第六十二節 昼食
設定資料いつか書きます
「ふざけるな!!」
ドン!っと何かを叩く音と聞きなれない神父様の怒声で目が覚めた。
反射的に体を起こしたせいか、物凄くバクバクと音を立てる心臓を抑えて何事かと神父様の方を見る。……怒鳴り声なんて、初めて聞いた。物に当たるのだって滅多に有り得ない。
机を叩いたのだろう、積み上がってた書類の何束かが散っていた。……あ、フロウもびっくりした?大丈夫だよ。いい子いい子……って私が落ち着かないから引っ付いてくれてるのか。
「っ……!……すまん、レン。起こしたか…」
「ん、ん、大丈夫。どうしたの?そっち行く?お膝乗る?」
ソファから顔を出して神父様に応える。……怒気を収めてくれたのは良いけど、神父様が感情を荒らげるなんて心配。
……机の水晶が光ってるし、なんかディスプレイみたいなのが浮かんでるから誰かと話し中らしいが……本当に何があったんだろう。相手が怒らせるようなこと言ったのかな。
『レンもそこに居るのですか?……あぁ、すみませんヴォルカーノ神父、私の為に少しレンを映して貰えませんか?』
『あー……今ので起きちまったのか。大丈夫そうか?』
一つはアルトゥールの声だ。……もう一つは、聞き覚えがあるような、ないような。
ただアルトゥールの声も酷く疲れきっていて……神父様に手招かれるまま近寄り、そのまま足の隙間に座る。スーッとすぐさま後頭部を吸われた……私で猫吸いは止めて欲しい。けど神父様の一番の癒しなのも知ってるのでいい子にしてようと思う。
視線を上げればアルトゥールと……もう一人、見覚えのある人が居る。……確か、ディグラートさん、だったかな?
あと、何故かアルトゥールが私が来た瞬間に一瞬目を見開いて、そのまま蕩けるような微笑みを見せてきたのでディグラートさんと一緒に硬直した。……真正面で受けてたら顔の良さに卒倒してたかもしれない。
『おやおや、これはまた……あぁ、やっぱり良いですね。癒されます……直で見れないのが残念です。』
「眼のこと?アルトゥール、戻って来たらいいのに。疲れてるならいっぱい見ても怒んないよ。」
『戻りたいのは山々ですが、何分忙しく……あぁ、突然起きてしまったから、少し赤くなってますね。眠そうにしぱしぱするのは可愛らしくていいですが、擦ってはいけません。……所で神父殿は後ろで何を?』
身を乗り出してまで見てくるアルトゥールも珍しい。因みにディグラートさんは未だ固まってる。……美しさに見惚れた、とかじゃなくて不気味なものを見る目なのがまた仲良さそう。
神父様とも仲は良いみたいだし、アルトゥールとも友達なのかな?
「神父様は吸ってる、私を。」
『……はぁ?』
フリーズから戻って来たらしいディグラートさん。
アルトゥールは勿論意味が分かってるのか『羨ましい…』などと言っている。
随分昔、神父様が疲れてるのを見て、アニマルセラピーとか出来たらなぁ、と思ったことがある。
その時レーヴェディアが幼い私達を抱き締めたときにミルクのいい匂いがすると言っていたのを思いだし、前世でも仔猫はそうだったなぁ、というのを神父様に話したことがある。
つまり、猫吸いについて説明したら身をもってその猫の気持ちを味わうことになった。合掌。
流石にお腹に顔を埋めたりとかはないけど、後頭部に顔を埋められるのも中々……嫌だって私一応年頃の娘だし。精神も引き連られてるしぃ…
だがまぁ、神父様達なら許せるので余りにも疲労が見えれば抱き枕となる事も度々ある。…曰く、木々の匂いと石鹸の匂いがするらしい。
まぁ、シャンプーとかはリムネルお手製だから髪ふわふわだもん。撫でられるのは嫌いじゃないし。
『こう…レンの髪ってふわふわなんですよね。指先が埋もれる感覚がまた……あぁ、羨ましい。私もそちらに戻りたい…』
「……随分お疲れだね?」
『こんな連中初めて見た……って、嬢ちゃん久しぶりだな!俺の事覚えてるか?』
「…冒険者ギルドの、ディグラートさん。」
珍しく泣き言を言うアルトゥールに気を取られたが、しっかり返答すれば豪快な笑い声が返ってきた。
そうだ、ディグラートさんは物凄く声が大きい。……初めて会ったとき、神父様の膝の上に逃げた気がする。どうだったっけ。
簡単に挨拶を交わして、アルトゥールに視線をやる。
神父様の怒声で起きたのに、原因が分からない。…この二人が神父様を本気で怒らせるとは思えないし、アルトゥールが酷く疲れた顔をしてるのも理由が何も分からないままだ。……神父様に直接聞けばいいかと思っていたのだけど、絶賛猫吸いが継続中なので話題を振れない。
……私も後でフロウ吸お。窓際でお日様に当たってるからきっとふわふわだしぽかぽかにもなる。…というかあれかな、私がフロウのことしょっちゅう吸ってるから、私もされてるのかな…
「それで、なんでアルトゥールそんなに疲れてるの?」
『……レンにも言っていいものか…少々お待ちを。確認を取ってきますから。』
話題を振ったら顔に疲労感が増したように見えた。
しかも話せないことだったし……まぁ、普通はそうか。ギルドの長に宮廷魔導士、国王様から信頼を得てる神父様が揃うなんてそれこそ国にとって大事な話をしてる可能性が高い。
しまったなぁ、なんて思ってもアルトゥールは席をとっくに立ってるし、『いいんじゃねぇの?嬢ちゃんにも関係ある話だし。』とディグラートさん。…戻ってくるまでおしゃべりしてるか。
「お久しぶりです……えっと、アヴィリオ達にお世話になってます…?」
『ふはっ!なんだそれ!…おう、定期報告と昨日の事は聞いてるぜ。アンに協力してくれてありがとな。
新人の事だが、あのあとうちのギルドに半数。設立される貴族専門のところに半数って具合に分かれたぜ。
どいつも嬢ちゃんに礼を言ってたからな、訓練所に通うやつには直接言われるだろうが、改めてありがとう。ギルドを束ねる者として礼を言うぜ。』
「私の力じゃないです…というか、殆どなにもしてない。神父様の悪口言われたからちょっと暴れただけ。」
『それについても聞いてる。…まぁ、親猫を貶されたら子猫はぶちギレるもんだからな。問題ない。』
親猫って神父様のことかな。…褒めるように撫でる手が気持ちいいので寄り添う。…ディグラートさんが吹き出したのが見えた。
……親猫が舌で毛繕いしてる様子が私も思い浮かんだけど、お口チャック。
『……めで…!……か……』
『だ………にな……!!』
ディグラートさんとのほほんと話をしていると、アルトゥールの方から言い争う声が聞こえた。…何だかその声にも聞き覚えがある気がして耳を立てると、その隙間に神父様の顔が収まった。
物凄く正面から見たい。ディグラートさんがお腹を抱えてるけど、狡い。見たい。
パソコンでの会議のように自分の方も写ればいいのになぁ……残念。
『いけません!!公務があるでしょう!』
『そんなもん後回しだ!家族の成長した姿の方が優先に決まってる!』
『発言に気を付けてください!…っ…ああもうっ!神父殿!切ってください!今すぐ!』
『待て!絶対切るんじゃ、』
と、中途半端なところで言葉が終わった。
……神父様が迷いなく連絡を切ったからだ。
一気に静寂に包まれた部屋。神父様は一度私を撫でると再び水晶に手を翳し……ディグラートさんが映った。…あと、水晶点滅してるけど完全無視である。
「レン、今のが誰か分かったか?」
「アルトゥールは分かったけど……もう一人は……、分からない。聞き覚えがある、気がするけど…ごめんなさい。」
「構わん。寧ろそれでいい。…少し、ディグラートと話すことがあるから先に昼の支度を頼んでもいいか?」
「ん、分かった。」
『じゃあな、嬢ちゃん。街に来たらギルドに顔を出してくれよ。』
「分かりました、また……アンさん達に宜しくお願いします。」
ディグラートさんに手を振ってから神父様の椅子から退く。フロウを連れて部屋を出ると、上の階からデューも降りてきた。
そのままスルンと首に巻き付くと落ち着き、尾びれが頬を擽る。…体、乾かしてきてくれたんだろうけどひんやりしてちょっと吃驚した。あと重くはないんだけど巻き付きすぎると首絞まるから気を付けてね。
そして昨日今日で気付いたこと、デューが巻き付くと、フロウがヤキモチをする。
…一番は自分だって主張が可愛いこと可愛いこと。今も掌に頭をグリグリ押し付けながら歩いてる。はぁ、可愛い。
キッチンに着けば一端デューを近場に下ろし、フロウのふかふかの毛にダイブ。手は後で洗おう。
お日様を浴びたフロウの毛並みは病み付きになる。お風呂も嫌がらないからこその尻尾の先に至るまでふわふわ。それがお日様を浴びたことで程好い暖かさになり、眠いときは秒で寝れる。
獣特有の匂いはなく、フロウ専用シャンプーの優しい花の匂い。擽ってくる尻尾も肌触り抜群で最高……
うっかりすると本当に寝そうで、なんとかフロウから離れて手を洗う。…デューもヤキモチ妬いてるのが分かるけど、フロウは一番で特別だからね。
というかデューに向けてどや顔するんじゃありません。仲良くしようね。
冷蔵庫を開けて、お昼は何にしようか悩む。
この世界の冷蔵庫は、北の国で取れる冷却の魔石が組み込まれた特殊なもの。
北の国との交渉次第なので大きさと時期とで冷蔵庫の値段の振り幅は大きい。…なんでも魔石は北の国で発掘するか、その地にしか住まない魔獣の体内から取れるものらしい。
魔獣も魔物も、体内に魔石があるというのを知ったのはつい最近。本当に魔物の知識が浅いのはなんとかしなくては……いや、それも訓練所で学ぶのかな?
つい開けっぱなしで考え事をしてしまったが、とりあえずレタスもどきを手にとって洗う。
サラダは確定で、後はスープとオムライス。
デザートは二人きりだからパフェにしよう。
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