今日から
5分ほど自転車を走らせた頃、先に彼女が口を開いた。
「そういえば、どうしてこんなに遅くなったの?用事とかあった?」
2時間も待たせてしまったのだ、当然理由が気になるだろう。
「すいません、少し体調を崩してしまって…」
「え!具合悪いの、ごめんね気使わせて。歩いたほうがいいかな?」
2時間も待たせたのだ。具合が悪かろうがなんだろうが怒りたくなるはずだが、この娘は嫌な顔を一度も見せず、さらに僕の体の心配もしてくれている。なんと良い娘なのだろうか。
「自転車で大丈夫です。すいません、先輩を待たせてしまって何かお詫びをしたいのですが」
そう言うとなぜか、何かを企むような不敵な笑みを浮かべた。なんだろう、おかしなこと言ったか?
「そっか、お詫びか。そうだなあ、それなら今日から私のことを美琴お姉ちゃんって呼んでよ」
僕は自転車のペダルを漕ぐことを忘れ、どんどん引き離されていく。なぜだ、なぜお姉ちゃんなんだ。どれだけ考えても答えには辿り着かない。
「もう少しで家に着くんだから、あと少し頑張ろう!」
そうだ、あと少しで家に着く、今日は家に帰ったらとにかく寝よう。
その時の僕は、彼女が僕の家を知ってることに違和感を感じることができなかった。
家に着くなり、彼女は僕と同じ場所に自転車を停め、僕についてくる。なぜだ。疑問を感じはじめたその瞬間に、自宅玄関のドアが開いた。
そこには母の姿と、見慣れない中年男性の姿があった。
「あっくん、美琴ちゃん、遅かったわね。おかえり」
いつもなら僕だけに向けられるはずの言葉が、彼女にも向けられ、僕の混乱は最高潮に達した。
「ただいま。お母さん、これはどういうこと」
「あ!紹介し遅れたわね。私の再婚相手の方と、連れ子の美琴ちゃん」
その言葉を聞いて、僕の脳は考えることを放棄した。