配管工、本管敷設編
この作品は限りなく事実に近いですがフィクションです。できるだけ、マニアックな所は細かく描写しました。普段皆様が飲んでいる水道水がどのように供給されるようになっているのか、それらを知っていただき、ゆくゆくは技術者を志願する人が増えることを祈り、この作品を描くことを決めました。如何でしょうか・・・。お目通しいただけると幸いです。
この物語は、北海道の十勝地方某所で繰り広げられる、とある配管工とその周りの人物の日常を記述した物である。
フィクションであり実在の団体、人物とは一切関係ありません。
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2021年7月某日。ジリジリと太陽が容赦なく照り付ける夏のO市。誰が言ったか。試される大地。真冬の厳しい寒さを乗り越えた後に待ち受けているのは、死屍累々の灼熱地獄なのである。けたたましいエンジン音を響かせながら小型の油圧ショベルが絶え間なく土をかき、満杯に積まれた土をOsuzuの4トンダンプが運び出す。そして油圧ショベルが彫り上げた深さ1メートル70センチ、幅80センチ程の穴の中で突っ立っている漢がいる。彼の名前は『前澤ヤス』。25さい。罠にかけられ、配管工として働くことを強いられている。
今彼らが行っているのは、古い水道管を更新する工事である。日頃市民の皆様が使っていらっしゃる水道施設。これらが一定の量と安全性を以って供給されるようになったのが1940年頃から。赤ちゃんが老人になるまでの期間、水道管は水を皆さんのお家に送り続けている。当然、管の材質によっては錆が発生したり、不純物が堆積したりと、血管が徐々に詰まるのと同じように、機能と安全性に支障をきたしてくる。
そこで、それらの水道管を管理する各自治体が業者に工事を発注し、事業の受注方法はさまざまであるが、ここではオークションのような、業者が請負額を設定し、自治体がそれに応じて業者を選ぶ方式が取られる。更新工事とは、すなわち地中に埋設されている水道管を掘り出し、入れ替える工事である。どうしても、決められた納期までに仕上げるには、大掛かりな体制を取らざるを得ない。そんな、阿鼻叫喚の現場のただ中。彼、前澤ヤスは穴の中で突っ立っているわけではない。大雑把な油圧ショベルが、繊細な地下埋設物を破壊することを未然に防ぐために全身全霊、粉骨砕身の心持ちで、見張っているのだ・・・。
止まらない汗にいらだち、地下埋設物に怯えながら、目の前で繰り広げられる油圧ショベルの前後運動を眺めていた。
眼鏡に汗のしずくが垂れてくる。熱気と湿気で頭がふらふらする。ある程度の距離を掘り上げた所で重機を操るゴリラが地を這うようなバリトンボイスで叫ぶ。「ヤス!管入るか!」・・・どうしてゴリラがバックホウを乗りこなしているのだろう・・・。暑さで侵されたヤスの脳は目の前の事象を正確に処理できずにいた。3秒ほどゴリラの顔を見つめて気付いた。あ、違う。あれは親方のタカさんだ。タカさんは俺が生まれる前から配管工をやっている50代のおじさんだ。彫りの深い顔と、眉間に深く刻まれたしわと、ずんぐりと大きい体格からパッと見たらゴリラのように見える。というかゴリラだ。この現場のリーダーであり、全ての仕事に必要なスキルがカンストしている高スペックゴリラだ。全盛期の頃はすさまじい怪力を誇っていたらしい。見かけどおり気が短くせっかちなので、俺にとっては苦手なゴリラだ。
早くしないとドヤされる。
コンベックスを用いて高さを測り、目印を参考にし、距離にも問題はない。親方に合図を送り、穴の上の人たちへ目掛けて呼びかける。
「誰かー!管持ってきて!」
返事はない。おかしいな。いつもなら、こんな工事は人数が多いから、誰かしら人が余っているはずなのに・・・。首を伸ばし、現場を見渡す。うむ、誰もいない。ダンプはさっき出てったから、アキさんが居ないのは当然だけど、オサムさんはどこへ・・・?そうしていると、現場に置いてある仮設便所の扉がゆっくりと動き出した。そして、スッキリした顔のおじいちゃんが現れた。いい笑顔で、汗を拭っている。半脱ぎのつなぎがイイ味を出している。まあ、それは、いいのだが・・・あのおじさんは・・・。そのおじさんの特徴を認識して、瞬時にヤスは、誰の助けも得られないことを理解した。あのおじさんは、同僚のオサムさんだ!!「またうんこかよ!」ツッコミを入れて穴から飛び出た。オサムさんは繊細な仕事をこなし、広く落ち着いた眼で現場を把握する、いぶし銀の名選手だ。気の抜けた冗談と、毒気の一切ない穏やかな顔つきが素敵な、頻繁にトイレに吸い込まれる癒し系おじいちゃんだ。ちなみに今年で62さい。おじいちゃんがあんなところにいては管は運んで貰えそうにない。ため息をつきながら管を取りに走る。タカさんは怒涛の勢いで次の穴を掘りだした。あまりの速さに残像が見える。 資材置き場は現場から近いので、管自体はすぐに取りに向かえる。ゴリラにはドヤされた。
眼下に積まれたさわやかな青色の円管。これが今敷設している新しい水道管。通称配水ポリ。略して配ポリ。技術の進歩は素晴らしいもので、近代水道施設が整備されだしてからの何十年の間に、水道管の素材はより腐らず劣化せず、かつ頑丈にと改良されていった。そうして生み出されたものがこれだ。管同士の結合は、菅と管の接触面を溶かし、分子レベルで融着させるという仕組みだ。一度融着してしまうと、いかなる手段を用いても、まともなやり方では彼らを引き離すことは出来ない。マンネリのカップルに、ゲン担ぎでプレゼントしてあげれば、きっと喜んで貰える。そんなシロモノだ。その他の素材を用いた管には、鉄製のもの、塩化ビニールを用いたものがある。「ふんっ」配ポリ管を、肩まで担ぎ上げる。配ポリ管は鉄よりは軽いとはいえ、大口径の管を担ぐのもやや気合がいる。せっせ運んできた管を穴の中に叩き落し、管接続口の脱脂作業と、管の固定作業を終わらせ、融着マシンをオサムさんに操作してもらう。手軽だ。この上なく。鉄製の管の場合、煩わしいのがボルトの締め込み作業なのだ。それがない分、労力は大分ラクだ。ホント、メーカーの皆様には途方もない感謝と尊敬の気持ちがある。
気付けばタカさんは既に次のスパンの表層の砂利を取り終え、土の掘削をしていた。もうかよ。早すぎる。控え目なサイズの機械で、90センチは入っている大量の砂利をタカさんは瞬時に積み上げる。誰にでも出来ることではない。小走りでバックホウに戻り、再びアームの前後運動を眺める。ここから次の管が入るまでの間に、住宅から給水管、排水管がそれぞれ掘削箇所を横断しているハズだ。土の模様を見極め、各管を埋設したときにできたであろう、土の模様を見つけなければならない。さもなくばジリジリ管に迫ってくる見えない恐怖と、人力掘削の苦痛と闘わなくてはならなくなる。運のいいことに、今回はすぐに見極める事が出来た。場所がわかってしまえば、あとはギリギリのラインまでバックホウ様が掘削してくださる。
不意にゴリラが機械さまを操る手を止めた。どうかしたかとゴリラを見る。すると相変わらずのいい声で、「一服だな。」そういった。
静かな現場に使い切りライターに点火するカチッと心地いい音が染み入る。メンバーの中で煙草を吸うのはゴリラと、ダンプ乗りのアキさんだ。二人はかなりヘヴィな愛煙家だ。まったく似ていないのだが、二人は兄弟で、吸う銘柄も同じだ。彼らの関係性を俺の貧弱な語彙で例えるなら、北〇〇拳のラ〇〇と、ト〇だ。関係も、冷え切っている。基本的に一服の最中に会話はない。なぜなら、ゴリラとアキさんは前述のとおりだし、オサムさんは暑さでヘロヘロだから喋ることができない。俺も俺で、俺のような北〇〇拳に出てくるモヒカンが、ラ○○に話しかけるなんて恐れ多いし、単純に先輩の皆様が楽しめる愉快な話題を提供することが不可能だとわかっているので、黙ってスマホを取り出した。最近ハマっているカワイイ女の子がマラソンをするゲームを遊んでいると、ゴリラが現場の今後の予定を話し出したので耳を傾ける。砂利の高さ、管を保護するための砂の残量、あと何メートル進むか。それらを全員で確認し、再び作業に戻る。
再び轟音と灼熱に身を晒す。ああ、つらい。俺はあと、何本の管をくっつけるのだろう。俺はいつまでこの会社で務めるのだろう・・・。正直飽きてきたし、カラダもつらいよ・・・。おかあちゃん・・・・・・。
穴の中で、オタクは悶々と悩み続ける。彼の悩みに答えが与えられる事はない。彼が彼である限り。そうして彼は、肉体労働のドロ沼にハマっていく・・・・・・。
次回、配管工、住宅設備を行う。
お疲れさまでした。 如何でしたか、気に入っていただけたでしょうか・・・。
配管工とは今回のような水道管の更新のほかにも様々な業務を行います。なるべく伝わりやすく、言葉を選んだつもりですが、気になったことや、配管工に関して疑問に思った事はお気軽にご連絡頂けますと幸いです。