母の再婚と
僕の家庭は少し複雑だ。基本、家には自分しかいない。学校に行く前に仕事へ出かけ、寝る後に帰ってくる。もう数ヶ月も親に会っていない。高校生という多感な時期に、親からの愛情を受けることができなかった僕の心は荒んでいた。
「あっくん!ご飯よ!」
少し歳をとった女性の声を聞いて僕は声の主がいる部屋へと足を向かわせる。
「お母さん、声が大きすぎるよ」
「あっくんは大声で呼ばないとこないでしょ」
僕にちくりと小言を落として台所に向かうのは僕の母だ。冒頭の一文は、僕が今手がけている小説の一部。だが、書いている小説と真逆で、僕と母は、とても仲がいい。僕が幼い頃に両親が離婚し、母に引き取られてから二人三脚で生活している。
「あ、そうそう。言い忘れてたけど、お母さん再婚するから」
「・・・は?」
そんな母が、再婚するというのだ。僕はその夜、一睡もできなかった。
いつもの通学路を自転車で駆けていく。僕の家から学校へはおおよそ15分程だ。いつもならあっという間に着くのだが、母が再婚する、その言葉が頭の中をぐるぐると回り、いつまで経っても学校につかない感覚に襲われている。
「再婚かあ」
「ん?再婚?」
少し高い、コップと氷がぶつかり合うような、爽やかな声に僕の意識は一気に覚醒する。なぜこの娘は僕の心と会話しているのだ。
「心なんて読めないよ?声に出してるんだもん」
可愛らしく微笑みながら彼女は僕の横を並走する。この可愛い娘はなぜ僕の横を走っているのか、母の再婚でいっぱいだったはずの僕の頭の中は、既に出会って1分の女の子に書き換えられていた。この娘は誰なのか、見てみると制服は僕の通っている高校のものだ、バッグの色からして、2年生。僕の1学年上らしい。そんなこんなで気づいたら学校の駐輪場だ。
「私、みこと、しののめみこと」
初めて見た可愛い娘は急に名前を教えてくれた。漢字を聞くと生徒手帳を見せてくれた、東雲美琴と書くらしい。
「君の名前は、かなめ君かあ。珍しい名前だね!」
僕の名前は、最愛生。この字で(かなめあき)と読む。初めて会った人に一回で読み方を当てられたのは人生でこれが初めてだ。
「そんなに驚かないでよ、なんとなく読めただけだから」
自覚はなかったが、さぞ驚いた顔をしていたのだろう。彼女はくすくすと笑いなが言ってきた。
「それじゃあ、授業終わったらまたここで会いましょう」
彼女はそう言い、あまりの衝撃に歩み始めることができない僕を置いて朝の生徒玄関の喧騒の中へ姿を消した。