第七十一節 王城にて5
書いてた話消えて久しぶりに発狂したゴリラ
さて、ふざけるのはおしまいにして状況を纏めよう。
まずシアレスに味方する理由。
それは彼女が同じ異世界人で在りながらまともな保護もなく、籠の鳥となっていたと知ったから。
あと王子に腹が立ったので。……まぁ、多少は落ち着いたけど。
シアレス自身、演技であったとはいえ無礼な事をしたと改めて謝罪してくれたしもう怒りはない。
まんまと演技に騙されたけど、シアレスはアルトゥールと自分一人、あるいはディグラートさんも含めて助けを求めるつもりだったらしい。…で、それを私が邪魔するもんだから焦ったそう。…うん、私も言葉が過ぎたのでお互い様である。
何よりぶりっ子っぽい態度じゃなく、慎重なのが本来のシアレスなのだろう。酷評が流れてたし、女優っぷりには脱帽である。私も見習いたい。
「っていうかね、私がシアレスと繋がりを持っておくのは将来的に楽になるんだよね。」
「私、と…?ガルシア様でなく……?」
「そっちの王子は私が気に入らないから嫌。どっちかと言ったらシアレスがいい。」
「……言うではないか。小娘…」
スパン、とガルシアの心を一刀両断した気がする。がっくりと項垂れる様は愉快である。
私がここまでこの王子に腹が立った理由……それは神父様と無意識に比べていたからだ。基準が高過ぎるかな、と思ったけど一国の王子なんだしそれくらいでいいだろう。
「私のこと、何処まで聞いてる?」
「…とりあえず、一通りは。ナオ殿下と睦まじいというのも。」
「そ。…シアレスには後でゆっくり話すね。
私もシアレスと状況は似てる。勿論環境は違っただろうけど……私の親元となる人は、私が異世界の…前世の記憶を持つと知ってそれはもう護りを固めてくれた。
常識のすり合わせ、日々の事。…何より生きれるよう、知恵を授けてくれた。
勿論貴方は親元では無いだろうけど、婚約者として引き上げたならば責任が生じるのは明白。貴方が王になるならば、彼女は国母となる。……将来その責任と重圧を、貴方はシアレスへ与えた。けれど貴方はシアレスの事には何も知らず。
だから、気に食わない。彼女は貴方を王たらしめる道具じゃない。」
第二王子は話に聞く限り、完全にシアレスのことをガルシアを王位継承権一位の座から引き下ろす為の道具としてしか認識してないようだが…ガルシアは違う。
違うからこそ、何故知らなかったのだと腹が立つ。好いているのならば全力で守れと殴ってやりたい。
「……耳の痛い言葉ばかりだな。……あぁ。お前の言う通りだろう…アレフの事ばかりに気が向いていて…そして何より、向き合おうとすらしなかった己の弱さを気付かされた。シアレス、すまなかった。」
「い、いえ!私はそんな…!!」
まぁ、シアレスにも謝ったし、何より相思相愛っぽいのでチクチク虐めるのは止めて上げよう。
大人たちは我関せず……というか、とばっちりを避けるために視線を逸らしている。アルトゥールはいい笑顔だけどね。さてはお説教終わってないと見た。
「……ま、まぁ、それはおいておくとして…我が国としても王位はガルシアに継いで貰いたい。現王とも度々文を交わしては居たが、接点があまりなくてな…ガルシアの継承と同時に息子の即位も執り行い、北の国との国交を強めたい。
勿論既に婚約者としてシアレス嬢が居るが…昨今、突然の婚約破棄も珍しくはない。
よって、夜会にてシアレス嬢とガルシアが仲が良いこと。そしてそれらを俺やナオが認めている…即ち、婚約を祝福してると貴族連中に見せ付けたい。
レンは知らんだろうが、やって来た貴族のほぼ全員が第二王子の息が掛かったものだ。恐らく侍女たちもだろう。」
「国の事はよく分からないけど…手助けになれるなら勿論手伝う。
夜会ってことは、ダンスにマナー。ドレスは新しく繕って……装飾品もかな?…装飾品、私使わないのあるからそれ上げてもいいですか?勿論、国で用意するならあれだけど…」
「勿論俺達で用意している物もある。ドレスもだが……準備したのは先程の侍女達だ。期待できん。」
「俺らから渡してもいいんだが…賄賂だなんだって言われるからな。どうせなら頼んでもいいか?友人の贈り物なら何も言えんだろ。それに来週辺りには丁度ヴォルカーノの手続きが終わるからレンも公爵令嬢という立場になる。それなら問題なかろう。」
国に利益……というか、ナオへの将来的な手助けになるだろうから、精一杯頭を働かせる。
国交を結ぶなら今回の件はいい貸しになるだろう。少なくとも第二王子は敵になりかねない…というか今のところ敵認識だ。
「ディグラートには今日の二人の護送と……出来るなら毎日顔を出してやってほしい。なにせシアレス嬢にとっては慣れぬ土地だろう。結界内はほぼ安全だが魔物も居る。…今回はヴォルカーノ、及びレンの元での交流と言う名目を取りたいので俺達は護衛をつけん。…まぁ、護衛はあてにならんからな……なら信じられる者が居ればいい。
何、俺の国でヴォルカーノの力を疑うやつは居ないだろうさ。とばっちりを恐れてな。」
護衛が居ない、なんて前代未聞過ぎるが……いいのだろうか。
シアレスが不安そうに此方を見てきたが、王様の最後の言葉で安心したの小さく笑みが溢れた。
ガルシアも頷いてるし、国の事とかは王様に一任しよう。詳しくは私も分かってないし。
「私もその子の師匠ですので時折顔を出します。
それと神父殿の他にエルフが二人。一人は私の弟ですので信頼に足る者かと。」
「巻き込んでしまってすまない……尽力、感謝する。」
「なぁに、俺達にも利益があるからな!
とりあえず夜会の日程は…半月後。貴族専門のギルドの訓練所が創立される間際になるが…それぞれ頼む。
んで、レン。」
「?なんですか、王様。」
「さっき本人から連絡入ったんだが、どうも第二王子はナオに喧嘩撃ったらしいぞ?バカにしたと言うべきか。
シアレスも懐柔する気らしいし、そちらに出向くかもしれん。気を付けてな。シアレスを護り抜き、夜会を助けたら物凄くナオの役に立つぞ。」
「陛下!!!!」
「分かった、全力で役目を全うする。」
アルトゥールの怒声が気にならないほど、一気に冷めていく感覚。
ふーん。ナオに喧嘩売ったんだ……へぇ。
「あーぁ……知らねぇぞこりゃ……っと、これ以上居るとアルトゥールのとばっちりが来そうだし、時間もいい感じだろう。
俺らは帰るから…あと…アルトゥール、程ほどにな。」
今すぐ見付け出して殴りたいが、いい子なので我慢。
まぁ、きっとナオの事なのでただ暴言を吐かれて終わるような人ではないけど。…それはそれとして喧嘩を売られる筋合いはない。北の国はどうにも他国でのマナーを知らないらしい。恥知らずはどんな結末をむかえるか身を持って体験すれば分かってくれるだろうか。
ともかく私の役目は決まった。シアレスを護り、生きていけるよう知識を与え、喧嘩は売られたら買っていい。
シアレスは地頭が良さそうだし、一から教えてもすぐ吸収しそうだから問題なし。例え教会が襲われてもシアレスは自前の結界で守れるし、あの場所なら彼女と相性がいいから怪我一つ負わないだろう…警戒はするに越したことはないけど、それでも神父様やアヴィリオ達が居るからやっぱり問題なし。
だから私はシアレスの立ち位置を確固たるものにする手伝いに専念した方がいいだろう。…平民、というだけで反感を買うなら彼女に価値を付与すればいいだけの事。…聖女というだけでそこそこ万能な筈なのになんだか可笑しな話なのだけど……アレフとやら、もしかしてあまり賢くないんじゃないか?
「シアレス嬢、何か持っていくものはあるか?つか普通はあるよな…着替えとかなら最悪街で買ってもいいぜ。その他日用品も諸々。」
「心配には及ばぬ。そのまま彼女を連れ出して貰って構わん。荷物類は俺が責任を持って執事に運ばせる…シアレス。他に必要な物や家具はあるか?無論、街で気に入ったものがあるならば買うがよい。請求は俺が持つ。」
「い、いえ!大丈夫です!…ですが…その、街を少し見てから向かうのは…よろしいでしょうか…?」
「あぁ。勿論だとも。…この二人ならば必ずお前を守るであろう。」
最初と比べ、随分とガルシアの表情は柔らかくなったものだと思う。…まぁ、些細な変化なので鉄仮面ではあるのだけど。
……それはそれとして、なんで国王様は床に正座させられてるんでしょう…?…いや、声を掛けては駄目だ。本能がそう言ってる。
国王様から助けを求める眼差しを感じたが、見てないフリ。そのままさっさと城を出ることにした。…勿論部屋を出る前にヴェールを着けさせられた。
擦れ違う人はシアレスの方に気が向いていたので私は余計気付かれなかったと思う。
「よし……西の広場に行ってくれ。そこからは徒歩でギルドに戻る。」
「へい、ギルマス!」
なんでも、一度神父様に連絡を取ってから行くらしい。…まぁ、そりゃいきなり他国の王族の婚約者なんて連れてきたら焦るだろうし……西の広場には出店や小物のお店なんかが多いらしいので、そこで降りるのはディグラートさんなりの配慮なのだと思う。
最初はディグラートさんにも無礼をしたからか気まずそうにしていたシアレスも、ディグラートさんの雰囲気に絆され仲良く談笑している。
話すのは基本シアレス。色々溜まってたんだろう、話題は尽きない。
「……ここ、楽しそうな国よね。向こうの王都とは違うわ。」
一頻り話題が落ち着いたとき、窓の外を見てシアレスがそう言った。
「向こうはつまらなかった?」
「つまらなかった……というより、北の地は基本雪と氷で覆われてるの。だから作物が育ちにくく…農作物に関しては他国頼み。その代わり私達は寒い土地でしか取れぬ魚や植物、魔石なんかを流出するの。それは村も王都も変わらないわ。
…でもね、そんなことじゃないの。
あの国はね、ずっとずっと、男を立てる風習が強かったの。私の村はそこまでじゃなかったけど…王都の貴族なんて殆どそう。
美しい女を侍らせるのは一種の権力誇張。だから私も取り入りやすかったのだけど…皆道具としか女を見てないのよ。だから侍女なんの扱いは酷いし…街を少し見たときも、この国見たいに笑顔が溢れ返ってるなんて事はなかった。」
「うわ……なにそれ、生きにくそう…」
「まぁ、北の国はそうして統治を謀っていたからな。
王位につけるのは正妃の子でも妾の子でもどっちでもいいが、男に限り、女騎士は俺の知ってる限り居ないはずだ。
元々魔術の方が根強い国だし、男女間に魔術は然程差が出ないんだが…それでも早々重役に着くことはない。唯一王妃が抱える二十人程度の親衛隊があるくらいか?
女は男を敬い、立て。男はそんな女を守り、子を作る。…そういう統治を何百年と敷いてきてる。まぁ、それでも何十年か前からか女性の地位も改善して来てるようだがな。」
有能な者は男女関わらず大切にした方が国として安寧が守られる気もするけど……まぁ、国の指針に口を出しても仕方がないり数百年も栄えてるって実績もある以上、その国の人からしたら変に政策を変えても混乱は招くだろうし…
まぁ、私は絶対行きたくないな、と思う。やだよ女だけで下に見られるのとか。有能な人がたまたま女だった、男だったの違いなだけだろうに。
「俺らの性質とは真逆なんだよな。だから獣人は殆ど北の国に居着かない。…まぁ、寒いのが苦手って奴が多いのもあるし、全く居着かないって訳でも無いんだが…」
「獣人の雄は雌と子を守る傾向が強いから。勿論雌を同格に見るし、守られるだけの存在でないのも分かってて守る。丁重に扱うし浮気なんてもっての他。
特に子供はよその子であれ全力で守る。獣人にとって子は宝。勿論同族に限らずエルフや人間の子とて守りの対象。…だからこの国は獣人だけじゃなくて人間も多いよ。地域単位で子供を見守ってるからね。
ハーフも居るし、もしかしたらこっちの国の方が過ごしやすいかもね。」
勿論全員が全員その気質ではないけど、番をもった獣人なんかはわりとその気質が強い。
番を失った雄なんてそれこそ他の人に訴える。勿論雌とて雄を大事にしない訳じゃないが……まぁ、強い人が好きって傾向が強いくらいだと思う。守られることを当然としてないだけにそもそも雌の方が強いこともある。
雌の方が身体の作り的にしなやかな筋肉と可動域が大きいんだそう。よくそこまで調べたものだなぁとは思うが…何せこの世界、異世界人がやたら多い。色んな世界から転生者が居るため、そして時代に対して一人とかではなく複数居るため…日々新たな技術に魔術が生まれ、消え行くものが少ない。
食卓でお米が出たときは感動してちょっと泣いたよね。本当によくやった知らない日本の転生者。
お米の名前も日本の米ブランドの名前だったので私の世界出身か…あるいは平行世界出身かな。
私が知ってるのも在れば知らない技術も魔術も在るわけで、特に研究者気質の転生者が居た部門の発展は著しい。電気系統なんかはそういった先達のおかげで不自由なく使えているのである。感謝しかない。
勿論、何でもかんでも喋る愚行をした人は居ないようだ。転生と加護の秘匿はシアレスが喋ってしまったけど……まぁ、本当にまずかったら何か起きてたらしいし、ちょっと世界がざわついた程度でどうにかなって良かったと思う。
加護持ちの保護…という名の政治的利用はディグラートさん曰く上手くいってないらしい。
そもそも身体的特徴があるわけでもなく見分けがつかないのと、ナオが矢面に立ったことで世界に害を成すから、などという名目で捜索することも不可能になったのだとか。
シアレスもナオも護りと癒しの力に特化してるし、実際何か害が出たわけでもない。…知識を伝えてもそもそも作れないものが多く……結果、むやみやたらに転生者を刺激しない、という方向で世界は固まったんだとか。
そりゃ静かに隠居したい人も居るだろう。私みたいに。
因みに破れば戦争待ったなし。異世界人を驚異に感じてるのがよく分かった。
「……そうかもね、この国にはナオ殿下と…貴女が居るもの。」
「うん。…悪い話ではないと思う。ガルシアとは離れ離れになるけど……ま、最悪北の国を見捨ててガルシアと二人で移り住んできてもいいんじゃない?」
「さらっと凄いこというわね…」
呆れたような、でも楽しそうな声。
私の意図を正しく読み取れたようで嬉しい限りである。
…シアレスは転生者。搾取するだけされて、捨てられる可能性の方が高い。戦闘能力はほぼ無いと言っていいそうだし…余計、謀の的になるだろう。
勿論治癒の力も結界も、どう考えても有能なのだが…使い方がイマイチなのだと。…傷も別に薬出直せるし、国に張ってある結末を破られたことはなく…戦争が起きていたならば重宝したその力も今は停戦状態。何処かが口火を切ったとしても、戦争に強制参加されることは確実だ。
でも、この国ならば。
この国ならば、既にナオが声を上げ、民はそれを信じた。だからこその平穏。
既にナオという前例があるから、いざバレたとしても、シアレスのことも歓迎するだろうし…しっかり保護されるだろう。
重荷を背負う必要はなく、力と利益だけを欲する貴族共に精神を磨り減らす必要もない。
シアレスも別に国に固執する理由もないのだろう。……けれど、やんわりと断られてしまった。
「凄く魅力的だけど、私は大丈夫。」
「そう。ならいいよ。……見た目によらずタフだよね。そういう人嫌いじゃないよ。」
「あら、私もよ!」
隣へと席を移して肩へ頭を押し付ける。慣れた手付きで撫でるのを甘受し、シアレスとは逆の窓へ視線を向ける。
この国とて差別が無いわけではないけれど…ナオが即位するならば、きっと変わる。だってアルトゥール達の事好きなの知ってるからね。
もっともっと生きやすくなるのは……素敵なんだろうなぁ
猫ちゃんの頭突きは親愛の証




