第七十節 王城にて4
レンちゃん、やらかす
それは本当に偶然の産物としか言いようがないものだった。
数ヵ月前のある日。その日はリムネルと座学の日のこと。
「アタシ達の様に自前で結界を張れない人はね、宝石に魔術が付与された魔石ってものを身に付けているのよ。…ほら、このネックレス。練習に使うから好きにしていいわ。」
そういってリムネルの手から渡されたのは小さなルビーの様な紅い石輝くネックレス。
ルビーのサイズとしては親指の第一間接程までで、小さいながらに台座や装飾がお洒落で可愛い。
「込める魔術の例としては結界に治癒、解毒や簡易な攻撃かしら?あとは魔力貯蔵としてもいいわね。勿論それ以外にも欲しいと思ったのをオーダーで入れてもらうのよ。」
「へぇ……大変だね、貴族って。」
「着飾ることにも意味があるのよ。」
魔術が付与された装飾品は付与されてない同じものと比べると倍くらい値段が違うらしい。
込められた魔術の強さによって勿論変わるし、誰もが出来る訳じゃない。魔術道具の開発は各国国を上げて研究してるそう。
「試しにやってごらんなさい。アタシも出来るけど…こればかりは感覚なのよ。
少し下で神父様と話してくるから出来上がったら…まぁ、出来上がらなくても諦めたら降りてきて頂戴。今日のおやつはケーキよ!」
「やる気でるぅ~。ベト達も引き連れていくね!」
ぱちぱちと拍手しながら見送り、名前を呼んだからか、なぁに?という顔で近付いてきたベトに何でもないといって撫でる。
ベトとフロウは仲がいい。
互いに毛繕いしてる時もあれば、寄り添って寝ているときは間に挟まりたくてウズウズする。
ベトは立ち上がると私よりも大きい。勿論座っていても。……大きいくまさんに抱き締められるって貴重すぎてそのまま寝た。大変ふかふか、ほわほわでした。ほんのり蜂蜜のいい匂い。
そのまま足許で丸まってしまったベト。フロウもベトと寝てたクッションから此方まで来て同じ様に伏せてしまう。……足許ぽかぽか幸せ。
「じゃ、なかった……えーっと、付与ね…」
まず、前提として込める魔術が使える事。…まぁ、そりゃ使えないのに結界込めろは無理だよねぇ。
とりあえず結界を込めよう。私が張れる一番強固な結界を、…とりあえず標的を絞って注ぐイメージ。
すると宝石に吸収されたのが分かった。…これで正解かな?
魔力をほんの少し通すと…ちゃんと発動できるし…よし、次。
解毒も使えるので込める。スロットを埋めてくような感じで楽しい。…というかこれ幾つ込められるんだろう?とりあえず三つくらいにしとこう。
もう一つは……うーん、何にしよう。結界は物理にも魔術にも耐えれるのを込めたし、治癒はちょっと苦手だ。
でもここに攻撃の魔術を埋め込むのはなんかバランス悪いし……遠隔で会話できるのなんてどうだろう?
でも二つないとちゃんと作動するか分からないし……やっぱり治癒にしとこう。いい練習になる。
治癒も無事吸収され、ちゃんと発動できるのも確認した。よくよく見ると宝石が不思議な輝きを帯びている。きっと魔術が込められた宝石ですよ、という証なのだろう。……いや知らないけど。あとこれ以上詰め込んだらまずいかなぁとも思ったのでストップ。
っていうかわりと簡単に出来た。まぁ、ゲームの装備強化みたいだなぁとか思ってやったからすぐだったのかもしれないし……魔術は思い込みの具現だと思う。
例えば、私は水鉄砲っていう玩具と拳銃という武器を知ってるから、指先から集めた水を弾丸のように射出出来るが……アルトゥールは知らないので難しいし見たことないといっていた。私が説明下手なのかもしれないけど。
ただ魔術師は己で魔術を研究するものだし、不自然ではないと言われたので今後も前世の知識をベースにした魔術は開発していきたい所存。目指せ、自由飛行。
「二人ともおいで、降りよっか。」
とりあえず出来上がったのでリムネルに見せに行こう。10分くらいしか経ってないけど。
二人のもふもふに挟まれながら階段を降り、ケーキを作りながら話してるリムネルに近寄る。神父様も珈琲を飲んでるし、一緒に食べるのかな?
「リムネル、出来た。」
「あら、ほんと?貴女やっぱり多才よね。結構出来る人少ないのよ?」
スポンジを型から抜いた所で声を掛けた。
見て見て、とネックレスを渡す。
神父様も興味を抱いたのか寛いでいたソファから立ち上がって此方へとやって来た。うちはキッチンとリビングに遮る壁がない。食卓とは別で窓際には寛ぐスペース用のソファもあるし……あのソファ、びっくりするくらい柔らかいんだよねぇ。
「こんな風に宝石の表面に魔力が洩れるのはね、上質な魔術が込められた証なのよ。初回で出来るなんて凄いわ!…何を込めたの?」
「とりあえず結界と解毒と治癒~、治癒は苦手なんだけどいい練習になったと思う。」
「……え?」
「まずかった?とりあえず貴族だったら必要そうだなぁって思ったんだけど……治癒は攻撃魔術にした方が良かったかな?でもそれだとバランス悪いかなって思って。どうせなら攻撃は攻撃でまとめたいよね。」
ひく、と口許が変になったリムネル。
治癒のレベルが低いのは皆知ってるし、やっぱり治癒は他の人に込めてもらうべきだったか。反省。
「……ふーっ………ちょっと待って。貴女、これに三つ込めたの?」
「え?うん。何となくこれ以上詰め込めないかなぁって思ったんだけど……もしかして五つぐらいいける?なら攻撃魔術もちょっと入れたい。」
「ふ、っ……ふは……!!」
「…??」
何故か神父様が肩を震わせて笑いだした。珍しいくらいツボに入ってる。
逆にリムネルは額を抑え…再び深呼吸。なんだなんだ。
「……あのね、レン。アタシが言い忘れてたんでしょうけど……普通は込められる魔術は一つなのよ。」
「……え”。」
「寧ろどうやって込めたのよ。魔術を新しく込めようとすると普通は上書きされるわ。…えぇ。それがこの世界の常識ですもの。」
「………やらかした。」
「あぁ。しかもとてつもないものをな?誰しもが欲する技術だろう……流石というべきか。お前さん時折やらかすのは…あれか。天然というやつか?」
チート系主人公にありがちな“自分、何かしちゃいました?”を素でやってしまった。冷や汗が止まんない。
というかこの技術気付いてよ他の転生者…!!!
とりあえずケーキは食べようという話になったが……なんか、味が曖昧だった。
午後からはリムネルの一般常識講座に始まり、改めて作り直した……が。
やはり複数込められ、今後必要なとき以外作らないのを約束した。…何故って市場がヤバいことになるからね!変な貴族に目をつけられるのも勿論嫌だし。
後日アルトゥールやアヴィリオにも話したら物凄く生易しい目をされた。……わざとじゃないんだって。
◇◇◇◇◇◇◇
「って、事があった。宝石のサイズ変えたらもっと込められたよ。」
「何度聞いても、貴女って飽きないですよね。……目立ちたがらないわりに目立つんですから、もうその星の元に産まれたんでしょう。」
アーシェにも似たような事を言われたばかりだ…膨れて反抗しておく。
さて、勿論話を聞いた私達以外…シアレスはまだ価値がよく分かってないのか不思議そうな顔をしてるが、それ以外。
まぁ予想通り呆然としてる。
王様や王子なんてごてごてにアクセサリー着けてるもんね。
「…ねぇ、レン。それって貴女だから出来たって話じゃない?私の世界にもげぇむ、なんて無かったし…」
「それが違うんだよね。……実は夜にノーチェ……私を加護する神様に愚痴っ………出来事を話したらね、理由が分かった。
一つ。私達の魂は、神様に手を加えられてるから根本的に神に近しい。
二つ。この世界の宝石は神様の力を吸収しやすい性質を実は持っている。この世界の生命自体が神様が作ったものだからね。
だから私達なら出来るってこと。生命を神様が作ったなら他の人も行けるんじゃないって聞いたら、直接加護を与えてるのは何倍も違うんだってさ。庇護を得てても、精々魔術を込めやすい程度。」
「そうなの……私、加護する神様とお話なんて出来ないけど、貴女は違うのね……教会に住んでるからかしら?」
「いや、神託スキル持ってない?それで加護持ちは出来るよ。」
「神託スキルって、なぁに?どこで確認できるの?」
案外知識欲が多い方なのだろう。一つ知る度に瞳を輝かせているのは微笑ましい…そしてステータスすら教えてない王子にどういうことだと視線を送る。
初耳だったのだろう。バツの悪そうな顔をして……アルトゥールが凄んでるので私は睨むのを止めて上げよう。怒ってるアルトゥールは流石に私でも怖い。
「シアレス嬢、流行り病つってたが…もしかしてユリーヌ村か?」
「えぇ。確かそんな名前だったわ。」
「あそこら辺の村は昔からの風習で外に旅立つ者以外ステータスの出し方や魔術を教えねぇんだ。立ち寄った事は在るが……閉鎖的な村なんだよ。」
「仰る通りよ。あそこは近隣の村同士の繋がりで生活できるから…利便性を求める必要がないの。
働ける若者は畑仕事や狩り。女の子達は機織りって具合にね。」
「なるほど……ふぅむ…」
「……なんですか、王様。」
ディグラートさんの知識を補足するようなシアレス。でも幸せだったのだろう、目許が和らいだのを見逃さなかった。
…それを見ていた王様が、私とシアレスを交互に見る。……なんか、嫌な予感。
「…陛下。考えてることは分かりますが、私の弟子を政に関わらせるのはお止めください。」
「だがなぁ、シアレス嬢の味方はレンだけだろう?城には第二王子も居るし……貴族の殆どがあいつら側だろ。
レン、悪いがシアレス嬢を預かってはくれまいか?」
「陛下っ!!!」
アルトゥールの本気の怒声に思わず毛が逆立った。……ちょっとシアレス、幸せそうに毛繕いをするんじゃない。助かるけど。
「レンは平民です!!将来関わると言えど今ではない、それこそ隣国の事なら彼女は関係ないはず!」
「だが、シアレス嬢のよき友となれるのも彼女だし……今回のことがなければ俺達も彼女を誤解したままだったろう?
何より彼処は城よりも安全だ。留学ってことで来てるしヴォルカーノに預ける分には問題もない。」
「それでレンが貴族の目に触れたら?あの子はまだ元老院から目の敵にされてるのですよ?!」
うーん。大事なことを話してるのは分かるんだけど、具体的な責任とかが分からないので会話に突っ込めない。
ただ白熱しすぎてるのは分かったのでディグラートさんにヘルプを出す。
「あー……落ち着け。アルトゥール。
まずレンの意思を尊重してやれ。そこからだろ話は。」
誰がこっちにキラーパスをしろといったか。
アルトゥールからは断りなさいという圧をひしひしと感じる……美人が怒ると怖い。物凄く。
「別にシアレスを預かるのは問題ないよ?部屋余ってるし、神父様に説明すれば。
ただ、そこに生じる責任は正直背負いきれないから判断しかねるんだよねぇ。襲われても神父様居るから問題ないと思うけど……襲われたって時点で面倒事になるし、正直守るのは王子の仕事では?」
シアレスに常識やらさっきの魔石の作り方を教えるなら、教会の方が都合がいいし、対処も出来る。
彼女の婚約者としての地位を確実にしたいので是非覚えて貰いたいし……成果がないから、侍女も適当な態度なのだろうし。
まぁ侍女がそれは問題大有りだが。
「……俺からも、頼みたい。
レンといったか。……お前が居なければシアレスの気持ちも、状況も何も分からなかった。…何よりそんなに柔らかい表情を見たのは初めてだ。
自分の好いた人を守れない不甲斐なさは彼女を守ってくれる期間で叩き直す。……だからその間、彼女のよき友であってほしい。…頼む。」
座りながらにして頭を下げた王子。
っていうか聞き捨てならないことが聞こえたのでシアレスと共にガン見してしまった。
「……レン、ガルシア王子は…物凄く、言葉足らずなんです。今のはマシでしたが、今までのは全部。」
「……ふーん??」
相思相愛じゃん。仲良しになれるじゃん。
決めあぐねて居たけど、なんだ、嫌ってるわけではなかったのか。
にまにまとした口許を隠せず、真っ赤になったシアレスに向けたら顔を背けられてしまった。シアレスにも若干ツンデレ気質を確認。これは愉快そう!!
「分かった。いいよ。シアレスは預かる。可愛くして返すから。」
「ちょ、ちょっとレン…!!」
「すまない、助かる…ただ、これ以上可愛いとなると俺の表情筋が持たないかもしれないな。」
冷たく見える顔はどうやらにやけるのを我慢してたっぽい。
一気に好感度が増した王子……ガルシアと固い握手を交わして約束した。…アルトゥールが呆れた顔をしてるが気にしない。
私も将来、惚気話出来るくらいの友達欲しいしね!
寒くてお腹を下す日々。お腹を冷やさない方法、求む




