第22話 大天使の条件
天使のベランダ突撃から遡ること数分
地上に降り立った私たちはセラフィーラ様の元を目指す。
この住宅街を抜ければすぐだ。
けれど私たち、会話という会話がない。
44番様は周りをキョロキョロして警戒に徹している。話しかけるのは控えるべきか。
気まずい……。思い切って1129番に話を振ってみる。
「あなた名前は? 新神研修の時に一緒になったことはあるけど、自己紹介はまだだったわよね?」
「1129番。私のことは1129番と呼びなさい。他に言うことはないわ」
「はぁ……もういいわ」
つまんないやつ。
「うぅ......」
44番様が唸り声を上げた。
「44番様、どうされたのですか?」
「い、いえ、なんでもございません」
「そうですか。セラフィーラ様のところまでもうすぐですね!」
「はい……もうすぐ……もうすぐ……」
様子がおかしい。
ガタン、とゴミ捨て場から物音がした。
「ひっ!」
「44番様? ただの猫ですよ、驚きすぎです」
「ははっ、そうですね」
先ほどから足元がおぼつかない。
「ひゅー、ひゅー」
呼吸も荒く、カタカタ震えている。
「さっきから大丈夫ですか?」
「……じっ、実は私、その……本当は下界が怖くてですね……小心者なんです」
私と1129番は、信じられない、という顔をした。
「そんなことあります? 天界では堂々と振る舞っていたじゃないですか」
「そ、それは。心の内のセラフィーラ様を憑依させていたから出来たことです。でもやっぱり下界は怖くて……音も多いし……」
「心の内?」
「はい、イマジナリー•セラフィーラ様って呼んでて。セラフィーラ様ならこうする、こう振る舞う、ってあるじゃない? それを真似ると全てが上手くいくの」
「よく分かりません」
「あっ、セラフィーラ様は敬語でお話されるから、そうしなきゃなのに私ったら」
「気持ちはわからなくはないですが……」
「怖いなら、下界に来ないで他の女神に頼めば良かったのでは?」
1129番から至極真っ当な指摘。
「それはいけません! 上席である私が行かなくては! それにセラフィーラ様なら必ずそうします」
「それはそうかもしれませんけど……あっ見えました! あのお家です! 44番様良かったですね、到着です」
「はぁ……はぁ……ようやく」
これだとどっちが引率か分からない。天界の時は一人でも行く、みたいな勢いだったけれど、たぶん無理ね。
「あっ待って。足の震えが」
そのまま44番様は倒れ込んだ。
「すぐそこですよ!?」
「足は駄目ですが、這ってでも向かいます」
「目立って通報されるわよ、そんなことしたら!」
「這うのはダメですか……。あ、でもあと1ヶ月くらいしたら動けそう」
「そんなに待てないわ」
1129番は冷たく言い放つ。
「1129番! 二人で運ぶわよ!」
「いえ、セラフィーラ様へご報告することを優先して。う゛っ、寒気が」
「これじゃ、着いたところで使い物にならなそうね」
「うぅ……」
「分かりました。私たち2人で行きます」
「ごめんね、2人ともぉ」
キャラ崩壊してる……と言うかこっちの方が素?
44番様、突然のリタイア。
薄暗い路地裏で半泣きで体育座りをする44番様を横目に、セラフィーラ様の元を目指す。
「2人とも大丈夫かなぁ……」
◇
「はっ!?」
寝ていた?
えっと、セラフィーラ様にお会いして、嘆願書のご報告をして、それから……あっ、手作りクッキーを食べたんだ。
「良かったです。目覚めたのですね。申し訳ございません、私のクッキーのせいで」
セラフィーラ様が私の手をとってくださった。暖かい、幸せ。
「んぐぉあ!? ハァッ、ハァッ……」
1129番が飛び起きた。汗ダラダラだ。
「1129番も気絶してたのね……」
「私のことはイーニと呼びなさい、と言っているでしょう」
「イーニも申し訳ございません……ご無事で何よりです」
「いえ、私が弱かっただけのこと。川の向こうに知らない人間が沢山いたわ……」
イーニは強がっているが、焦点は合っていない。
ふと、人間の足音が近づいてきた。
「セラフィーラさんただいま〜、ってうおっ!」
「何がうおっ、よ。セラフィーラ様をお一人にするなんていい度胸ね」
「度胸も何も、仕事だから……」
人間の事情なんて知らないわよ。
「でーそちらの子は?」
「お前が水谷颯人ね。お前さえいなければセラフィーラ様は」
「やめなさいイーニ、コイツが命をかけなければそのセラフィーラ様にもお会いできていないのよ」
「くっ」
イーニは水谷颯人を睨みつける。
「あっクッキーあるじゃん」
「はい! 私の手作りです」
「あっ、わ、わぁ……。手作りかぁ。嬉しいなぁ」
「はやとさんもぜひ!」
「そっ、そんな上目遣いで言われたら断れませんって! よし、いただきます」
正気!?
セラフィーラ様のクッキーを何のためらいもなく!
「まさか耐性があるというの? この人間、只者では」
「う゛っっっっ」
イーニが感心するや否や水谷颯人は倒れた。
「はっ、はやとさん!!!? しっかりしてください!!」
涙ぐみながら、水谷颯人を揺するセラフィーラ様。
「緊張感のかけらもないわね」
「そうね」
「これなら44番様も馴染めたんじゃない?」
「そう思うわ」
◇
「えーと、つまりこの前の嘆願書が無事に受理されたと」
私たちは復帰した水谷颯人に改めて用件を伝えた。
クッキーと44番様のせいで話が進まなかったわ。
「えぇ、連日のデモ行進のおかげね」
「デモ行進とは何ですか?」
「いえ! 忘れてください!」
ちょっと黙りなさいよイーニ。得気にバラしてるんじゃないわよ。何が私のブレーキ役よ。
「それで条件とは?」
「そこが厄介です。二つの条件のうち、どちらかを満たせれば良いのですが、困難を極めそうです。まず一つ目は、下界の未知の情報を手に入れることです」
「未知の情報?」
「はい。私たち天随使が何十年、何百年とかけて手にしてきた情報を超える何かを、たった半年の滞在で見つなくてはなりません。もちろん私たち天随使の滞在は、1日あたり数時間にも満たないものではありますが……」
「やはり愛を見つけなくては」
決意を固めるセラフィーラ様もお美しい。
「もう一つは?」
「外的要因の排除です」
「外的って? 地球の外ってこと? 隕石を止めるとか?」
「はぁ。人間はそんなことも分からないの?」
イーニはすかさずため息をつく。
「私にも教えてください!」
「いえ、私の説明不足でしたのでより具体的にお話しましょう」
手のひら返しが酷い。
「私たち神々は、ある一点を除いて下界には極力干渉しない。例えばお前が言ったように、隕石が落ちてきたとしてもそれは自然の摂理。私たちは対応しないわ。私たちが干渉するのは魂。魂の循環をコントロールすることが私たちの仕事」
「ふむふむ、メモします」
いや、ここら辺はセラフィーラ様ご存知なのでは?
「外的要因とはこの世界の外、異世界の魂のことよ。私たちの意図せず紛れ込んだ魂を排除することができれば、セラフィーラ様は天随大使として下界の滞在が認められ、必要最低限のバックアップを受けられるわ。戸籍発行もその一つよ」
「異世界から意図せず紛れ込んだ魂を見つけるなんて、それこそ砂場に紛れた小石を見つけるようなものです。長期滞在したとしてもほぼ不可能に近い。けれど、もし可能だと証明されれば、それだけで長期滞在に価値があることを証明できます」
水谷颯人が目を見開く。
「いる。もう見つかってる」
「ですね!」
「そう、つまり異世界の騎士、エリスを無事に帰還させることに成功すれば、セラフィーラ様は晴れて天随大使です!」
「やりましたね! はやとさん! もうすぐです!」
「まーそうだけど、現状、魔法陣を破壊されていて転移の目処は立っていませんからね?」
「あら。そうでした……」
しょうぼりするセラフィーラ様も可愛らしい。って待って私、その話聞いてないんだけど?
「つまり、
条件1:未知の情報を手に入れること、
条件2:外的要因の排除
このどちらかを半年以内に達成すれば良い。今、実現に近いのは後者で、魔法陣破壊の犯人探しが課題、こんな感じかな?」
やればできるじゃない。
「承知しました! お二人ともありがとうございます! では、はやとさん、明日から早速張り込みを続けましょう!」
「あー、それなんですが、すみません。明日から1週間ほど出張になっちゃいました」
「では私もお供します!」
「いえ、金欠なのですみませんがセラフィーラさんにはお留守番してもらいたいです。空を飛ぶのは目立っちゃうのでなしで」
「お留守番……?」
44番様は路地裏で野良猫に囲まれて怯えていたとかいないとか。
セラフィーラ様は1人でお留守番できますかね?
颯人と離れて平常を保てるのでしょうか。
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