最高のプレゼント
「アリアさま、お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとう」
次々に声をかけてくれる友人たちと会話を楽しむ。
大きな机にはリボンのかかった色とりどりの箱や花束が積みあがっていて、様々な種類の軽食も並んでいる。
それもそのはず。今日は私、アリア・フォーサイスの十五回目の誕生日なのだ。
せっかくだから、と仲のいいご令嬢やその婚約者方、フォーサイス伯爵家とつながりのある方々をお呼びして、こうしてちょっとしたパーティーを開いた。
久しぶりにお会いする方もいて、私はもちろん、お客様にも楽しんでいただけていたと思う。
そのとき、バンと扉が開いた。私を含めた会場内のほぼ全員が音の方へと顔を向ける。
よく見ると、迷惑客は私の婚約者―ジーク・ブライアントさまだった。
「見て、ブライアントさまったら知らないご令嬢をエスコートしていらっしゃるわ」
「アリアさまという素晴らしい婚約者さまがいるのになんてことなの」
そう、確かにジークさまはこの場には招いていないはずの男爵令嬢をエスコートしている。彼女たちの声は決して大きくはないが、会場の至る所でコソコソ言われているのだ。さすがに彼らの耳にも入っているだろう。
しかしジークさまは、まるで周囲の声が聞こえていないかのように堂々と中央に進み、あろうことか大声をあげた。
「アリア・フォーサイス、お前との婚約は今日で破棄だ!」
「婚約破棄、ですか」
思わず私は手に持っていた扇で顔を隠した。
全身の震えが止まらない。
「お前みたいな嫌味ばかりのつまらない女は僕の妻にはふさわしくない! その点ここのハナは…」
「素晴らしいですわ!」
うっかりジークさまのセリフの途中で口を挟んでしまった。
それに、外面は平静を保っていたけれど、内心はもう限界だった。
婚約を結んでから半年、コツコツ嫌味を言い続けたり、つまらない女を演じたりしてきた努力が今報われたのだ。思っていたより早かったけど。
とにかく、ようやく解放されたのだから、多少言葉に出てしまってもしょうがないだろう。
それに、ジークさまは私を『嫌味が多くてつまらない女』と評したが、ジークさまも似たようなものだ。
会話をしても人の悪口か嫌味。私の嫌味は頑張って考えたいわば『作られた嫌味』だが、ジークさまのそれは何も考えていない純粋なただの嫌味なのでより一層最悪だ。
もともとブライアント侯爵家からの懇願の末結ばれた婚約だったが、お世辞の一つも言えないような男なんて、こちらから願い下げである。
「誕生日に婚約破棄だなんて! なんておめでたいの!」
近くから『おめでたくねぇよ…』とツッコミが入ったような気がするが気にしない。
私にとってはとてもおめでたいことなのだ。
「それでジークさまはそちらのハナさまと婚約したいということですね」
「ああ…」
「でしたら、破棄に関する書類はこちらに用意してありますので、あとはジークさまが書き込んで提出してください」
「ず、ずいぶん手際がいいな」
もちろんです! ずっとシミュレーションしてきましたから! とは言えない。
完全に私のペースにのせられているジークさま。きっと本来用意していたセリフがあるんだろうけど、私の知ったことではない。
「では、私はこれで」
「お、おお…」
「あ、最後にひとつよろしいでしょうか」
「なんだ、やっぱり僕に未練があるのか!」
「いえ、そうではなく」
すぐに否定すると、周りから笑いが漏れる。
ジークさまは顔を真っ赤にしているけれど、今更ですか? あなたさっきからずっと笑われてましたよ?
それは置いておいて。
私はジークさまと、すっかり蚊帳の外になっていたハナさまに向かって小さく祈りを捧げる。
「な! 何をしたんだ!」
「この先何があっても、お二人が絶対に婚姻できるように魔法の力を使って祈りを捧げておきました。どうぞお幸せに」
「え」
「最高の誕生日プレゼント、ありがとうございました」
私はそれだけ言い残すと、颯爽と会場をあとにした。
*
婚約破棄の書類のすべてにサインをした僕は喜びをかみしめていた。
「これでハナと婚約できる…!」
思えばこの半年間、僕はよく我慢した。
最初はいい婚約だと思っていたけど、完全なる間違いだった。
アリアとは、顔を合わせれば嫌味のような会話。ちっとも笑わないし、一緒にいても楽しくないどころか落ち着かない。
ハナはよく笑い、僕を褒めてくれる。ハナと一緒にいると楽しいし、充実感もある。
彼女が僕の運命の相手だ!
そう確信した僕は、アリアの誕生日パーティーで婚約破棄を宣言することにした。
伯爵夫妻にバレないように、ウチの親にもバレないように。
細心の注意を払い、両家の親が席を外した隙に婚約破棄を言い渡した。
『素晴らしいですわ!』
なぜそこで喜ぶ!?
予定とは違う感じになってしまったが、上手く婚約破棄をすることができた。
アリアは去り際に、祈りまでかけていってくれた。
僕とハナの幸せを祈ってくれたらしい。
なんだかんだアイツも僕のことを愛していたのだな!
「これでジークさまと結婚できるのね!」
「ああ、ハナ」
その後すぐにハナと婚約し、結婚式は学園卒業後すぐに挙げることになった。
僕たちは、いや僕は、これから始まるであろう幸せな未来を信じて疑わなかった。
「ねえジークさま、私、あのアクセサリーが欲しいわ!」
「一昨日ドレスを新調したばかりだろう? もうお金がないんだ、諦めてくれ」
「え~いいじゃない! ジークさまのケチ~」
こんなはずじゃなかった。
ハナの浪費癖がひどいということを知ったのは、結婚した後だった。
街を歩けばなんでも欲しがり、強引に手に入れる。ついには僕の貯蓄にも手を出した。
もう我が家の財産はほぼゼロだ。
日に日に使用人が減っていき、家具も減っていく。
婚約しているときはこんなに強欲じゃなかったし、むしろ謙虚で、贈り物もあまり受け取らなかった。
結婚して本性を出したということか。
勝手に婚約を破棄したことで、親に勘当され、頼れる人もいない。
あの時描いた明るい未来など存在しなかった。
…そうだ。今からでも間に合う。離縁すればいいんだ。
そう思い至った僕は、すぐに離縁の書類を用意した。
ハナをだましてサインを書かせ、教会に提出しにいったが、断られた。
「なぜだ! なぜあの女と離縁できないのだ!」
「あなた方には『祈り』がかかっています。術者以外の誰にも解けないし、逆らえない、強力な『祈り』です」
「アリア…!」
あの祈りは! 僕の幸せを願ったんじゃなかったのか!
『術者以外』
アリアなら、アイツなら解けるということか。
僕は、すぐにアリアの所在を調べ始めた。
「絶対に、絶対に、離縁してやる…!」
*
あれから二年。
私はあの後すぐに、留学というていで国から出てきたのだ。もともと出ていく予定で、家も人脈も確保しておいたのがよかった。
学園を卒業した今は、前々から好きだった図書館で働き、充実した毎日を送っている。
え? 元婚約者?
向こうの友人に聞いたところ、男爵令嬢―今は侯爵夫人の浪費がすごいらしく、早くも借金までしているらしい。
あの時はハナさまに浪費癖があるようには見えなかった。言い方は悪いけど、地味だったし。でも、ひとの婚約者に手を出そうとする時点で何か裏があるのは間違いないだろう。
それを聞いても何も思わない私は、薄情な人間かもしれない。
からんと音がなり、図書館の扉が開かれた。
「アリア・フォーサイスはいるか!?」
「私ですが」
誰だろうか、全然見覚えのない男。いきなり訪ねてきた上に図書館での大声。マナーがなっていない。
あ。もしかして…。
「僕だ、ジーク・ブライアントだ」
「ああ」
「お前の、お前の『祈り』のせいであの浪費女と離縁もできない! どうしてくれるんだ!」
どうしてくれると言われても、私はこの方の幸せを願って祈ったわけだし?
そもそも、私の『祈り』の効果が絶対だということを知らない方が悪いと思う。
私たちの『祈り』は国外にも知られるくらいには有名である。
そう、それを商売にして生活できるくらいには。
我がフォーサイス家に代々引き継がれている『祈り』は、願ったことを絶対に叶えるという、強い力を持つ。
ときに幸せに導き、ときに不幸へ突き落とす。
だから、使い方には気をつけるようずっと教えられてきた。
その旨を伝えると、どうやらその話を元婚約者は覚えていなかったようで。
彼は逆上して、私に向かって思い切り手を振り上げた。
あ、これ殴られるな。私が察して目をつぶったその瞬間―
「俺のアリアに近づいたら、殺すよ?」
見慣れた後ろ姿が視界に入った。
気がつくと、元婚約者はすでに取り押さえられていて、係員に連行されていた。
「ありがとう、エル」
「てかアイツだれ?」
「あー、実は、元婚約者です」
エル―いまの私の婚約者の侯爵令息があからさまに嫌そうな顔をしている。
そう、私はもうすぐ「伯爵令嬢」ではなくなる。
「まぁいいや。アリアはもう俺のだから。絶対逃がさないよ?」
サラッと怖い発言をする婚約者さまに向かって微笑む。
「それにしても今日は遅かったわね」
「まぁね」
そう言ってエルが取り出したのは小さくても重厚感がある箱。
その中から現れたのは…指輪だった。
「アリア、誕生日おめでとう。俺と結婚してください」
私はゆっくりと指輪を受け取る。
「はい」
その瞬間、エルにぎゅうっと抱きしめられた。
その腕の中の幸せな空間で、私は満面の笑みを浮かべる。
「最高の誕生日プレゼント、ありがとう!」
ハナの存在感が薄い…
エルはヤンデレ気味です。
最後までお読みいただきありがとうございました!
ざまあできていたでしょうか…?