第七十四.五話 その頃の片割れ
ドドドと見せ掛けてユルい下のお話。すっ飛ばしても問題なし
_____シアレスとレンが教会に戻った頃、王城にて。
「宜しいのですか、彼女をあの子に任せて。」
「いいよ。父上が判断したなら僕が口を挟んだ所で言い負かされるのが分かってるし……何よりガルシアが悩んでたのは知ってたから、適任だと思う。」
ゆったりと伸ばした髪を横に垂らし、ふわりと尾が左右に揺れる。
堂々たる立ち振舞いでありながら、何処か儚さと神々しい迄の美貌を持つ___城下では天女だとか余りにも美しすぎて女が霞むとか言われてる___彼の人こそ、継承式はまだでありながら国の中枢、次期王となるナオ・ベスティード本人である。
ただ、普段は穏やかなその顔は、忌々しいとばかりに眉は寄せられ、言葉に僅かにトゲが混じっている。
後ろを行くは国一の剣士、レーヴェディア。幼少よりナオを見守り、未だ王位を正式に継ぐまでは専属の護衛としてあらゆる場面で付き人をこなしている。
「まぁ、確かに。お嬢もだいぶ落ち着いた…つーか、アルトゥール達に仕込まれてるから問題はないでしょう。
先程はシアレス様とガルシア様に喧嘩を売ったものの、結局事態は好転してますし…何よりシアレス様がえらく懐いてるってアルトゥールから連絡来ましたし。」
と、告げた途端。ナオの足取りが止まった。
蒼い蒼い瞳は苛立ちを隠すこともなく、レーヴェディアを睨み付け、不機嫌さと共に尾がしなる。
「…それが一番気に食わない。僕はあの子と顔すら合わせられないのに彼女はべったり。お前は連絡係として暫く会わせてたのに元老院共に邪魔はされるわ父上は内緒で会うわ、アレフ殿下はあの子を馬鹿にするわ……ほんと、神経を逆撫でするのが上手だよね。」
「俺に八つ当たりしないで下さいよ。俺だってあの子と暫く会えてないんですし……殿下の場合は、襲わないって約束できるまでは駄目です。少なくとも夜会までは耐えてください。」
「どれだけ僕を下半身と直結してる男だと思ってるのさ……って、数年前なら言ってたけど…今はお前の言葉が理解できるだけ忌々しいよ。」
苛立ちを溜め息で霧散させ、再び歩き出したナオ。
小さく溢した舌打ちは聞こえたものの追求することはなく、再び鎧を鳴らしながら後ろをレーヴェディアが行く。
八つ当たりも慣れたもので、1~5回ほど日を空けてされる。最近は間隔がなくなってきたが…苛立ちも分かるので受け止めるしかない。本当に傷付ける事は言わないので本人も八つ当たりだと分かってるのだろう。
「難儀なものですね。獣人って。」
「本当にね。ここまで精神的にクるとは思わなかったし…ついでに王族も面倒だと思わなかったよ。僕が選んだ選択だとはいえ、このままじゃあの子との巣には相応しくない。」
「まぁ、獣人は一途が多いですからね。お嬢は番だろうし、余計ですかね。」
後半は触れるとややこしくなるので触らず、当たり障りのない返答を送る。鳥籠から巣へと変わったことを含め、ナオ・ベスティードは幼少より少し思考が変わった。
王族らしくなった、というべきか、王族としての振る舞いが追加されたというべきか。王族としての教育も事件後を境に徹底して始まり、一時期は笑顔が消えたほどだ。
…まぁ、見かねたアルトゥールがレンに作らせたというミサンガをお土産にと渡したので事態は無事収まったが。
が、日々のストレス、それから責任。重圧ははかり知れず…そして何より、好きな人に会えぬ、というのが随分と獣人としての性を歪めてるらしい。
「年頃なのは自覚してるけどさ…そういう夢を見るだけで一日収まりが効かないって王族としても男としてもまずいよね。」
「まぁ、変に拗らせてますからね殿下は…あとこんな所で話す事でもないのでは?」
「僕らしか居ないのは分かってるさ。盗聴もされてない。…じゃなかったら話すわけないだろう。
……本当、はやくあの子に会いたいよ。きっと美しく、愛らしくなってる。……そう思うだけで口の中が唾液で満たされるんだから、そうとう末期?」
「確実に。」
人に成長期があるように、ナオは獣人としてちょうどその時期…さらに獣の血を含むものとしてより性を、繁殖を意識する時期真っ直中である。
…勿論個人差はあるし、レンにはその兆候が全くないので本当に拗らせてる他ないのだが。
ただそこを指摘すれば藪蛇だし、後々仕事を大量に割り振られること間違いなしなので指摘はしないレーヴェディア。
ただ一つ思うのは、本当にこの場に自分以外居なくて良かったことだ。
勿論内容が内容なのもあるが…レンの事を想い、頬を僅かに染め、身震いする彼は酷く扇情的で目に毒だからだ。時折覗く幼さもなおのこと。
女にも見えるその姿は、職務中の騎士達にとって仕事を放棄せんばかりに艶やかなので勘弁してほしいとは思っている。
「定期的に発散しないと、それこそお嬢を傷付けますよ。適当な女でも見繕いましょうか?」
「レーベ、そういうの要らないってば。権力者にとっては普通って教わってるけどさ…僕はあの子以外抱く気なんて起きないんだって。そんなことしたら君の休暇、破棄するよ?」
「それは困ります!……つっても、本当に傷付けることになりますよ?殿下の方が身体が出来上がってますが、あの子はまだまだ安定してない。
成人して二年は待たないと、負担を掛けるだけですって。」
「…分かってるよ。もう。嫌な現実を突き付けないでくれ。
僕の全てはあの子に上げたいし、あの子の全ては僕が欲しい。アヴィリオ達って守りを得たのは予定外だったけど…うん、彼等はレンに手を出さないし、信頼してる。余計な虫からも遠ざけてくれてるだろうからね。」
うっとりと、恍惚に、ナオが想像するは幼いレンの姿。
その姿しか未だ知らないからこそ、なんとか体裁は守られてると言っても過言ではない。
現在の姿を知って、そこから更に二年。10年も待ったのに更にお預けなんて生殺しもいいところだ。
「……お嬢、殿下に甘いですからね…組み敷きでもしたら、恐らく負担など気にするなと捧ぐでしょう。」
「だろうね。あの子あれで貪欲だから。…いや、今はどうだろ…神父殿に影響されて貞淑になってるかな?まぁ…嫌々ってされても可愛いだけだしなぁ。逃げようとするところを抑え込むのもそれはそれで…」
「殿下。程々に。」
「あぁ、うん。ごめん。これくらいなら身体は大丈夫さ。ただ___本当に、組み敷きかねないから、そしたら止めるのは任せるよ。レンが許してもちゃんと止めて。頭から水掛けてもいいし。」
身体の心配をしてた訳ではなかったが、賢いレーヴェディアは否定せず頷くことにした。
妹のような存在の夜の姿など想像したくはないが、倒錯的なのは間違いないだろう。
そもそもナオ一人でも裸を想像だなんてしたら後ろめたさがレーヴェディアは勝つが…騎士や貴族の中にはナオをそういう目で見る輩も少なくはない。
特に、この手の話題をしてる時のナオは暴力的な程の色香を撒き散らすのでレーヴェディアとしては自室以外では勘弁してほしいのが本音だったりする。
何度だって言うけど本当に。
浮わついた話もなく、日々執務に準じ、民を、兵士を労る姿は神の遣いが如く。…そう語られるほどに誰よりも整った容姿の一人の白猫。…勿論、他の兄妹も似たり寄ったりなので総じて“麗しの獣王兄妹”とか呼ばれちゃってたりするのも…余談である。
と、そんな二人の元へ新たな足音。
「………殿下。白昼堂々その手の話をするのは如何なものかと。」
「…アルトゥール、精霊を使っての盗み聞きはよくないと思うよ?」
上品な笑顔の裏、絶対零度の視線をさらりと受け流し、ナオは笑い掛ける。
ここ数年でレンが成長したように、ナオもだいぶ、ふてぶてしく、もとい王の器として成長している。
この二人の掛け合いも王城ではわりと見慣れた光景で、レーヴェディアですら「またか。」と言わんばかりに肩を竦めている。
「一国の王になろうという御方が、このような場所で、あのような会話さえしてなければ精霊達も騒ぎ立てませんよ。」
「どうだか。僕には見えないからね。君が指示してたかもしれないでしょう?…レンに言っちゃおうかな、アルトゥールは盗み聞きする変態だって。」
「ほう?そのようなことをするのであれば……陛下の記憶をレンに見せることも吝かではないですよ?えぇ、赤子の頃や乳飲み子だった頃なんてどうでしょう?」
「…………分かったよ。それは嫌だから勘弁してくれ。」
軍配が上がったのはアルトゥールだった。
ここの師弟対決では4:6の割合でアルトゥールが勝つ。…因みにレンはちゃんとした言い合いで勝てた試しはない。言い負かされた上でお説教フルコースだ。
「宜しい。人目がないとはいえ、時間と場所を考えるように。…特に、あの子は私の弟子でもあるんですよ?更に言うなら弟が妹のように可愛がってるので……実質妹…?!」
「アルトゥールさぁ、君もレンに絆され過ぎだからね。しっかりしてよ。」
「その気持ちは分からんでもないけど…だったら俺もお兄ちゃん候補として名乗っても…」
「レーベは殆ど接点ないだろうに……あぁ、もう、ほら行くよ!」
鬱陶しげに溜め息を深く溢して漸く歩を進めたナオ。後ろに続く大人たちが話題をわざと逸らしたのに気付かぬまま、今日も彼はアルトゥールに敗北するのだった。
ただ。…ただ、ナオが今日こんなにも荒れ、愛し子を求めてるのにも理由があり…それをひっそり思い出したレーヴェディアの溜め息は、己の鎧の音に吸い込まれるのだった。
髪の長い男とっても我好き。ただし女の子の長髪とカツラとは話が別もんだ出直せ




