1章2話『才能は開花するもの』
「ここが〝異界〟だ」
「い、異界……?」
海彩は希寿の語る状況が理解できないまま、呆然と街並みを見つめる。
獣耳の生えた人間。
屈強な肉体を持つ兵士。
杖を持ち運ぶ魔法使い。
どう考えても日本ではない。
海彩は何度か瞬きしてからゆっくりと、少しだけ背の高い希寿の方を見上げる。
「き、希寿くんが連れてきたの……? この……い、〝異界〟に?」
「ああ。元々、俺はこっちで暮らしてるからな」
先程まで同じ人間だと思って会話していた少年が異界人という事が飲み込めず、海彩は戸惑う。
だが、ここへ来る前に魔法のようなものを使い、この場へと海彩を転移させたのは希寿で間違いない。
それを考えれば希寿はここの住人なのだと思い、海彩はゴクリと唾を飲んで口を開く。
「あ、あの……どうしてここに連れてきたの? 何で私が──」
「俺の自殺欲求を知られてそのまま返られると後で色々と面倒くさいからだ。もういっそ、全部見せてやる。来い」
「えぇっ」
いまだに訳が解らず状態にも関わらず、希寿に腕を引っ張られ、どんどん大通りを進んでいく。
海彩は戸惑い、元の場所へ帰りたいと思うも、希寿の力強い腕を払うことはできずにただ連れていかれるだけとなる。
だが、希寿の元を離れて日本に帰ろうにも帰り方が解らない。
唯一日本を行き来できる知人はこの世界では希寿以外には存在しない。
何も知らない世界で一人彷徨うより、希寿と共に行動するのが得策だろう。
と、歩いていた希寿が口を開く。
「この世界は日本とはまるで違う。そこら中に兵士や戦士がいるし、〝魔獣〟も存在する。ほら、そこにもドラゴンが飛んでるだろ」
一度立ち止まり、希寿が真上を指差すと、ちょうど真っ赤なドラゴンが上空を通過する。
「す、すごい……」
大きな体に大きな翼。
鋭い牙や爪を持ち、一度翼を動かす度に感じる強い風圧。
その全てが海彩にとっては刺激的だった。
日本では絶対に存在しないであろう生物がこうして目の前で生き生きと空を飛翔している。
思わずその後を目で追っていたが、クイッと希寿に引っ張られて再び歩き出す。
そこで海彩は疑問を持ち、希寿に投げ掛ける。
「ところで、これはどこに向かってるの……?」
「ああ……属性鑑定屋。良いところを知ってるから」
「属性鑑定……?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる海彩だったが、希寿は説明をする事はなく、その目的地へと向かう。
そうして数十メートル歩いたところで小さな店の前で立ち止まる。
垂れ幕には海彩には解読できない言語で何かが書いてあり、特に窓はないため中の様子は解らない。
海彩は少しだけ不安になるも、希寿は気にすることなくドアノブを握り、扉を開く。
ベルの音がなり店内へと入る。
海彩は希寿の後ろから周りを見渡す。
これと言った商品があるわけではなく、端に少しだけ小瓶や杖が売られており、扉の横にはいくつかの待ち合い用のソファーが。
そして奥のカウンターは広く場所を取っている。
何かの受付所だろうかと海彩が考えていると、店の奥からドタバタと音がして、女性が顔を覗かせる。
「いらっしゃいませー! ウルルの属性鑑定屋によこそー! って──希寿くんじゃん!」
希寿の顔を見ると驚いた顔になり、カウンターを飛び越えてズカズカと寄ってくる。
「ちょっと! 何日も連絡なかったじゃん。この前、新しいポーション大量に頼んだくせに全然受け取りに来ないから困ってたのにー!」
「ごめん。ちょっと日本に戻ってた」
「もー……ん?」
親しげに会話していた茶髪の店員は、ふと海彩へと視線を向ける。
すると興味津々に海彩を至近距離で見つめる。
「んん? んんんー? ちょっとちょっと。どうしたの、この可愛い子!」
「そいつは日本人だ。色々とあって、俺が連れてきた」
「へぇー! じゃあ、こっちの世界に来た日本人2号だね」
「2号……? もう1人いたんですか?」
海彩はふと疑問に思い、訊くと店員はピッと希寿を指差す。
「あれっ。聞いてない? 希寿くんも日本出身だよ」
「そ、そうなの……!?」
海彩は目を見開いて希寿へと視線を動かすと、見つめられた当人は無表情のまま答える。
「ああ。随分前にここに初めて転移した。それからは魔法も覚えて日本とは行き来できるようになったけどな」
「そ、そうだったのね……。てっきり、元から〝異界〟の人なのだと思ってた……」
海彩は心を落ち着かせ、息を吐く。
と、希寿は店員へと向き合って口を開く。
「今日はコイツの属性鑑定をして欲しい。この世界じゃ、属性鑑定書は身分証みたいなものだからな。勝手に〝異界〟に海彩を連れてきたのを知られたら面倒くさくなる」
「あいよっさー。任せて!」
海彩は希寿の話に納得する。
属性鑑定書というやつが身分証の用な役割を持つならば、〝異界〟へと勝手に入り込んだ海彩が鑑定書を持たなければ確実に怪しまれる。
ここは希寿の言う通りにしようと考え、海彩は1歩進み出る。
「結城海彩と言います。よろしくお願いします」
「うんっ。あたしはウルル。属性鑑定人してまーす」
ピースサインを見せるウルルへの対応に困りながら、海彩は首を傾げながらも何故かピースサインで返す。
ウルルは嬉しそうに笑顔を見せると、準備をすると言ってカウンターの向こうへと移動する。
海彩はふと、希寿へと視線を向ける。
「……二人は知り合いなの?」
「ああ。俺が初めて属性鑑定して貰った時から世話になってる。もう何年経つのか忘れたくらいだ」
「へぇ。ここに来てからも随分と長いのね。それなら、少し頼もしいわ」
素で微笑む海彩にチラリと目を向けたが、希寿はすぐに視線を反らして「それは良かった」と無愛想な態度で返した。
海彩は相変わらずな態度に苦笑しながらも、カウンターの前へと進む。
ちょうど、ウルルの準備が整った頃だ。
「んじゃ、この機械の上に右手を出して。あたしの魔力で鑑定してあげる」
「はい。えっと、こうですか……?」
複雑な構造の、水晶が中心となる装置に右手を翳す。
すると、柔らかい光が辺りに溢れ出す。
そこにウルルがカウンター側から装置に両手を翳して何かを念じる。
と、光が一層強くなり、海彩は耐えられずに左腕で目をカバーする。
希寿は店の隅で見ており、海彩ほど眩しくはなさそうだ。
ウルルは冷や汗を垂らしながら、高揚した様子で言う。
「す、すごいよっ、これ! 海彩ちゃんの魔力半端ない量……! よっし、待ってね、今から鑑定するから……!」
再び集中して何かを唱え出すウルル。
すると水晶にの表面に〝異界〟の言語がそこら中に浮かび上がる。
それは徐々に字体を変え、黒い文字が緑色へと変わっていく。
それを読み取ったウルルはハッキリと声を出す。
「風! 海彩ちゃんの属性は風だよ!」
「風、ですか……風……」
イマイチピンと来ていない海彩だが、呟く。
だが、ウルルがハッとして水晶玉に食い付く。
「あ、待って! まだある! これは……水も!?」
水色へと変化する文字。
どうやら海彩の属性は2つあるらしい。
だが、それだけでは終わらない。
水晶玉に浮かぶ文字は再び色の変化を起こす。
「ま、まだあるみたいですね……」
「うええっ! 嘘ぉ!?」
心底驚いたような反応をしたウルルはジッと水晶玉を見つめる。
今度は真っ白な文字色へと変わるのを見てウルルは叫ぶ。
「更にレアな光属性!? マジか! ヤバイよ、これ! なんていうか、すんごくヤバイ!」
「は、はぁ……」
語彙力が仕事をしていないウルルに曖昧な返事をする海彩だが、これだけ驚いているのだから相当にすごい事なのだろうと考える。
と、水晶玉は徐々に光が弱まっていき、浮かび上がっていた文字が消えると光も完全になくなる。
これで属性鑑定は終了ということだろう。
「いやぁ、すんごいねー。見た?希寿くん。三属性持ちだよ?ヤバくない?」
「ん、ヤバイ。これはさすがに予想外だったな」
無表情ながらも、海彩の魔法的才能がこれほどまで大きいとは希寿も予想外だった事が窺える。
と、希寿は驚きの感情を引っ込めて一枚の紙をウルルへと差し出す。
「これに鑑定結果書いてくれ。名前とかはさっき書いといた」
「準備良いねー。ほいよ」
ウルルは紙を受け取り、スラスラと〝異界〟の言語で何かを書いていく。
海彩には全く持って読めないが、希寿が書いたであろう名前らしき欄は埋まっていることから、希寿はこの世界の言語が解るらしい。
少しだけ読み方を教えてもらってもいいしれない──と海彩が考えていると、ウルルがちょうど書き終える。
「んじゃ、これでオッケー?」
「ああ。サンキュ。 ほい、これ」
「えっ。あ、うんっ」
紙を受け取った希寿は再び海彩へと紙を渡す。
持っていろということだろう。
海彩が鑑定書を折り畳んで制服のポケットにしまっていると、ウルルが希寿へと訊く。
「ところで、これから何するの? こんな子連れてきてさー」
「そうだな……全部話したらもう帰らせるつもりだったんだが──」
「?」
希寿はチラリと海彩を見ると、少しだけ口角を上げて。
「こんな逸材を放っておくのは勿体ないよな」
◇
「──こんな杖、貰って良かったのかしら……」
「アイツがいいって言ったからいいんだよ」
海彩は希寿の後ろをついて山道を進む。
その手には、月に型どられた水晶玉が輝く杖が。
この杖はウルルが店の奥から引っ張り出してきたもので、ウルル曰く〝海彩はこの世で類のない逸材だからこの高強度の杖をぜひ渡したい〟とのこと。
海彩からすれば自分に魔法の才があるなんてことは全く思っていなかったし、そもそも〝異界〟や魔法という存在を上手く呑み込めていない。
そんな状態にも関わらず、希寿に有無を言わせず〝異界〟の山まで連れてかれてしまう始末。
海彩は不安を抱えたまま、希寿に問う。
「あの、私の実力を試してみたいっていうのは道中で聞いたけど……どうするの? 魔法の使い方なんて、まだ解らないんだけど……」
「まだ、って事はやってくれる気はあるんだな。大丈夫、やり方は俺が教える」
「───」
「何だよ、その顔」
海彩が膨れっ面をしていると、希寿が滅多に変えない表情を変えて苦笑する。
「急にここに連れてきたのは悪かったって。──お前があのまま死ぬくらいなら、こういうのも見せてやるのもいいかと思って」
「何がいいの……?別に、私はこの世界を見ても思うことは何も変わらないわ。死にたいものは死にたい。魔法の才能が開花しても、〝じゃあ生きよう〟とは思えないもの……」
「……いや、断言する。お前は生きる。そうなるはずだ」
「え──?」
顔をこちらに向けない希寿の表情は読み取れないが、海彩は彼が何を言いたいのかと必死に考える。
だが、いくら考えても無表情で冷淡な少年の思考は解らない。
海彩は怪訝そうな顔で口を開く。
「ど、どういうこと……? 私が生きることになるって……。だって、希寿くんだって死のうとしてたのに、何で私の事を……!」
「ストップ」
海彩の口元に手を添えて制止し、希寿は道から外れた木々の間の一点を見つめる。
突然、希寿から感じる緊迫した雰囲気。
海彩は唾を呑み、ゆっくりと希寿に問う。
「ど、どうしたの? 急に……こっちはまだ話してるのに」
「んな事してる場合じゃないな、これは」
言い、希寿は片手を前に付き出して〝異界〟語で何かを呟く。
おそらく魔法の詠唱だったのだろう。
付き出した手のひらに魔方陣が浮かび上がり、突然その空間に出現したのは常盤色のマントに輝く槍。
希寿は慣れた様子でマントを羽織り、留め具でしっかりと固定すると槍をくるりと回して構える。
海彩ら突然の事態に頭が追い付かず、アワアワとしていると希寿は振り返ることなく口を開く。
「向こうに魔獣の大群がいるな……俺のサーチ魔法に引っ掛かった。お前はそっちの木の影に隠れてろ」
「え、え……? 何? 魔獣って……さっきも言っていたけど、何なの?」
訊くと、希寿はより深刻な表情をし。
「簡単に言えば、〝異界〟に住む人間や獣人に危害を与える奴らだ。こんな山の中なら大量に沸いてくるからな。通常のゴリラの七倍くらいは力があると思え」
「ゴ、ゴリラの七倍……」
その魔獣の恐ろしさに顔が引きつる海彩。
そんな棒立ち状態の海彩をチラリと見た希寿は軽く舌打ちをして、声をあげる。
「早く隠れろって!」
「あ……え、ええ!」
言われた通り、道から少し外れた大木の裏に回り、身を潜める。
それを確認し、希寿は目の前の敵に意識を集中させる。
彼が常時放っているサーチ魔法は魔獣が接近した際にはその方向と数の情報が脳に流れ込む仕組みとなっているが、今回反応した魔獣の数は約10体。
希寿の現在の実力で相手をするならば、5体で限界が来てしまうだろう。
だが、今回はこの事態を予測していなかったわけではない。
〝異界〟に慣れていない海彩がいることも考慮し、魔獣の出現率が比較的低い山道を選び、登ってきた。
本来ならどこかで魔法の撃ち方でも教えて下山するだけだったのだ。
にも関わらず、この状況。
無表情を保っている希寿とは言え、内心の焦りは隠せない。
「さて、来るか──」
希寿が呟き、槍の柄を握る手に力が入る。
その時。
「──!」
木の影から飛び出してきたのは大型犬の二回りほど大きい狼型の魔獣。
〝異界〟でも有名な黒魔獣の一種だ。
魔獣は高く跳んで、希寿目掛けて襲いかかる。
だが、希寿は槍を引き、力を溜める。
魔獣が迫ってきたタイミングを狙い、一直線に槍を突き刺す。
見事に魔獣の喉を貫通させた槍を引き抜く。
が、休む暇もなく魔獣は次々と姿を現す。
あっという間に囲まれ、逃げ道はなし。
「くっそ……速いな」
予想を越えた魔獣の俊敏さに調子が狂う希寿だが、気を取り直してグッと槍を握る。
「ふっ──!」
今度は希寿から魔獣へと槍を突く。
横に躱される──その隙を突いて更にもう一撃。
頭部に刺さった槍を引き抜くと魔獣は倒れ、血が溢れる。
続いて希寿の背後から襲いかかる一匹の魔獣が。
だが、サーチ魔法を常時展開している彼にはどの方向から襲撃されようが意味はない。
咄嗟にそれを悟った希寿は槍の刃を後ろへ向け、サーチ魔法の感覚に従って魔獣向けて一突き。
槍に宙ぶらりんの状態で刺さる魔獣を地面に叩き付ける。
これで3匹片付いた。
辺りを見れば、残りは6匹。
「……これならいけるな」
希寿は予想よりも戦況が良いことに安堵し、目の前で威嚇するように吠える魔獣向けて槍先を向ける。
再び攻撃に移ろうとした、その時──。
「希寿くん、後ろ!!」
木影から戦闘を見守っていた海彩の咄嗟の叫び。
希寿が振り返ると、猛スピードで駆けてくる一匹の魔獣が。
このスピードでは、希寿のサーチ魔法に反応したとて、防御が間に合わなかっただろう。
だが、海彩はサーチ魔法の範囲よりも遠くにいた魔獣の存在に気付き、気付けば声を上げていたのだ。
希寿は振り返り、槍の柄で魔獣の突進を受け止める。
魔獣は負けじと鋭利な牙で槍を噛んで折ろうとするが、希寿の槍の強度は折り紙付き。
そうそう折れるようなものではない。
だが──。
「あぐっ──!!」
突然の背中への痛み。
力が緩み、槍を握る手が離れる。
対抗していた魔獣も槍から口を離す。
希寿はバランスを崩してうつ伏せに倒れる。
後ろを見ると、一匹の魔獣が希寿の背中を切りつけたようだった。
鋭く強い爪は深く傷をつけたようで、背中の傷口からの流血は止まらない。
なんとか立ち上がろうとするが、上手く力が入らない。
「クソがッ……!」
と、その時。
「希寿くん!!」
名前を叫ぶ海彩が木の裏から飛び出してくる。
それに反応したほとんどの魔獣が海彩を視認し、唸り声を上げて睨む。
「──ッ」
その気迫にたじろぐも、杖を握る手に力を入れる。
「だ、大丈夫!? ここは私が──!」
「バカ、お前はまだ魔法は使えないだろ……!」
言うも、海彩は希寿の言葉を聞き入れずに杖を構える。
(だ、大丈夫……魔法は使えないけど、杖は鈍器にだってなるもの)
杖の使い道とは別の事を実行するというぶっ飛んだ思考の海彩は杖をグッと引く。
「来なさい!! 希寿くんじゃなくて、私が相手よ!」
その言葉を合図にしたかのように、四匹の魔獣が海彩目掛けて一斉に飛び出す。
海彩は杖を横なぎに振り──。
「希寿くんに痛い死に方はさせないんだから──!!」
叫んだ瞬間。
杖から放たれる激風。
それは魔獣の体を切りつけ、辺りの木をも薙ぎ倒した。
希寿のところまでは届かなかった魔法だが、代わりに彼の身を包んだのは──。
「──! 治癒魔法……? 混合魔法か……!」
みるみる背中の傷は塞がり、魔力や体力まで溢れてくる。
希寿が立ち上がり、辺りを見渡すと、ほとんどの魔獣は海彩の魔法で瀕死の状態。
それでも立ち上がり、歯向かおうとしているから魔獣はしぶとい。
そして、魔法をぶっ放した当人は──。
「………へ? あれっ? えっ……?」
気付けば、目の前の魔獣達がダメージを負っている事態に困惑していた。
自身が魔法を使った自覚はないのだから、当然だろう。
そうして杖を両手で持ったまま、あたふたとする海彩。
一方、希寿は彼女から受けた治癒魔法によって溢れ出す魔力を一気に放出するべく、こちらに背を向けたままの魔獣に向けて片手を翳す。
自身の体内に秘めている魔力を手中に集め──。
「『聖直光』!!」
詠唱に続いて魔法名を叫ぶと、純白な光の塊が鋭く尖った槍へと形を変えて魔獣目掛けて一直線。
中央に立ち、海彩に吠えていた魔獣に直撃すると、爆発するように光が広がる。
光は全ての魔獣を覆い、その眩しさから何も見えなくなる。
「す、すごい──!」
海彩は腕で目元を光と衝撃の風からガードする。
魔法の迫力を間近で見る体験に震えていると、煌々としていた光は次第に蒸発するように空中へと逃げていく。
魔獣達の群がっていた地面が現れると──そこには外傷はなく、ただ動かなくなった七匹の魔獣が。
「…………」
あまりの出来事に、海彩はその光景を呆然と眺めて突っ立ったまま。
そんな海彩の元へ希寿が歩み寄ると、人差し指でトンッと額を押す。
「おい、生きてるか」
「えっ………あ、うん」
声を掛けられた事でやっと意識が引き戻され、海彩は希寿を見上げる。
「す、すごかった……。希寿くん、強いのね」
「……まぁ、油断さえしなきゃ、そこそこには。でも、今回はお前のおかげだな」
「へ? 私の?」
目をパチクリさせて首を傾げる海彩。
希寿の憶測通り、魔法を撃った自覚はないらしい。
海彩は自身を指差して。
「どうして? だって、私は何もできてなかったもの。魔法も使えなくて──」
「いや、お前は使えてた。見ろ、あの魔獣の切り傷。お前がぶっ放した魔法のおかげだ」
「えっ──」
魔獣の体に刻まれた風魔法の深い傷。
それを指差す希寿の指先を辿っていく先に映る魔獣の怪我に海彩はゴクリと唾を飲む。
まだ半信半疑といったところだろうと希寿は思い、再び口を開く。
「俺に風属性はない。これは確実にお前の魔法だ。しかも、初魔法を無意識でぶっ飛ばした上にいきなり混合魔法を使えたんだ。お前は紛れもない逸材──このままは勿体ないな」
「…………死ぬのはやめないわよ」
「ああ、俺もお前と同じだ。〝死ぬな〟なんて言えない」
「じゃあ、私が魔法の天才だとして──どうする気?」
海彩は真っ直ぐに希寿を見上げる。
海彩は、希寿が自分が死ぬことを妨害してくるのではと警戒している。
希寿がただの悪人ではなく、嘘つきでもなく、優しい死にたがりな少年だと知っているから。
優しいからこそ、他人の心配をして──死なせてくれないんじゃないかと。
だが、希寿は違った。
目の前の死にたがりな天才少女の死を邪魔する気は毛頭ない。
自分が苦しむことで精一杯なのだ。
それでも、少しだけ──その死にたがりな少女に希望を持っていた。
「……お前なら、この〝異界〟にとっての希望になる」
「私が……〝異界〟の希望?」
少しだけ困惑した表情を見せる海彩。
そんな海彩に一歩近付き、希寿は真剣な眼差しを向け、言う。
「結城海彩。死ぬなら、世界を救ってからにしてみないか?」
ごめんなさい、更新スピードが遅くなってしまって。
毎日更新したいなぁとか思ってるんですが……
どうしても忙しく。
このままだと成長できなさそうで恐ろしいのですがね。
次は1週間後以内には更新したいと思っています。
良ければ次話も読んでください……!
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