。私も駒の一つとして限定的な知識しか与えられていないから。今戦っている現役の子たちの魔人を捕まえれば、その情報は手に入る可能性はあるのかな?」

「それは、現役の連中に頼むしか無いが、望みは薄いだろうな。

 捕まえる前に自爆するか、捕まえるより先に浄化してしまって、記憶が抜けてしまっている魔人が多いらしい」

「じゃあ……」

「地道に魔人を探すしか、今は手が無い。けど、希望はある。助けよう、萌音を」

 時雨にしては珍しく、強い口調だった。

 碧斗や依子ほど顔に出さずとも、萌音のことが大切なのだ。瑞月も同じ気持ちだが、かける熱量が違う。

「兎に角、魔獣を狩り尽くして魔人をおびき出す。どうせ最初からしなければいけないことだったんだ。

 目的が一つ増えたに過ぎない」

「そうだね。依子には私から話しておく。頑張ろう」

 薄暗い気持ちを覆い隠すように、努めて明るく振る舞う。

 瑞月も、萌音を救いたい気持ちはある。他の事は考えないようにしようと誓った。

 電話を切り、良い報告を依子に伝える。

 泣き腫らしている依子の目がキラリと光った。どころか爛々と輝きだす。

 依子の立ち直りの早いところは昔から好きだ。

 だが、少々立ち直り、というか切り替えが早いところはあると思う。良いことなのだが、時々ついていけない。


「なぜ、銭湯?」

 という訳で、切り替えが早すぎる依子に連れられ、瑞月は依子と二人、銭湯に来ていた。

 見た目は古き良き銭湯だが、最新の設備やアメニティを揃えた女子向け銭湯らしい。

 特に道具も持たずにやって来た二人だが、スキンケア・メイク道具も揃っており、高級美容家電も使い放題なのだとか。

 お嬢様の割には、こういう所を知っているのだと不思議だった。

「気持ちを切り替える時は銭湯が良い。萌音が教えてくれたことよ。

 この銭湯自体は、萌音からその話を聞いて、私がプロディースしたものだけど」

 

 ――なるほど。依子と萌音の理想が詰まった銭湯という訳か。お金持ちはやることが違う。


「女子向け銭湯は意外と当たったみたいで、支店もまあまあ増えてるの。ここだけは古い銭湯風を意識してるけど、都会ののビジネスパーソンが利用しても違和感のない高級志向の店舗がほとんどね」

「なぜココだけ、渋い感じにしたの?」

「そんなの、萌音がこの渋いタイプの銭湯好きだから。に、決まってるでしょ」

 萌音一筋。ブレない依子に、瑞月は感心する。

「なるほど。そして、これからの任務遂行の前に、気持ちを切り替えるためにやって来た。という事ね」

「えぇ。私も目が腫れ上がってしまって、エステで顔を整えたいし、瑞月とも、気持ちを切り替えて、温泉に浸かりながら話したいと思ったし」

「私と?さっき結構話したよね?」

「そうね。だけど、99%私の話よ。瑞月の話は聞いてないわ」

 依子の鋭い視線が、瑞月を射抜いた。

 心の底まで見透かされているようで、瑞月は視線を交える事ができない。

「私、そんな話すこと、ないと、思うけど」

 僅かに動揺した声音になる。それに気づいているだろうが、依子は敢えて触れず、瑞月の手を掴んだ。

「ほら、行くわよ」

 有無を言わさぬ依子に、瑞月は仕方なく素直に従った。


 銭湯の中は区分けされ、エステルームもある様子だったが、先に銭湯ゾーンから回ると言われ、なすがまま、されるがままに、瑞月は依子についていく。

 依子は顔パスのようで、ズンズンと中に進む。先に連絡していたのだろうか。客は誰もおらず、貸切状態である。

 あっという間に脱衣所に連行され、身ぐるみを剥がされ、風呂場へと背中を押された。

 置いてあるクレンジング剤も多種多様。シャンプーやコンディショナーなどもバイキング状態で、なるほど、これはちょっとテンションが上がる。

 気になっていた高級クレンジングオイルとバズっていたシャンプー・コンディショナーの小分けパックを手に取り、瑞月はシャワースペースに腰を下ろす。

 隣に依子も座り、二人並んで、しばし無言で身体を清めた。

 ふわふわの泡になったボディーソープに身体が包まれる。昨日から、ずっと嫌な汗を拭いきれていなかったような気がした瑞月は、それが洗い流されていく感覚に、仄かに安堵した。

 全身をくまなく洗い、軽くロングヘアを束ねる。

 二人は、誰もいない浴槽に、肩まで浸かった。

 かけ流しの湯の流れる音だけが静かに響く。

「昨日から、ずっと緊張してる感じだったから、やっぱり、リラックスできていいわね。お風呂って。萌音の言う通り」

 気持ちよさそうに依子が呟く。

 うんうんと頷き、瑞月も湯の温かさに身を委ねる。

「それで。私も、色々吐き出したけど、瑞月は吐き出さなくて良いのかしら?」

「さっきも言ったけど、私、話すことはないわ。ただ、萌音を助けなきゃ。それだけ」

 すでに一度不意打ちで質問されたため、二の矢が飛んでくることは想定済みだった。今度は動揺を隠して、自然に答える。

 だが、依子は核心を突いてくる。

「萌音を助けるのは当たり前。私達全員の総意。そこで揺らぐ私達じゃないわ。勿論、瑞月も。

 けど、萌音が助かっても、根本的な問題は解決しないかもしれないじゃない」

「根本的な問題?」

「何故、あの子は碧斗の前で、何かを告白したのか。どうして詳らかにしないまま、全てを終わらせようとしたのか。疑問は尽きない。そうでしょ?」

「そう、だね」

「それは、あの子が目覚めたらきっちり問い詰めれば良いとして。

 瑞月の気持ちも分かるけど、時雨の事はそんなに心配しなくても良いと思うわよ。そんなに心配なら、さっさと告白しちゃえば?」

 瑞月は耳を疑った。

「ま、待って。どういうこと?」

「見てれば分かるわよ。瑞月の絶賛片思い。クールな顔して、瑞月って結構情熱的じゃない?

 そういう所、嫌いじゃないけど、時雨を見てる視線は、ちょっと危ないくらいよ」

「あ、危ない……」

「執着と羨望、それと諦観。そういったのをみんなひっくるめながら恋してます。って視線」

「こ、恋……」

「私と同じだもの。すぐ分かる」

 その、諦めと呆れのないまぜになった瞳に、瑞月は心臓を掴まれたような心地になった。

「私は、最初っから諦めてるの。だって、萌音が好きだから。

 けど、瑞月はどうして、今から諦めてるの。振られたわけじゃないでしょう?」

 依子の追及に、結局瑞月は動揺を隠し通せない。

「いやいや。そもそもどうして、私が不知火くんを好きな前提で話が進むの。

 不知火くんが好きなのは、萌音でしょう。そんな人に不毛に片思いしたりしない。

 虚しくなるじゃない」

「虚しくなるって言ってる時点で、もう、時雨のこと、好きって言ってる様なものよ」

「……」


 ――降参です。


「そんなに、私ってわかり易すぎた?」

「碧斗や私は気づいているわ。萌音はあまりそういう事に頓着してないけど、彼女が本気で観察すれば気づいたでしょうね。時雨は、無表情すぎてわからないけど、気づいていたなら積極的に近づくか、嫌なら逆に距離を取るタイプでしょう。相手を傷つけることはしない男よ。多分気づいてないと思う。そういうのは鈍感そうだし」


 ――恥ずかしくて、死んでしまうとはこのこと。


「し、不知火くんが気づいてないなら良いんだ。

 私も、依子と一緒。不知火くんが好きだから、最初から諦めてるの。

 好きな人に、好きな人がいて、それが大事な私の友人で。その状況で、不知火くんに声をかける勇気。そういうのは持ち合わせてないかな」

 湯の中で膝を抱える。

 その様子に、依子は豊満な胸を反らせ、壁にもたれかかって、フンと鼻を鳴らした。

「ぬるいわ」

「えっ」

「萌音の恋人は、残念にも程があるけど、碧斗なの。

 あいつはあいつなりに、萌音のこと、必死で大切にしてる。ある側面では、私以上に。

 悔しすぎるけど。でも、それは事実。

 だから、萌音の隣に立ち続ける立場を譲ってあげたの。すごく、すごく、不本意だけど。

 でも、瑞月。あなたの想い人は、今絶賛フリーなのよ。片思いの相手がいる?知ったことじゃないわ。

 手を伸ばす前に諦めるなんてどうかしてる。全部やってから、やりきってから諦めなさい。

 嫌がられてるって分かってたら止めるけど、少なくとも、私達五人に、そんな不和はない。

 皆、信頼し、お互いのことが人としてちゃんと好き。

 なら、恋愛対象として意識している旨を伝えたって、問題ないでしょう」

「それで、相手と距離ができたらどうするのよ。

 第一、萌音が大変なことになっているのに、どうしてそんな話になるの?

 今はそれどころじゃ、無いでしょう?」

「萌音が、碧斗にだけ、最後の言葉を話そうとした。

 アンタも、そこが気になっているんじゃないの?

 恋人に、特別な気持ちを抱いた相手にだけ、伝えた事実。

 あの子は、他人の気持ちにも、自分の気持ちにも、誠実な子だったわ。

 それなのに、あの子は自分の気持ちを嘘だと言った。嘘だと思いたく無いのにって。

 どう考えても、変よ。

 操られている訳じゃ無い。

 あの子の碧斗への好きは本心だって分かるのに。

 なのに、あの子自身がそれを否定した。

 瑞月が、萌音を心配しているのは分かっているけど、同時にこの萌音の発言と行動の不可解さ、その言葉の意味を感じた時に、時雨のことを想った。そして今、不安を抱いている、ってところかしら。

 これも、大事な問題なんじゃ無いの?」

「私にとっては気がかりなことだけど、依子に話すことじゃない。

 貴女だって、十分傷ついている」

「そうね。私にはどうでも良いことよ。でも、私の大切な友人が苦しんでいるのなら、大事な問題だわ」

「依子」

「私の一番はいつだって萌音よ。けど、アンタだって、大事な友達なの。

 萌音に時雨が引きずられそうで怖いんじゃない?」

「うん……不知火くん、妙に張り切っていて、空元気というか。

 それが、不安で」

「アイツ、中々本心言わないから。

 何考えてるか、聞くことも難しいけど、気をつけなきゃね。

 気にかけていれば、そのうち、向こうにもアンタの好意は伝わると思うわ。

 そんなに簡単に諦めちゃダメよ」

 そう、もうとっくに諦めてしまった依子は言った。

 ずっと見守ってきた大切な人を、他の人間に奪われて。

 依子は、瑞月に優しく微笑む。

 依子は、ブレない。

できるだけ毎日連載の予定です。

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