第六十五節 王城へ向けて2
閑話休題もちまちま挟む予定
喧騒をゆったりと進み、門番に通されること暫し。再びディグラートさんの手を借りて馬車から降りれば……真っ白な外壁に石畳。左右に広がる庭園からは花の匂いが漂ってきて…首を少し痛めそうな程見上げねば見切れてしまう城があった。
随分昔にレーヴェディアに連れてきて貰ったときはそもそも隠されてたのでよく見れず、神父様達と来たときはそれどころでは無かったので…こうして見るのは初めてだ。ヴェールで隠れてるからいいけど、思わず、ぽか、と口が空いてしまうくらい立派。
「うっし……とりあえず、案内に着いていくが…約束、大丈夫だな?」
「うん。問題ない。
ディグラートさんからの問い掛け以外、国王様に会うまでは口を開かないこと。
ヴェールは城にいる間は絶対してること。
有事の際はディグラートさんの傍を離れないこと。…だよね。」
「おう。ここには領地を持たず、城で働く色んな貴族が住んでる塔もあるし、敵味方問わず居るからな。大人しくしててくれ。」
ディグラートさんは仕事で貴族の人と話すこともあるので、礼儀作法も万全。私は……まぁ、ボロが出る可能性もあるので馬車の中で幾つか約束事をしたのだ。
まだ正式に養子になってないからね。実は身分は平民のままなんだ。
今度の誕生日と同時に神父様の正式な義娘になる……といっても肩書きだけで生活はいつもと変わらない。
それでも、平民が王族と会うのを許せない貴族が居る。…その為の策が基本黙ってることと…このヴェールと服。
隠蔽の魔術が込められた衣服を愛用するのはお忍びで来た身分の高い者。…身分が高ければ必需品といっても過言ではないし、牽制しあってるのもあって、まずヴェールを付けてる人間は丁重に扱われる。そして誰かなどと騎士は問えない。身元を隠すためのヴェールだからね!……防犯面、ガバガバじゃない?ちゃんと対応策あるのかな…
次にこの服。…リムネルが作ったこの服はエルフ式。エルフ式の服は特徴的で…値段が、物凄く高い。
素材は勿論一級品を扱われ、そもそもエルフの技術者は少なく…更にエルフの郷から出てない者を探すともっと少ないらしい。なんでリムネル作れるの。
兎も角、それを買えるという時点でほぼ貴族確定。となるらしい。
……リムネルの服、式典とか以外にはしまっておこう。
「お待たせ致しました、客間へとの事でしたのでご案内致します。」
近衛の誰かだろうか。見るからに偉い人の後ろをディグラートさんと共についていく。
その際、勿論会話はない。…まぁ、私も口を閉ざしてるよう言われてるし、ディグラートさんも騎士さんと仲良くない限り放すことはないだろうしね。……でもこの気まずい沈黙って苦手だ。響く靴の音が余計気になる。
「……お待ちを。」
「どうした?」
不意に、騎士さんが歩みを止めて耳元に手を当てた。…耳元っていうか、耳飾りかな?魔石が埋め込まれてるのは分かるし僅かに発光してる。ピアスじゃなくてイヤーカフなのもおしゃれポイントが高い。……いや、そんなこと考えてる場合じゃないか。
「ディグラート様とお連れ様は、現在北の国……サルバルフ国の方がお越しになってるのはご存じでしょうか?」
「ああ。噂の聖女様と婚約者の第一王子。第二王子もか。…それから留学と冠して貴族が複数。……ま、留学なんてただの口実だろうが。」
「はは……否定は致しませんよ。」
待て、聞いてないそんなこと。
ヴェール越しにディグラートさんを睨むと…「やっべ、説明し忘れてた…」と小声で聞こえた。勿論騎士さんは人間なので聞こえてないようだ。
じとっと視線を送り続けていれば、わざとらしい咳払いがひとつ。
「んん”っ…!それで?それがどうかしたのか?」
「客間へのご案内だったのですが…我が儘姫……失礼。聖女様がアルトゥール様を探して客間へお出向きになってるそうで、お二人にはアルトゥール様のいらっしゃる温室へ案内するよう連絡が来ました。」
「そうか……悪いな。案内を頼む。」
「かしこまりました。お連れ様も、温室は植物が多くお召し物が汚れてしまう可能性もありますが……宜しいでしょうか?」
問い掛けられるとは思わず、ディグラートさんに指示を目で仰げば頷かれた。…応えてもいいってことだろう。
ただし、これも実はとあることを指定されている。
「構わない。貴殿は職務を全うしてくれ。」
「はっ!ではご案内致します。」
貴族らしく振る舞うこと。それが返答する際の約束になっている。
…貴族らしくってなに。とりあえず偉ぶってみたけど合ってるの?…まぁ、案内も普通に再開されたし合ってるのだろう。
ただ横で笑うのを我慢してるディグラートさんには尻尾でディグラートさんの尻尾を叩いておいた。ある程度自在に動く尻尾ってわりと便利なんだよね。…特に見えない攻防戦は。
まぁ、勿論仕返されましたし、ぼそっと「似合わねぇ~…」と笑ってた原因も言われた。……初めてなんだから仕方ないでしょ!
方向を変えて数分。重い扉を潜り外に連れ出されたと思えば、既に温室らしい。……確かに、色鮮やかな花の数々が見渡せるし、外より少し暖かいくらい。
温室ってもっとこじんまりした部屋かと思ったんだけど…植物園くらい広い。見渡す限り、遠くにガラスを支える枠は見えるけど…ガラスも随分透明度が高い。
騎士さんが言った通り、植物で歩く道が所々侵食され、場合によってはドレスが汚れそう。
逆にこの程度の道私は慣れてるけど…ディグラートさんが手を差し出したのを見るに、令嬢としては手を借りるのが正解なのだろう。
……本当、面倒だな令嬢としてのお行儀。この程度飛び越えられるでしょ…え?そもそも裾を持ち上げて跳ぶ令嬢は居ない?…運動不足にならないのかな……
「アルトゥール様、お連れ致しました。」
「あぁ、ご苦労様です。陛下は執務があるのでその間お預かりするとレーヴェディアに伝言をお願いします。…それから、メレスに言って貴方も菓子を頂きなさい。余計な手間を掛けましたね。」
「滅相もありません。我々は貴殿方を護るために配置されてるのですから。…では、失礼致します。」
鳥籠を模した飾りの中で佇んでたアルトゥール。……それだけで絵になるのだから存在が相変わらずチート級だと思う。
アルトゥール一人でハーレム作れそう…とか考えてるうちに騎士さんは離れ、そのまま退出していった。…扉の閉まる音が微かに聞こえたのでそうだろう。
「さて、ようこそ私の管理する温室へ。まずはお茶でも…といっても此処にあるのは研究材料。落ち着かないかもしれませんね。」
「俺は問題ねぇ。…レン、普通に話して大丈夫だ。さっきの愉快なまんまでもいいが…ヴェールだけは取るなよ?」
「ん、ん、…ディグラートさん笑いすぎ。真面目にやったのに。
……アルトゥール。何だかお疲れ気味。……ぎゅーってしとく?」
「おや……ではお言葉に甘えて。」
思い出したのか、爆笑寸前のディグラートさんは放っておいて、アルトゥールに向けて両腕を広げる。
ほんの少し、隈がある。さては徹夜したな?
神父様と違い、抱き締めたままスーッと吸われたので諦めて硬直。
年頃の娘?令嬢としてのお行儀?今はただの猫ちゃん状態なので知りませんね……あとアルトゥールの方が全然いい匂いすると思うんだけど。
「……なぁ、そんなにいいもんなのか?」
「やらせませんよ。お子さんにでもやりなさい。」
「なんで私より先の返答…?しかも食い気味…」
ピシャッ、とはね除けたアルトゥール。……いや、嬉しいんだけど私の台詞では…?
一通り抱き締め、撫で回し、吸って満足したのか漸く解放され席に着く。既に用意されてた紅茶は温くなってた。
顔色も良くはなってたし、元気になったのはいいんだけど……結局なんで神父様が怒ってたのかも、アルトゥールがこんなに疲れてるのかも分からない。
ので、率直に聞いてみたところ…
「レン、貴女は教会からほぼ出ないので知らないとは思いますし、ディグラート殿がちゃんと説明してないと思うのですが……“我が儘姫”をご存じですか?」
「…さっき、案内してくれてた騎士さんが口にしてたね。……我が儘姫って聖女の事?」
「第一王子の婚約者で在りながら男漁りに婚約者というのを盾に欲しいもの強請り。…国として彼女の知恵と力を得るため、そして他国に取られぬ為の契約として第一王子の婚約者の席に居るそうだが…ま、実際はこれだ。
せめて国母候補として教育が徹底されてればまだマシなんだが…北の国の連中も諦めてるのか、あるいはわざと野放しにしてるのか……勝手にやって来て暴れまわるなんていい迷惑だぜ。」
「ふぅん……摘まみ出せばいいのに。聞く限り、なんか第一王子も聖女のこと好きじゃなさそうだね。」
「まぁ……婚約者を作らなくても良くなったことには喜んでましたが、行動を…問題を起こす度に責任を問われるのは彼なので頭が痛いと言ってましたよ。」
「なら閉じ込めるとか、行動を制限するとかすればいいのにね。…国を優先するならそうでしょう?変に甘いね。……わざと?」
人に言うことを聞かす方法などいくらでもある。
懐柔する、痛め付ける、どのやり方をするにしたって利用してることには変わらないけど。
「そこまでは口に出来ません。…訓練所の話も、誰が口を滑らせたのか…或いは、誰が意図的に話したのか。私が責任者なのを知って自分も入りたいと始まり…ついてきた向こうの貴族も、自分の子を通わせたいと言い出す始末。」
「えぇ……自国で作りなよ…」
「本当に。そう思います……そう思いますが、北の国はこの国と違い、貧富の差、男尊女卑が顕著なのです。
ですから、聖女を除く他の貴族は……殆どは我が国を貶めるための云わば“嫌がらせ”のようなもの。
魔術師が少ないこの国の貴族の子らを馬鹿にするためだけに入学を望み、居座ってるんです…」
徐々に疲労感が目に見え出してきたアルトゥール。最後の方なんかは手招きするから近寄って、アルトゥールの膝に横座りして聞くはめになった。
なんか、面倒な事起きてるなぁ、と半分ぼんやり聞いていたら…扉の開く音が聞こえ、悪寒が走った。
こういう嫌なときの勘は大体当たるし、ディグラートさんも紅茶を置いて表情を険しくさせている。…私も膝から降りて元の席へ。一人、聞こえなかったであろうアルトゥールだけがきょとりとしていた。
アルファポリス、いまいちやり方分からんゴリラ




