第六十七節 王城にて
ピリピリモードレンちゃん爆誕
「もう一度だけ聞く。お前には部屋を出ぬよう言い付けてあった筈だ。…此処で何をしている。」
「ガ、ガルシア様……」
灰色の人は、シアレスと名乗った女の子を威圧している。
陛下と一緒に来たのを見るに、身分の高い人なのは分かるが……シアレスの怯えぶりに眉間に皺が寄る。
正直、別にシアレスにはそこまで怒ってない。せいぜいちょっとイラッとした程度。…だってアルトゥール嫌がってたもん。
ヒートアップしたのは事実だし、身分を弁えなかったのはいけないが……怒ってるというより指導のつもりだったんだよね。今思えばちょっと伝え方が悪かったと思うけど……感情入ったってことで見逃してほしい。
「貴様らもだ。俺は監視を頼んだのであって助長させるとはどういうことだ…相応の処罰はあると思え。」
「そ、そんな…!私達はシアレス様を思って…!!!」
主人を思うのなら睨むんじゃない。
処罰、と言われてシアレスを睨んだのは半数以上、声を上げてる人は慕ってる側の人間だろうが……灰色の眼に睨まれ、それも封じ込められる。
シアレスに至っては……侍女達の視線からも縮ぢ込まり、怯えているように見える。…さっきの強気な姿勢が全くの嘘のようだ。
「もうよい。目障りだ、失せろ。」
「そんな…!!」
「……失礼。口を挟んでも宜しいでしょうか?」
私も大概だったと思うが、彼の態度はもっと酷い。婚約破棄云々を言った身としては矛盾してるけど……婚約者を大事に出来ないならそんな婚約しない方が双方の為だ。
シアレスの顔は美しいと思うし、それこそ平民ならば引き手数多だろうし……貴族階級には合わないだけで。
真っ正面から喧嘩を売られたので買ったが、それが出来る令嬢は何人いるだろうか。こそこそ陰口ばかり…は、偏見だろうけど、そんなイメージしかない。
まぁ、それはそれとしてまだ謝罪を受け取ってないので帰さんがな。
「シアレスが迷惑を掛けた者か…構わん。何だ。」
「彼女から非礼の詫びを受け取っていません。…失礼。シアレス嬢だけでなく護衛及びに侍女の方々もですが。悪いことをしたら謝るのは貴族も平民も関係なく当然では?」
「……それについては俺が謝罪しよう。」
あからさまに面倒臭い、と態度に出してくる灰色の人。…ガルシアと言っていたっけ。
謝罪する態度ですら無いんだけど、どういうことだと国王様に視線を向け…困ったような顔をされた。
「レン、ガルシア殿は北の国の第一王子だ。」
こそ、と耳打ちしてくれたディグラートさん。……王族からの謝罪を拒否するとか、勿論出来るわけがないのでしぶしぶ了承しておく。
「もういいか?とっととコイツを部屋に閉じ込めたいんだが。」
「では迷惑を掛けられたついでにもう一つ独り言を。
先程のを見るに、確かに令嬢として礼儀知らずではありますが……部屋に閉じ込めるのは如何なものかと。
他国で在れば不安やストレスもあるはず。であれば軟禁し続ければ払拭出来ぬ不安に先程のような行為もエスカレートする可能性がないわけではないでしょう?
それに、侍女も護衛も、己の立場を分かっておらず、存在事態が彼女の行動を悪化させる要因かと。侍女とて誰かしらが嗜め、正しく教育をされていれば少なくともこんなことにはなりませんでしたし…
直接言葉にするならば、幾ら婚約者相手といえど、まともな従者を付けず、教育不充分な彼女を他国に寄越すのは、些か監督不充分では?」
ピシッ、と空気が凍った気がするが、大して気にすることはない。
そもそも彼女の行動は自国でも有名だからこそ、この国にも我が儘姫なんて伝わってるわけだし……利用するだけ利用したいなら、飼い殺しにするとかすればいい。
しかも他国に来る、なんてそれなりの身分の人が許可を出さなくては勿論着いてこれないわけだし…
ぶっちゃけ、そっちの不手際なんだからどうにかしろ。あと監禁するのは止めろ、と伝えたわけで…まぁ、普通なら王族相手にそんなことを言ったらお咎めは必須。だからこの空気なのだろう。…灰色の人が睨むように見てくるが、実際此方は喧嘩を売られてるのでほんのささやかな意趣返しくらい甘んじてほしい。
「ほう……こいつが男を漁るのは俺の責任だと?」
「それに関しては彼女の資質を知らぬのでなんとも。…ただ。少なくとも、貴方の婚約者の席に座る以上、数多の令嬢から嫉妬や妬みといった感情を向けられるのは理解頂ける筈。
勿論正式な婚姻を済ませれば夜会等の参加も義務でしょう……それに対応出来るよう、礼儀作法を教えるのは貴方の管轄では?
礼儀を弁え、貴方が無闇に怯えさせねば少なからず落ち着いたのでは?それに私への暴言も無かったでしょう。…事が起きてる中で、第一王子ともあろうお方が、責任逃れ……なんて致しませんよね。」
先程から明らかに顔色が悪いシアレス。……異常な程の怯えに勿論私だけでなくアルトゥールやディグラートさんも気にかけている。
小さく震え、泣くのを我慢してるのか唇を噛む様子は痛々しい。
庇うわけではないけど、少なくとも礼儀を知っていれば今回のような事は無かった訳だし、正直、シアレスの事をまるでモノみたいに言うこの王子が気に入らない。ますます強く睨んでくるので此方も応戦する……王族を睨むなって?そもそも睨んできたのはあっち!
沈黙が落ち、睨み合うこと暫し…国王陛下がわざとらしい咳払いをした。
「ん、ん”っ!……ガルシア、だから言ったであろう。お前さんの言葉は分かりにく過ぎると…全く。
場所を代えよう、三人とも…そしてシアレス嬢も着いてきなさい。」
「……失礼しました。…お前たち、下がれ。処罰は追って伝える。」
私としては不服だが、国王様に着いてこいと言われれば従わない訳にも行かず……温室から客間へ、移動させられた。
道中、ふらふらと足元の覚束無いシアレスを後ろから見ていたが……何度か転びそうになってひやひやした。
温室と違って客間は、少し涼しいように思え……国王陛下が侍女も護衛も下げてしまったので、部屋に居るのは六人だけになってしまった。…アルトゥールやディグラートさんは、国王陛下を守れるよう少しぴりぴりしてるのが直ぐに分かったが…それも朗らかに笑った国王様のおかげで落ち着いた。曰く、この二人は敵ではないと。
「さて……シアレス嬢。まずは紅茶を一口どうかね?この紅茶には蜂蜜が合うんだ。」
「わ、私…っ…!」
「一先ず落ち着きなさい。…君を害す者は居ない。ガルシア、君のせいだぞ。…あとレン、成長したのは喜ばしいが、俺でもヒヤリとするヴォルカーノの怒気と同じものを纏うのは止めてくれ。」
「「……善処します。」」
名を呼ばれるとは思わず、少し反応が遅れたし王子と被ったのがちょっと嫌だった。
流石に睨むのは止めたが。
獅子の王ながら、威圧感ではなく優しさを纏う国王陛下に絆され…シアレスも漸く紅茶に手を付ける。
一口、二口。少し落ち着いたらしく震えは収まったようだ。
「おいしい…」
ホッと息を吐いたシアレス。落ち着いていればやはりその美貌は見ていて微笑ましい。年齢でいうと…私より少し上。成人は越してるだろう。
「それは良かった。落ち着いたところ申し訳ないが…さっきの話に戻ろう。
その前に、レン……顔を見せてはくれまいか?成長した姿が見た、」
「いけません。」
国王様の言葉に被せたのは勿論アルトゥール。
名を呼んだ段階から別の意味でピリピリし出したのは分かってたのでディグラートさん側に少し寄っておく。
とばっちりは嫌だからね!
「いけません。何故このヴェールを着けてるか、意味はご存じでしょう?そもそも、本来彼女が来る必要は無かったんです。」
「分かってる分かってる……でもコイツらは大丈夫だって。俺が保証する。どうしてもって言うなら…主命だ。黙れアルトゥール。」
主命というのを盾にニヤニヤする国王陛下に、アルトゥールが圧を含んだ笑みで凄む。
アルトゥールは二人への警戒を解いていない。なのに王様はケラケラ笑うだけで…
「っ…ふ、…はは…」
それを見て、王子が笑った。
目力が強く、きりっとした眉からか、キツい印象の顔立ちが笑うと眉が垂れ下がって一気に柔らかい印象になる。 アルトゥールも驚いて圧を弱めてる……弱めてるけど圧を出してるって凄いね。器用だなぁ。
ただ、隣に座ってるシアレスが驚いた顔をして……仄かに頬を染めて王子を見てるのを見て、おや?と思った。
シアレスもそもそも第一王子に恋慕は抱いてないからアルトゥールに絡んだり男漁りをしてたのだと思ったが……もしかして、前提が違う?
あまりにシアレスを見詰めていたものだからまた怯えられてしまった。…ヴェール越しとはいえガン見するのは流石に悪かったか。
「ふ、……失礼。我が国では少々あり得ない光景で…率直に羨ましく思ったのだ。許せ。」
「あぁ、別に構わない……それより、レンは取らないのか?」
ニコニコとご機嫌で見てくる国王様にため息を一つ。…アルトゥールも仕方無いから取りなさいって顔をしてる。…あとで国王様大丈夫かな。アルトゥールにしばかれなきゃいいけど…
「……これで、いいですか?」
「あぁ!…成長したなぁ……うん。前よりもずっとずっと愛らしい。いやぁ、ヴォルカーノの奴から定期報告は受けていたが、やっぱり対面すると違うなぁ!」
久し振りにクリアになった視界に瞬きを数回。…大変嬉しそうなところ申し訳ないけど、シアレスの方が可愛いと思うのですが。
「ほう……黒猫族か。魔力と引き換えに身体能力は人間と同程度、もしくはそれ以下か。」
「えぇ。まぁ、私は訓練してるので執務で鈍ってる人間よりかは十二分に動けますが。」
「……レン、威圧するのは止めとけ。」
こう……王子の言葉はイラっと来て、何故か反論してしまう。勿論私は表情を作ってるし向こうは無表情なので睨み合ってるとかではないんだけど。
ディグラートさんに嗜められたので紅茶を一口。
「さて、場所を変えた理由だが……シアレス嬢にかかわることだ。少し話を聞いてほしい。」
ふざけた空気をしまった国王陛下。此方も背筋を改めて伸ばす…シアレスの顔色が悪くなったが…さて、どんな話になるのか。
次回北の国のお話!




