第七話 お義父様と神父様
ファンタジーのお約束、囚われの姫には決してならないうちの子
たっぷり甘やかされてしまうと、本当に自分が五歳の少女に戻ったかのようで恥ずかしくて堪らない。中身は少女って歳じゃないのをナオは理解してるくせに……否、もしかしたら理解してるから褒めるのかもしれないけど。
親に褒められたことなど、記憶にない。
末娘として産まれ、やりたくないことはとことんやらない主義だったからか……よく上に比べられ、叩かれる事が多かった。
今ぐらいの歳の時でさえ、すでに頭から血を流した。……あとから異常だと教えられるまで、面倒だから甘受してた自分も自分だけど。
それを話してからか、ナオはよく褒めてくれる。
些細なことでもいっぱい褒めて、撫でてくれて……それのせいで、褒めて褒めて、とアピールする癖がついてしまったのだ。遺憾である。
「そういえば、ヴォルカーノから聞いたのだけど……貴女、町へ出たことがないんですって?」
「あ、はい……教会から離れたことないです。離れたとしても、果物を取りに行ったり、ナオとお散歩したりぐらいです。」
「まぁ…!……町は素敵よ?きらきらと綺麗なものが沢山あるし、貴女ぐらいの歳の子がいっぱい居るの。」
ぷりぷり怒ったように眉を一瞬吊り上げるも、すぐに此方を優しく見てきた。「ヴォルカーノが出してくれないの?」と聞いてくる辺り、怒った相手は神父様らしい。
問いには首を振って応え……ナオを見た。
そっぽ向いて冷や汗を垂らしてるのが見える。……さては怒られるのが怖いんだな?
さっきのお返しにと素直に女王陛下に伝えることにしよう。怒られてしまえ。
「実は、ナオに、んぐっ。」
「ちょっ……!レン!ごめん!ごめんって!だから母上には…!!」
がば、と口を覆い隠されてしまい、横目でナオを見ると物凄く焦っていた。
不意に目の前から威圧感を感じ……女王陛下を見なければ良かったと心底後悔した。
美人が怒ると怖い。それも物凄く。ひゅっ、と喉が鳴った気がした……さっきと同じ笑顔なのに暗雲が見える、雷もなってる気がした。
「……ナオ?どういうことかしら?」
「い、いえっ!その…!」
上擦った声に此方にまで恐怖が伝染した。二人してガタガタ怯えながら立ち上がった女王陛下を見上げる。威圧、威圧感が…!!!
「ごめんなさいね、ナオが遮ってしまったようだから………詳しく、聞かせてもらえる?」
ふわ、と優しい雰囲気に戻った…のも束の間、ナオへは未だキッと鋭い眼差しが向いていて……ちょっと悪いことをした気がする。
でも後には引けないので、ナオの手を離して経緯を説明した。
「私が町へ行かないのは……ナオがいつ来るか、分からないからです。何日後くらいに来れそう、とは言われますけど……確実にその日とは限らないし、町へ降りれば何時間も帰ってこない事が、あるかもしれなくて……
なので、ナオが町へ降りないで、待っててと。
手紙とかで、連絡出来るわけではないので、一番長く会ってたいから……待ってるん、です。……あと、黒猫の子は、珍しいから注目を浴びるのが嫌だからって……」
話す度に女王陛下の暗雲がますます濃くなったような気がして、ナオへ視線を向けると……半泣きだ、半泣きになってる。可愛い。
天使のような微笑みを浮かべたまま、女王陛下は一言。
「正座。」
ぴしっ、と言われるまま正座したナオ。
「メイドたちにお菓子を新しく貰ってきてもらえる?」なんて優しい声で言われ送り出されてしまった……お説教が始まるのだろう。ごめん、ナオ。逃げるね。
ぴゅ~、と早足で丘を下り、メイドさん達を見付けた……が、他にも人が居るらしい。
「おや、レン。」
「神父様、お話は済みました?」
勢いのまま広げられた両手に飛び込もうとして……国王陛下やレーヴェディアが居ることを思い出し、目の前で急停止。
緩みそうだった表情をきゅ、と引き締め神父様を見上げる。……そんな寂しそうな顔をされても、人前です……
レーヴェディアがぷるぷる震えてるのはいつもの事なので無視し……というか、殴られたのに懲りてないのか。
とりあえず無視して、国王陛下を見上げた。きょろきょろと辺りを伺い、膝をついた。
……優しいお方だ。
「フィオとナオは?」
「丘の上です。……女王陛下に、ナオが怒られてるので、女王陛下から…お菓子を頂いておいでと送られまし、た。」
まだ国王陛下には緊張してしまう。
獅子の王。元の世界でいうならば、猫の上位互換みたいな人。本能的に萎縮してしまう。
優しい事は分かっていても、心臓がばくばく音を立てる……神父様の足元に引っ付いてしまう。…嬉しそうな顔をしてる場合じゃないです神父様。
「説教……うん、フィオの説教は世界一怖いからな…その方がいい。」
へにょ、と垂れた耳と尻尾に神父様とレーヴェディアが吹き出した。……神父様は兎も角、レーヴェディアってほんとよく首と胴体おさらばしないよなぁ……不思議だ。
「昔から陛下はよくフィオ様に怒られてましたものね。」
「しかも些細な理由で。……この間も怒られてませんでした?つまみ食いしたとかで。」
「言うな、お前達…俺のかっこいいイメージが崩れるだろう。」
二人を肘で小突いたところを見て、驚いた。
なんだか、大きい子供みたいな一面をみた気がする。ぱちぱち、と眼を瞬かせていれば、こそっと神父様が教えてくれた。
神父様は国王陛下の師匠も少しだけやったことがあるらしく……また、レーヴェディアは国王陛下と共に旅をしたことがあるらしい。
レーヴェディアだけ護衛に付けて出掛けることも少なくなく……まるで兄弟の様に信頼しあっていると。
なんだか、すごく羨ましい。男の子特有の友情ってすごい。……私だってそこに交ざってはしゃぎたいが…そこに女の子が入るとろくなことがないので、自重ぐらいはできる。
だから、シンプルに羨ましくて、素敵だ。
「国王陛下かっこいいね、神父様。きらきらしてる。」
だから、こっそり神父様に伝えれば……ちょっと拗ねた顔をされた。言いたいことが顔に出やすいのも神父様らしい。
「んふふ、神父様もすてき。レーヴェディアも。なんだか羨ましいなぁ。……仲間って感じがするの。もっとお話聞きたい。」
袖を引いて、お強請りをすれば……だらしなく表情が崩れた。唐突なそれに目の前の二人がギョッっと眼を見開いている…神父様って普段こんな感じじゃないのかな?教会だとこんな感じなんだけど。
「はあぁ~……相変わらずいい子だ。嫁に出したくない。……やらんぞ。」
「残念だが、もううちの子と惹かれ合ってるしお前は父親じゃないからな…………お義父様と呼ばれるのは俺だ!」
勝ち誇った顔をした国王陛下へ向けて、神父様の拳が飛んだ。
きらっきらのいい笑顔の頬に拳がめり込むのを微笑ましい気持ちで見ていた………だって、関わったら面倒な気配がしたんだもん。
でも、ナオとの関係を認めてくれてるのが嬉しくて、立った尻尾を抱き締めた。
普通は反対する。私でもそうする。……それなのに、最初から国王陛下や女王陛下は駄目だなんて言わなかった。それが堪らなく嬉しくて、舞い上がりそうで……何やらずっと生暖かい視線を送ってくるレーヴェディアを睨んで我慢した。
「いやぁ、相変わらずお嬢さんは見てていいなぁ。気持ちが全面に出てる。」
「だから、そのお嬢さんってやめて。そんなキャラじゃないし……ちゃんと名前がある。」
「膨れても可愛いなぁ。」
「聞いてってば!」
威嚇してもこの男にはなんのその。全部可愛いで押し通してくるので付き合う方が面倒で折れた。
何故かずっと、お嬢さん呼びなのだ。なんだか認められてない様で嫌なんだけど……面と向かって言うのは恥ずかしいし、調子に乗るから絶対言わない。
「馬鹿弟子。何故呼んでやらないんだ。私と話すときはベラベラとよく呼ぶだろうに。」
「え。」
それはそれで恥ずかしいから嫌だし初耳なんですけど。キッと睨むように見上げれば……にまー、と緩んだ顔。
「いやだって、呼んで欲しそうな顔をするのに、絶対自分から理由を言わず……ツンってした後に悲しそうな顔をするんですよ?それがまた可愛くて可愛くて……」
その言葉に一気に顔まで熱が灯り……視界が若干潤む。恥ずかしくて堪らない。分かってて揶揄われたのなら一層。
未だにまにまと笑うレーヴェディアを再度睨み……脛へ向かって、渾身の蹴りを入れた。
「ぐっ……!」
「馬鹿レーべ!!」
愛称で呼ぶことは無かったけど、長々しくていつも噛みそうだったのでこの際呼び捨てにしてやる。
尻尾を膨らませて威嚇をし続けて居れば神父様に宥めるよう抱き上げられ、国王陛下が震えて笑っていた。
「賢く静かな子だと思ったが…くく、なるほど。子供らしくて可愛らしいところもある。」
「うちの子は何時だって可愛い。……さて、レン。そろそろ殿下達の元へいこうか。あの馬鹿は置いていくからな。」
優しく撫でられると威嚇する勢いが削がれていく、いつの間に持っていたのか新しいマカロンを口元に当てられ、…そのままぱくり。
ラズベリーだろうか、甘酸っぱくておいしい。神父様を見上げて、口を開いてもうひとつ催促……おいしい。
「………雛鳥と親鳥だよなぁ。」
「私とこの子は親子だからな。」
満足そうに言った神父様。……本当は“お父さん”って呼ばれたがってるのを知ってるけど……その決心はまだつかないから、心の中で練習しておこう。
ゆっくり丘を行けば、まだ正座してる姿が見えた。…ずっとお説教されてたのか……
後ろから走ってくるレーヴェディアの足音と、午後を報せ鐘が静かな丘に響いた。
過保護がいっぱいの世界。でもいつかは旅立つのです……というか、旅立ってからが本番のはずなのに全然旅立つ気配がない