第六十八節 王城にて2
面倒な女……?
「いや、俺から話すべきだろう。
サルバルフ国は現在第一から第四王子。そして第一王女から第三王女まで全てに等しく王位継承権が与えられている。
勿論生まれ順は多少の加味があるので一応継承権一位は俺だ。
ただ、第二王子と第三王女を除いて…俺を含めた五人は正妃の子ではない。
中にはドワーフや獣人のハーフも居る。
俺は第一王子としての責務をこなしてきた実績があるが、弟、妹達には無く…それぞれが王の席を欲して行動している。
勿論、王になれずとも各々の役割は理解してるし、賢い子達だ。……ただ、唯一。唯一第二王子…三つ下の弟、アレフだけは、何としても王となるよう正妃に幼少から呪いのよう繰り返されていて…知識も力も付けず、正妃派の傀儡になっている。
易々と継承権一位は明け渡されないが…それでも、それを直ぐ様手に入れる一手がある。
……それが、シアレスの力だ。」
「確か、護りと癒しの力だとか。…詳しく聞いても宜しいでしょうか?」
「シアレスの力はまず自身への攻撃無効、病や怪我の完全治癒に…魔力を放出すれば、絶対ではないがほぼ無敵の結界を…少なくとも今の技術でもこの部屋分は張れる。
そして何より、異界の知識。…正直それに勝るものはない。医学に始まり政策や文化。彼女の世界の魔術は一般的に魔法と呼ばれ、空を自由に飛ぶ道具や乗り物もあったそうだ。
シアレスの知識を元に幾つか試作品も出来ているし…各国へ売れば勿論大金になり、我が国は潤う。
だから、アレフは何としてもシアレスを手に入れようとしていた。謁見の時から既にな。もともと我が国の平民の出であったから囲い込むのは容易だ……だから先手を打って、俺の婚約者として過ごすよう部屋に閉じ込めていたんだ。アレフと接触しないよう…他の弟達に合わぬよう。」
ポツポツと溢れるような言葉には疲労感が滲み出ている。
が。
「………失礼ながら、彼女の反応を見るにアレフ殿下に会わぬようにしていたと伝えたのは今日が初めてですか?」
「…そうだな、考えてみれば直接言葉にしたのは初めてだ。こうしてまともに席に着くのもそうだ。」
「そうですか。……………暴言が出そうなのですが、どうしたらいいですか。国王様。」
さらっと言った王子にムカムカが再来。深く息を吐いてとりあえず国王様に助言を求めたら……困った顔をされた。
「あー……俺が許す。」
「では失礼して。
____貴方!馬鹿なんじゃないですか?!さっきみたいに高圧的な態度で、しかも理由もまともに説明せず軟禁するなんて…下手したら精神壊れますが!!!
加えて、さっきの侍女に護衛。アレは己の利益しか求めぬ類のものです!侍女の視線に彼女が怯えたのに気付かないなんて!!
それに彼女を守るために婚約者の席に着かせたと言いますが、彼女の意思は?!」
「っ……」
最後のは正直問題なさそうではあったが、にしても彼女の意思を聞いてないのは頂けないし、本当に精神が壊れてないのは奇跡だと思う。
例えば、貴族ならば部屋に軟禁されるのは刑罰の時もあれば身の安全を守るためだと理解出来る。
だが、一般人は違う。
閉じ込められるのすらストレスなのに、侍女が控えているものならば監視されてるようだと不快感を抱くのは当然だろう。…ましてや、人を嘲笑うような者ならば。
あの侍女達を見てると、昔いじめてきた女子らを思い出す。
自分の利益になることには此方にしなだれ、けれど影でクスクス笑い、わざと聞こえるように言うのもあった。
だから、余計不快だった。
私の剣幕か、それとも馬鹿と言ったからか、王子は見事に硬直している。…他の大人組は成り行きを見守るのか呑気に紅茶を飲んでいる。…シアレスは……
「あぁ、突然怒鳴ってごめんなさい。貴女に怒鳴った訳じゃないの。……よく我慢出来たね、頑張った偉い子なんだね。」
「っ…!…わ、わたっ…くし…!!」
たっぷりと瞳に膜を張って震えていたので優しく声を掛けた。……やば、と思った瞬間には既に溢れ落ち、子供のように声を上げて泣きじゃくり出した。
……私が泣かしたことになるのかなこれ。まずくない?
「わたくしっ!私…!!」
「うん、ゆっくり聞くから……とりあえず泣き止もう?大丈夫。大丈夫。」
「うわぁあぁあああん!!!」
落ち着かせようとした筈なのに悪化した。解せぬ。
アルトゥールにヘルプを出すも首を振られてしまった……なんてこった。どうしよう。
ディグラートさん…は声が大きくて怯える可能性もあるので却下。王子はシアレスが大泣きした事にも硬直。役立たずめ……最後に国王様に視線を向ける。
「んー……似た境遇なのもあるから…悪い。レン、頼む。此方は此方で話しとくから…全部話しても問題はないぞ。俺らも話しておくし。
ほれ、ガルシア。俺達は部屋を移るぞ。淑女の泣き顔をまじまじと眺めるもんじゃない。」
「あ…あぁ…」
「レン、半刻程で戻ってきます。……頑張ってくださいね。」
「わりぃ、俺だと多分怯えさすからなぁ…」
裏切り者続出。そそくさと退散していったのを見送った。
◇◇◇◇◇◇◇
「……落ち着いた?」
「はい……ごめんなさい、服を汚してしまって…えと、弁償は…」
「気にしなくていい。確かに市場だと高いって聞くけど貰い物だから。…言葉遣いも戻して。私も戻す。」
泣き止ませるのに10分以上掛かった…抱き締めたら悪化したし、…でも背中に回った手があまりにも弱々しくて引き離せなかった。
冷えた紅茶をちびちびと飲んで落ち着き出したが、瞳は赤く、まだ鼻を啜っている。……まぁ、あれだけ大泣きして、すぐ平常なんて無理だろう。
「改めて、私はレン。」
「私はシアレス……先程はごめんなさい。」
「ん。謝ってくれたならもういい。…それより、今の話をしよう。…今のっていうか、今までの?どんな境遇だったかとか。」
「……私が転生者だというのは既にご存知ですわよね。
…私は今世、サルバルフ国の西の端の村で産まれたの。
特に取り柄のない両親の元でね、でも今よりずっと、幸せだった。
…でも、ある日……流行り病で…私は力があるから、無事で…私以外、全滅したの。
作物も家畜も全部。…このままじゃ飢え死にするって思って…その時、私を加護する神様がね、言ったの。
王都ならば助けてもらえる。与えた力を役立てられるって。
だから、持てるだけの荷物とお金を持って、何日も掛けて王都へ来て……全部話したのが三年前。
生きることにいっぱいいっぱいで、今は後悔しかない。……だってあの日、話さなければ…三年間、部屋に閉じ込められるなんてなかったもの…!!」
カップを持つ手が震えている。…後悔と若干の怒りがその目には映っている。
自分を落ち着けるように何度か言葉を詰まらせて、それでもシアレスは続ける。
「最初のうちは、侍女の婚約者になったから身の回りの世話に慣れて貰うためって言葉を信じていたの。
でも自分の事は自分で出来るし……実際、あの子達が手伝ってくれたのは外部の目があるときだけ。食事の用意はしてくれたけど…本当にそれだけ。
私が本や新しい服がほしいと言っても、全部既存のもので賄えというし……この服も、侍女の中でも特に私に親切にしてくれた子からのお下がりなの。」
「……職務怠慢どころじゃないんだけど、それ。」
「だって、誰も私を訪ねてなんてくれないもの。……天気がよくて、侍女の気が向いた時だけ、庭園に出たりは許されたから…その時出会った男の人には色んなモーションを掛けて、お強請りしたの。女の人は……皆、私を見ると睨んでくるから。でも強請ったものとか…たまに宝石とかは、知らないうちに侍女が取り上げて……気付いたら無くなってるなんてしょっちゅう。」
話を聞けば聞くほど、よく精神が壊れなかったなと思う。
今の話だけでなく、他の事もあったしされたんだろう。濁っていく目は淀みを増していくばかりで…それを三年。私だったら怒り狂って魔術を連発しているだろう。勿論三年ももつ筈がない。
「……ずっと、ずっと。私誰かに助けて欲しかった。…ガルシア様に迷惑を掛けてるのも分かってた。…でも迷惑を掛け続けたら、いつか面と向かって話してくれるんじゃないかって……」
「好きなんだね、あの王子の事。……止めといたら?顔はいいけど、性格無理だよあの人。」
「ふ、ふふ……貴女、よく一国の王子様に吼えられるわよね。ちょっと羨ましい。それくらい本当は身分がある人なのでしょう?」
きゃんきゃんと私には突っ掛かって来たのは理由があっての事か。…まぁ、あの場は上手くいかなかったし、対応を見るに何度も挑戦してるのだろう。
…その度、あの王子に冷たくされてるのが想像つく。
ただ、やはり彼女は笑うと美しい。
はにかむ姿は正統派のお姫様ぴったりだし、少し揺れる髪も雰囲気を柔らかくしていていいと思う。
そして自分の事を言い忘れてたのを思い出し、前置きで叫んだりしないよう言っておく。
「驚くのはいいけど、気絶も止めてね。
…私も、貴女と同じ転生者。元の世界は違えど私もこの世界の神の加護を受ける者。」
「え……」
呆然と呟き固まること数秒…次の瞬間には大きく口を開いたのが見え……勿論咄嗟に塞いだ。
泣いてるときに気付いたんだけど、シアレスってばどこにそんな声量あるのか不思議なくらい叫ぶと響くんだよね
誤解が誤解を呼ぶ悪循環ってあるよね。報連相大事




