閑話休題 従者一号と再会
まだまともな方のレーべくん
本当ならば、あと二、三人護衛を付けたい所だが、殿下が嫌だとおっしゃったので二人で北門を抜ける。顔馴染みの兵士だったから良かったものの……頭の固い兵士だったら俺も懲罰を逃れられなかった。彼にはあとで酒でも奢ってやることにしよう。
「それで、殿下。付き合うんですから、何度も王宮を抜ける理由を教えて頂いても?」
前を歩く殿下が此方を振り向いて、何やら思案げに俯くと……歩むスピードが落ちて、隣に並んだ。どうやら話してくれる気はあるそうだ。
「………僕の、大切な人を探してる。」
「…大切な人。」
「見た目も、どこに居るのかも分からない。…でも、確実に傍にいる。彼女が……彼女の魂が見付けてって叫んでるのを僕には聞こえるんだ。」
「容姿も何処に居るのかも分からないというのに、ですか?…あ、……夜会であった令嬢方なら、すぐに見付けられますよ?」
きっと彼の恋心に火を付けた人なのだろう。幼いゆえに容姿など忘れてしまったのかもしれないが、殿下が会ったことのある女性など数えられる程だ。
きっと、夜会で挨拶した令嬢の誰かだと推測して提案すれば、下から琥珀のような瞳が呆れたように見てきた。月のような、蜂蜜のような瞳があいらし……こほん。
「レーべ、お前は僕を馬鹿にしてないか?流石に会ったことのある令嬢の名前も顔も覚えてる。……僕が探してるのは違う。令嬢であれば真っ先に会いに来るだろうから………きっと、平民だ。」
「きっと、って……確証はないんですか?まるで会ったこともない方を探してるような気がするんですが……」
「…その通りでもあるし、半分違う。」
悔しそうに顔を歪ませ、殿下は再び前を歩いてしまった。
半分違う。けれど半分は合っている。
ただ不思議で……本来ならば今すぐ殿下を止め、国王陛下に報告しなければいけないのだが……何故だか、止めてはいけない気がした。
まだ十にも満たない子供が、必死に探し求めている……悔しそうな悲しそうなあの顔が頭から離れなくて、開いた口を噤んだ。
北門を越えた先にあるのは、湖に、珍しい花も咲く草原や花畑……それから、俺の師匠みたいな人が神父を勤めている教会だ。
しかも最近ではお祈りに来る人数は減ったという。……本当に探し人はいるのだろうか?
そう思った矢先、殿下が足を止めた。
「………ここに、いる。」
「え…?」
「絶対、この辺りに居る……!」
ぎゅう、と胸の辺りを抑えた殿下は興奮ぎみに辺りを見回し、今にも走り出しそうな勢いだった。それを何とか留め、……この辺りを調べるならと、仕方なく教会の方へ足を向けた。
人探しをするならやはり人手は多いに越したことはなく、人もあまり寄り付かないところならば見付けた人を教会に集めて殿下に見てもらった方が早い。…お人好しの神父だから、協力してくれると説得すれば興奮を冷ますように深く息を付いた。
「ありがとう、レーべ。」
「いーえ。これで殿下の脱走が無くなれば俺達も安心して仕事がこなせるので。」
切羽詰まっていた顔が、緩んだ。
焦っていた自覚が本人にあったかどうかは分からないが……少なくとも、子供が浮かべるような表情ではなかった。
見るに耐えないから、と言ったつもりが……緩んだことで、俺もなぜかホッとした。
「レーべは神父様とお知り合いなのか?」
「そうですね……知り合いというより、腐れ縁、……みたいな感じです。俺の師匠だった人です。」
ぱちぱち、と驚いたように大きな瞳が瞬き、見上げてくる。その様子は先程の何倍も可愛らしい。
辿り着いた教会の扉を軽くノックして中に入る。…本来ならば教会の扉は開けっぱなしにするものだが、ここだけは違う。森の獣が入ってこないようによく閉ざしているのだ。
ちょうど祈祷の時間だったのか、見慣れた人物が振り返り、面倒臭そうな表情を浮かべ……殿下を見て、慌てて膝を付いた。分かっては居たがこうも差があると弟子だった身としては悲しい。髪もぎ取るぞ。
「これはこれは馬鹿弟子に……第二王子殿下とは……このような辺鄙な教会に何用で?」
「誰が馬鹿弟子だ!」
「大事な祈祷の時に申し訳ありません……人探しを、しておりまして……」
吼え立てれば見事に殿下にもスルーされ、事情を説明した。…殿下の説明を聞きながら、ボディブローをしっかり決められたのでうずくまってしまった、不意打ちなんて卑怯だぞジジイ…!!
殿下にも呆れたように見られた、流石に悲しい。
「……事情は分かりました。ならば人手は多い方がいいでしょう。うちからも一人、探しに出させると致します、」
「あれ……仕えていた奴らは解雇したとか言ってなかったか?」
「ああ。働く気もない者に施してやるほど甘くはないからな。」
ギラ、と眼が鋭くなったところを見るに…解雇するときに何かあったのだと悟る。……まぁ、武術の心得ある人だから、骨を折るのでさえ丁寧に折ってくれるし、ちゃんと生きては居るのだろう。……多分。
にしても、解雇した者とは別に新たに雇ったのか?……それにしても教会はほこりが積もってるところもあるな…高いところは特に。
協力してくれることに安堵し力を抜いている殿下。少し休ませるべきだろうか。
「御疲れなら少し休まれますか?」
「いや、大丈夫だ。……時間も限られてる…僕が、見付けるんだ。」
強く、強く光る金色の瞳。…見付かるまで帰らないと訴えてくる瞳に圧され、思わず頷いてしまった。……笑うなジジイ。甘くない、まだ頭と胴体が離れるのが嫌なだけだ。
「強い意思があるようで大変結構。さて………レン!少し降りてきてくれ!」
奥の扉へ向けて、ジジイが声を張れば……殿下の空気が揺らいだ。動揺したのが目に見えて分かり、首を捻る。
声を掛けてすぐ、離れているのか小さく返事のようなものが聞こえ……扉が開いた。
「何かありました?神父様」
まだ殿下よりも幼い、黒い猫の少女。
大変愛らしく、殿下と似た金色の瞳も輝いて見えた。……ふわふわの尻尾も素敵だが、すらりとした猫らしい尻尾も中々……
なんて、思っていた時。
「っ……!…み………つ…け、…た…!!」
勢いよく、黒を覆い隠すように白が飛び込み……それが殿下だと気付くのに数秒を要した。
ジジイも、自分も、なんで殿下が彼女へ抱き付いているのかもわからないまま…聞こえた泣き声に、足が縫い付けられたように動かなかった。
ぶっとんでるレーべくん書くときはねこちゃんの動画みたくなるんです、わんちゃんも実は自分は好き